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52話 狂人
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斜め前の席で矢壁先輩に仕事を教えられる鳩山。
部長や上の立場の人相手にヘラヘラと媚びへつらうその様子は大村の頃と同じで、やはり人違いではないのだと現実を突き付けられる。
大方、今まで私に押し付けていた分の仕事が自分に回るようになり、とても働いていられないからとっとと辞めて、こっちに転職して来たと言ったところなのだろう。
……よりにもよって、同じ部署になるとは予想もしていなかった。
「あいつと知り合いなのか?」
小声で尋ねて来た猫田さんに私は頷いて肯定するが、今まで何をされて来たのかを話して良いのか悩む。
恐らく私が退職するまでやられていたことを話せば、いとも簡単に鳩山は孤立することになるだろう。
しかし、もしも自分が今までやって来た事を悔いていたりしたら、もうあんなことをしないと決めていたら、そこまでするのは罪悪感が残る。
……まだ話さない方が良いだろう。
「……話したくなった時に話せ。相談に乗る程度の事はするから」
「はい……」
気を遣ってそう言ってくれた猫田さんに、私は内心でお礼を言いながら書類仕事に戻った。
そうしてしばらく経った頃、私は空になったペットボトルを片手に席を立つ。昼に七海から貰ったジュースを全て飲み切ってしまったのである。
自販機横のゴミ箱に空のペットボトルを入れ、自販機に並ぶ飲み物を眺めていると足音がする事に気付き、目を向けると。
「久し振りだな、深川」
気持ちの悪い笑みを浮かべる鳩山にぞっとしながら、しかし体の震えを抑えて疑問を投げ付ける。
「何でここに来たの? ここ以外にも会社は他にもあったでしょ」
「おいおい、おいおいおいおい」
急に距離を縮めて来た鳩山に体が怯え、思わず後退ると背が壁にぶつかる。
しかし鳩山はそんな事を気にする様子無く更に近付き、煙草の臭いのする息がかかる程顔を近付けると。
「お前のせいで俺がどれだけ苦労したと思ってんだぁ? 本当ならお前がやるべき仕事を、俺が全てやる羽目になった」
どうやら、迷ったりせず猫田さんに全て打ち明けてしまって良かったらしい。
そんな事を考えるのと同時、鳩山は何か思いついた様子で再びニタニタと笑いながらスマホを取り出し、一枚の画像を私に見せ付けた。
――私のアパートの写真だ。
「……どういうつもり?」
「どういうつもりだと思う?」
大村で私がやられたことを話したらただじゃおかないという脅し、そう察した私はただこの男を睨み付ける事しか出来なかった。
……私はまた、この男に苦しめられるらしい。
部長や上の立場の人相手にヘラヘラと媚びへつらうその様子は大村の頃と同じで、やはり人違いではないのだと現実を突き付けられる。
大方、今まで私に押し付けていた分の仕事が自分に回るようになり、とても働いていられないからとっとと辞めて、こっちに転職して来たと言ったところなのだろう。
……よりにもよって、同じ部署になるとは予想もしていなかった。
「あいつと知り合いなのか?」
小声で尋ねて来た猫田さんに私は頷いて肯定するが、今まで何をされて来たのかを話して良いのか悩む。
恐らく私が退職するまでやられていたことを話せば、いとも簡単に鳩山は孤立することになるだろう。
しかし、もしも自分が今までやって来た事を悔いていたりしたら、もうあんなことをしないと決めていたら、そこまでするのは罪悪感が残る。
……まだ話さない方が良いだろう。
「……話したくなった時に話せ。相談に乗る程度の事はするから」
「はい……」
気を遣ってそう言ってくれた猫田さんに、私は内心でお礼を言いながら書類仕事に戻った。
そうしてしばらく経った頃、私は空になったペットボトルを片手に席を立つ。昼に七海から貰ったジュースを全て飲み切ってしまったのである。
自販機横のゴミ箱に空のペットボトルを入れ、自販機に並ぶ飲み物を眺めていると足音がする事に気付き、目を向けると。
「久し振りだな、深川」
気持ちの悪い笑みを浮かべる鳩山にぞっとしながら、しかし体の震えを抑えて疑問を投げ付ける。
「何でここに来たの? ここ以外にも会社は他にもあったでしょ」
「おいおい、おいおいおいおい」
急に距離を縮めて来た鳩山に体が怯え、思わず後退ると背が壁にぶつかる。
しかし鳩山はそんな事を気にする様子無く更に近付き、煙草の臭いのする息がかかる程顔を近付けると。
「お前のせいで俺がどれだけ苦労したと思ってんだぁ? 本当ならお前がやるべき仕事を、俺が全てやる羽目になった」
どうやら、迷ったりせず猫田さんに全て打ち明けてしまって良かったらしい。
そんな事を考えるのと同時、鳩山は何か思いついた様子で再びニタニタと笑いながらスマホを取り出し、一枚の画像を私に見せ付けた。
――私のアパートの写真だ。
「……どういうつもり?」
「どういうつもりだと思う?」
大村で私がやられたことを話したらただじゃおかないという脅し、そう察した私はただこの男を睨み付ける事しか出来なかった。
……私はまた、この男に苦しめられるらしい。
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