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56話

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 高級レストラン並みの極上ステーキで腹が膨れた私は、蛇の姿で幸せそうな溜息を吐くミワをゆっくりと撫でる。
 すると緑茶の入ったカップを四つ、お盆に乗せてやって来た水樹がそれをテーブルに並べながら。

「さて、会社で何があったか聞かせて貰おうか。今度描く漫画のネタになりそうだしな」

「売れ無さそうだね」

 思わずそう言いつつも、私は就職してからの事を含めて会社で何があったのかを全て話した。
 今まで余計な心配を掛けたくないからと黙っていたのだが、鳩山にやられたことを話すに当たって何をされたのかも話さなければならなくなってしまったのである。
 そんなただただ胸糞悪い話を黙って聞いていた波留は私にジト目を向けて。

「家族なんだから入院した事含めてちゃんと話してよ。だから猫田さんに振られるんだっつーの」

「振られてないし。そう言う関係でも無いし」
 
 このお花畑な妹はどうしたものか。脳内は常にピンク色で染まっていそうだ。
 思わず頬を引きつかせながら考えていると、私の隣でむふぅと不愉快そうに溜息を吐いたミワが自分の手を見つめて。

「あの時、あのまま喰い殺すべきだったか。吾輩としたことが、とんでもない失敗をしたな」

「あんな汚物食べたらお腹壊すから辞めなさい」

 この自称神もすぐに食べようとするのは何なのだ。もしかして、日頃食べている量では全然足りていないのだろうか。
 しかし、皆が私の事を思って怒ってくれているという事実に、少し嬉しく感じてしまっている私がいる。
 社会人となってから味方がいなかったのが大きく影響しているかもしれない。
 と、緑茶をぐびっと一口飲んだ水樹が不思議そうに。

「……なあ、思ったんだけどよ。そいつ、何でお前がいるって分かってるあの会社に来たんだろうな」

「そりゃあ、ホワイト企業って分かってたからじゃないの?」

 遅かれ早かれ私は大村を辞めてこっちの会社に転職しようとしたはずだし、あの男もあまりのブラックぶりに耐え切れなくなって逃げて来たのだろう。
 しかし、水樹はその答えに納得していない様子で考える素振りを見せて。

「俺さあ、お前のこと恨んでるんじゃねえかなって思うんだよ」

「私恨まれるような事してないよ?」

「車盗んで逃げるようなイカれた奴の考える事なんて分かったものじゃねえよ。それに、こっちに来たその日に脅した時の言葉なんて恨んで無かったら出て来ねえだろ」

 確かに私がやるべきだった仕事がどうのという言葉は恨んでいるようにも聞こえる。
 ……まさか、あの会社から私の居場所を無くさせるつもりだったのか?
 
 恐ろしくもあり得そうな可能性が思い浮かび、私は一度その考えを頭から追い出して風呂に入るべく立ち上がる。
 ――遠くの警察のサイレンを耳にしながら。
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