73 / 106
67話 倒産
しおりを挟む
斐伊川に沿って伸びる道をゆっくりとバスは進む。
猫田さんはバスに乗ってからすぐ寝てしまい、私も窓の外を眺めること以外やることは無くて暇な状態だ。
何をして暇を潰そうかと悩んでいると、マナーモードにしていたスマホがブルブルと震えていることに気付き、手に取ってみると鬼塚社長から電話が掛かって来ていた。
少しドキッとしながら電話に出ると、電話の向こう側は特に怒っているような雰囲気はなく、少し安心していると鬼塚社長が口を開いた。
『鬼塚だ。今、ちょっと大丈夫か?』
「はい、大丈夫です。一応バスの中なので、手短に伝えて頂けると嬉しいですが……」
答えながらバスの中を見回してみるが、前の方の席に寝ているおばあさんがいるだけで、それ以外は誰もいない。
もしかしたら、そこまで気にする必要は無いのかもしれない。
『そうか。ならとっとと話しちまうか』
「お願いします」
訂正する必要は無いと判断して短く答えると、鬼塚社長はゴホンと咳ばらいをして、電話越しにも伝わる真面目な雰囲気を醸し出す。
思わず居住まいを正していると、横で何かを感じ取った様子で猫田さんがハッと起きたのが視界の端で見えた。
『単刀直入に言おう。大村が倒産することになった』
「……倒産、ですか?」
完全に忘れ去っていた会社の名前ととんでもない言葉が出て来て、思わず私は聞き返した。
『大村の酷すぎる労働環境で辞める人間が続出してな。しかも、その労働環境も労基に目を付けられるダブルパンチだ。まあ、こうなるのは時間の問題だったな』
「そんな事になってたんですね……」
もう関わることは無いと勝手に思っていたが、まさか本当に二度と関わることが無くなるとは驚いた。
ぼんやりとそんな事を考えていると、社長は少し声を抑えて。
『それでな、ちょっと面白い噂がネットで流れてんだ』
「噂ですか?」
鳩山の狂人っぷりが噂になっているのだろうか。
『その噂ってのは……とても優秀な女性社員一人が退職した結果、倒産に至ったって噂だ』
「そんな人がいたんですね」
そんなに優秀な人がいたのなら、是非とも一緒に仕事をして欲しかったものだ。
きっと、その人が同じ部署にいてくれれば私が倒れることにもならなかったのだろうに。
すると、社長は「あれ」と呟いて。
『その社員って深川じゃないのか? 時期的にも被ってるしな』
「それは無いと思いますけど……」
思わず否定すると、電話の向こう側で笑っているのが分かり、冗談だったのだと察して私も少し笑う。
きっと、その優秀な人も私みたいに仕事を沢山押し付けられて、他の会社に行くことにしたのだろう。
――もしかしたら、この会社に来るなんて事もあるかもしれない。
そんな事を考えていると、気を使ってくれたらしい鬼塚社長が電話を切り、何となく猫田さんの方を見ると、少し顔色を悪くしてこちらを見ていた。
バス酔いしたのかと心配するが、猫田さんの口から飛び出た言葉は――
「会社、倒産したのか?」
「倒産したのは大村なので安心して下さい」
私がそう言うと猫田さんはほっと一安心した様子で背もたれに身体を預け。
意外とポンコツなその様子に思わず笑いながら、再び窓の外の景色に視線を戻した。
猫田さんはバスに乗ってからすぐ寝てしまい、私も窓の外を眺めること以外やることは無くて暇な状態だ。
何をして暇を潰そうかと悩んでいると、マナーモードにしていたスマホがブルブルと震えていることに気付き、手に取ってみると鬼塚社長から電話が掛かって来ていた。
少しドキッとしながら電話に出ると、電話の向こう側は特に怒っているような雰囲気はなく、少し安心していると鬼塚社長が口を開いた。
『鬼塚だ。今、ちょっと大丈夫か?』
「はい、大丈夫です。一応バスの中なので、手短に伝えて頂けると嬉しいですが……」
答えながらバスの中を見回してみるが、前の方の席に寝ているおばあさんがいるだけで、それ以外は誰もいない。
もしかしたら、そこまで気にする必要は無いのかもしれない。
『そうか。ならとっとと話しちまうか』
「お願いします」
訂正する必要は無いと判断して短く答えると、鬼塚社長はゴホンと咳ばらいをして、電話越しにも伝わる真面目な雰囲気を醸し出す。
