上 下
86 / 106

79話

しおりを挟む
 ガタッというバスの揺れで目が覚めた。
 窓の外を見ればどうやらバス停で止まったことによる揺れだったようで、数人の女子高生たちが乗り込もうとしているのが見える。
 地元の女子高生だろうかとのんびり考えていると、肩に少しだけ重みを感じ、そちらへ目を向ければ静かに眠る猫田さんの姿があった。
 悪い夢でも見ているのか眉を顰め、よく聞けば苦しそうにうめいている。
 心配になって背中を摩ってみると段々落ち着きを見せ、静かな寝息だけが聞こえるようになった。
 
 すると視線を感じ取り、斜め前の座席に座った女子高生二人と目が合い、彼女たちは少し慌てた様子で前を向いた。
 直前に浮かべていたニヤニヤとした笑みはまさに私を小馬鹿にする時の波瑠と同じで、色々言ってやりたい事が喉まで込み上がる。
 何とか文句を飲み込んでいると猫田さんがビクッと震えて目を覚まし、自分がどのように寝ていたのか察した様子で。

「ご、ごめん。寝相悪くて……」

「気にしないでください」

 少し顔を赤くして謝る猫田さんに私は笑顔を向けて短く答える。
 再び視線が感じて前を見ればさっきの女子高生たちがニマニマと笑みを浮かべながらすぐに顔を逸らし、窓の外を指差して「あのワンちゃん可愛い」などとわざとらしく会話を始める。
 全く誤魔化せていない彼女たちに今度こそ何か言ってやりたく思っていると、猫田さんはスマホを取り出して「うげっ」と声を出した。

「どうかしました?」

「見た方が早い」

 そう言って猫田さんが差し出したスマホには見慣れたメッセージアプリが開かれていて、私との関係が上手くいっているか尋ねる短文がいくつも並んでいた。
 画面左上には弧塚七海の名前があり、予想通りな差出人の名前で乾いた笑いが出る。

「こいつどう思うよ」

「頭の中ピンク一色なんだなぁって」

 ハハハと笑った猫田さんは七海に「うるせえ」とだけ返信してアプリを閉じ、両腕を天井へ伸ばして体を解す。
 と、私のスマホも通知音を鳴らし、メッセージの送り主が誰なのかなんとなく察しながらポケット取り出してみると、案の定波瑠だった。
 しかし、今回はメッセージではなく数枚の画像が送られてきたようで、私は何だろうと思いながら通知をタップする。
 通信が悪いのか画像の読み込みに数秒の時間がかかり、やっとのことで表示されたのは水樹が描いたのであろうミワのイラストだった。
 
『猫田さんとの話題にどうぞ^^』

 少し遅れて憎たらしい絵文字付きの一文が送り付けられ、あいつには絶対お土産を買わないと心に決め、「うるさい」と返信し、画像を保存してアプリを閉じる。
 どいつもこいつもと内心で悪態を吐きつつ、私は保存したミワの画像をもう一度開いてのんびりと見つめる。
 まるでアイドルのようなフリフリとした服を着せられて不満そうな表情を浮かべるイラストは容易に本物を想像させ、帰ったらいっぱい撫で回そうなんて考えてしまう。

「それ、水樹さんが描いたやつか?」

「え? は、はい、そうです」

 急に話しかけられて変な声を出してしまった私に、猫田さんは面白がるように笑いながら覗き込む。 
 すぐにモデルが誰なのか分かったようで「ミワちゃん可愛いな」と小さく呟き、癒されているような笑みを浮かべる。
 波留の思い通りになろうとしている事実を悔しく想いながら私は同意を返して。

「本当に可愛いですよね。常に反抗期なのは玉に瑕ですけど」

「でもなんだかんだ言って良い子だったよな。一応、悪いことはしてないし」

「言われてみれば……」

 なんとなくたくさん悪いことをしていたイメージを持っていたが、思い返せばこれと言って悪いことをしているところは見ていない。
 強いて言えば私の家に不法侵入したくらいだが、そのままペット兼家族になったからノーカウントだろう。
 
「ミワちゃん見てると、俺も娘が欲しくなってくるな」

「ツンデレなところは猫とそっくりですもんね」

「だな」

 よく考えるとミワ一人で蛇と猫と幼女の欲張りセットであることに気付いて、そりゃ可愛がられるわけだと納得する。
 本人に言ったら激怒しそうなことを考えて一人で笑いそうになっているとバスは目的地に到着した。
 全く気付いていない様子の猫田さんに声をかけて急ぎ気味に降車し、街灯に照らされる薄暗い道をゆったり歩く。

「なんか、女子高生笑ってたな」

「猫田さんが寝てた時もこっち見てニヤニヤしてましたよ」

「……やっぱ、周りからはそう見えてんのかなあ」

「見えてるんでしょうねえ」

 口調を真似てそう返すと彼は楽しげに笑う。 
 結衣や佐藤さんですら私たちをカップルだと断定するほどだったし、側から見ればなのだろう。
 ……嫌ではないけれど。

「じゃ、付き合うか?」

「え?」

 唐突な言葉に猫田さんの目を見る。
 顔は笑っているがその目は少し震えていて、本気で言っているのだと分かりーー気付けば私はコクリと頷いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

浮気をした婚約者をスパッと諦めた結果

下菊みこと
恋愛
微ざまぁ有り。 小説家になろう様でも投稿しています。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

恋猫月夜「魂成鬼伝~とうじょうきでん~の章」

くろ(黒木)
ファンタジー
猫又の薙翔と寧々は、百年という長い時間悪い人間の手によって離れ離れとなっていた。 長い月日の中二人は彷徨い歩き ついにあやかし達が営む商店街にて再会が叶い涙ながらに喜ぶ二人だったが そんな中、過去の恐ろしい体験による心の傷から寧々に対して 、寧々を生涯大切に愛し続けたい気持ちと寧々のすべてを欲するあまりいっその事喰らってしまいたいという欲 この相反する2つの感情に苦しむようになってしまう薙翔。 いずれ寧々を喰らってしまうのではないかと怯える薙翔にこの世界の最高位の神である竜神様は言う。 『陰の気が凝縮された黒曜石を体内へと埋め、自身の中にある欲を完全に抑えられるように訓練すればよい』と。 促されるまま体内へと黒曜石を埋めていく薙翔だったが日に日に身体の様子はおかしくなっていき…。 薙翔と寧々の命がけの戦いの物語が今幕を開けるー

母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋
キャラ文芸
 14歳の夏休みに、母が父と別れて田舎の実家に帰ると言ったのでついて帰った。見えなくてもいいものが見える主人公、麻美が体験する様々なお話。    完結しました。長い間読んで頂き、ありがとうございます。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??

新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

カナリアが輝くとき

makikasuga
キャラ文芸
四年前に都内で発生した一家殺傷事件。 裁判も終わり、被告は刑期を終えたというのに、何者かがその情報を閲覧していることが判明する。 裏社会の情報屋のレイが作った人工知能システムレイを一時的に乗っ取ったクラッカー「カナリア」は、四年前の事件の被害者であり、ある重要な秘密を握っていた。 追憶のquietの続編になりますが、単独で読めます。 ・創作BLversion(セルフ二次)は個人サイト(外部URL参照)あり。事件内容は同じですが、諸々異なります。

離婚しようですって?

宮野 楓
恋愛
十年、結婚生活を続けてきた二人。ある時から旦那が浮気をしている事を知っていた。だが知らぬふりで夫婦として過ごしてきたが、ある日、旦那は告げた。「離婚しよう」

処理中です...