思わず居住まいを正していると、横で何かを感じ取った様子で猫田さんがハッと起きたのが視界の端で見えた。
『単刀直入に言おう。大村が倒産することになった』
「……倒産、ですか?」
完全に忘れ去っていた会社の名前ととんでもない言葉が出て来て、思わず私は聞き返した。
『大村の酷すぎる労働環境で辞める人間が続出してな。しかも、その労働環境も労基に目を付けられるダブルパンチだ。まあ、こうなるのは時間の問題だったな』
「そんな事になってたんですね……」
もう関わることは無いと勝手に思っていたが、まさか本当に二度と関わることが無くなるとは驚いた。
ぼんやりとそんな事を考えていると、社長は少し声を抑えて。
『それでな、ちょっと面白い噂がネットで流れてんだ』
「噂ですか?」
鳩山の狂人っぷりが噂になっているのだろうか。
『その噂ってのは……とても優秀な女性社員一人が退職した結果、倒産に至ったって噂だ』
「そんな人がいたんですね」
そんなに優秀な人がいたのなら、是非とも一緒に仕事をして欲しかったものだ。
きっと、その人が同じ部署にいてくれれば私が倒れることにもならなかったのだろうに。
すると、社長は「あれ」と呟いて。
『その社員って深川じゃないのか? 時期的にも被ってるしな』
「それは無いと思いますけど……」
思わず否定すると、電話の向こう側で笑っているのが分かり、冗談だったのだと察して私も少し笑う。
きっと、その優秀な人も私みたいに仕事を沢山押し付けられて、他の会社に行くことにしたのだろう。
――もしかしたら、この会社に来るなんて事もあるかもしれない。
そんな事を考えていると、気を使ってくれたらしい鬼塚社長が電話を切り、何となく猫田さんの方を見ると、少し顔色を悪くしてこちらを見ていた。
バス酔いしたのかと心配するが、猫田さんの口から飛び出た言葉は――
「会社、倒産したのか?」
「倒産したのは大村なので安心して下さい」
私がそう言うと猫田さんはほっと一安心した様子で背もたれに身体を預け。
意外とポンコツなその様子に思わず笑いながら、再び窓の外の景色に視線を戻した。
15
お気に入りに追加
1,445
あなたにおすすめの小説
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
衝撃で前世の記憶がよみがえったよ!
推しのしあわせを応援するため、推しとBLゲームの主人公をくっつけようと頑張るたび、推しが物凄くふきげんになるのです……!
ゲームには全く登場しなかったもふもふ獣人と、騎士見習いの少年の、両片想いな、いちゃらぶもふもふなお話です。
魔王様に気に入られたので魔界で暮らします。
下菊みこと
恋愛
ある日元公爵令嬢ジャンティー・ノワールは、弱っていた魔王フォンセ・ディアーブルを自分の血を分け与えて助ける。フォンセはジャンティーを気に入って、身分剥奪、国外追放処分を受けて生活に困窮するジャンティーを魔界へ連れ帰る。今まで誰かに愛されたことのない孤独なジャンティーはフォンセに直ぐに心を開く。これは二人の、日常とかトラブルとかその他もろもろのお話。
小説家になろう様にも掲載しています。
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
~転生令嬢の異世界奮闘記~最強スキル<魅了>を駆使して掴むのは女の幸せ?!はたまた天下か?!
紫陽花
恋愛
初めての告白で振られた日、失意の中で帰宅中、交通事故でこの世を去った。
しかし、守護天使によって異世界へ転生することとなる。
守護天使から授けられたスキルは、<魅了>の魔眼と<変身魔法>。
舞台は、ヴァン王国。
王太子シャルルマーニュの婚約者候補として舞踏会に招待された。
スキルを活かして、今度こそ幸せになる!と美姫は意気込む。
掴むことができるのは、女の幸せか?!はたまた天下か?!
※※この話は、転生少女美姫の異世界奮闘記です。※※
不定期更新ですm(。>__<。)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる