上 下
58 / 106

52話 狂人

しおりを挟む
 斜め前の席で矢壁先輩に仕事を教えられる鳩山。
 部長や上の立場の人相手にヘラヘラと媚びへつらうその様子は大村の頃と同じで、やはり人違いではないのだと現実を突き付けられる。
 大方、今まで私に押し付けていた分の仕事が自分に回るようになり、とても働いていられないからとっとと辞めて、こっちに転職して来たと言ったところなのだろう。
 ……よりにもよって、同じ部署になるとは予想もしていなかった。

「あいつと知り合いなのか?」

 小声で尋ねて来た猫田さんに私は頷いて肯定するが、今まで何をされて来たのかを話して良いのか悩む。
 恐らく私が退職するまでやられていたことを話せば、いとも簡単に鳩山は孤立することになるだろう。
 しかし、もしも自分が今までやって来た事を悔いていたりしたら、もうあんなことをしないと決めていたら、そこまでするのは罪悪感が残る。
 ……まだ話さない方が良いだろう。

「……話したくなった時に話せ。相談に乗る程度の事はするから」

「はい……」

 気を遣ってそう言ってくれた猫田さんに、私は内心でお礼を言いながら書類仕事に戻った。
 そうしてしばらく経った頃、私は空になったペットボトルを片手に席を立つ。昼に七海から貰ったジュースを全て飲み切ってしまったのである。
 自販機横のゴミ箱に空のペットボトルを入れ、自販機に並ぶ飲み物を眺めていると足音がする事に気付き、目を向けると。

「久し振りだな、深川」

 気持ちの悪い笑みを浮かべる鳩山にぞっとしながら、しかし体の震えを抑えて疑問を投げ付ける。

「何でここに来たの? ここ以外にも会社は他にもあったでしょ」

「おいおい、おいおいおいおい」

 急に距離を縮めて来た鳩山に体が怯え、思わず後退ると背が壁にぶつかる。
 しかし鳩山はそんな事を気にする様子無く更に近付き、煙草の臭いのする息がかかる程顔を近付けると。

「お前のせいで俺がどれだけ苦労したと思ってんだぁ? 本当ならお前がやるべき仕事を、俺が全てやる羽目になった」

 どうやら、迷ったりせず猫田さんに全て打ち明けてしまって良かったらしい。
 そんな事を考えるのと同時、鳩山は何か思いついた様子で再びニタニタと笑いながらスマホを取り出し、一枚の画像を私に見せ付けた。
 ――私のアパートの写真だ。

「……どういうつもり?」

「どういうつもりだと思う?」

 大村で私がやられたことを話したらただじゃおかないという脅し、そう察した私はただこの男を睨み付ける事しか出来なかった。
 ……私はまた、この男に苦しめられるらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

パーティ追放されたので、のんびりと薬屋さんを始めました~私のお店に王子様が来店してくれます~

マルローネ
恋愛
色んな回復アイテムを生み出せるエメラダは、冒険者パーティ内で生命線として活動をしていた。しかし…… 「新しい支援役が出来たから、お前は不要だ。消えろ」 パーティのリーダーから一方的に追放されてしまった。新しい支援役の女性はどうやら、リーダーの恋人の模様。支援役は何人居ても困らないはず、とエメラダは言ったが、以前にリーダーからの告白を断っていたという理由を明かされ、嫌がらせとして追放されてしまう。 仕方がないので、エメラダは冒険者を引退し、薬屋として自分の能力を活かすことにした。これが大繁盛し、王子様の耳にも届くことになる。そして、王子様の支援を受けられるようになり、国一番の薬屋としての道を歩むのだった。 ところで、エメラダを追放したパーティは新しく入った支援役の能力不足もあり、どんどん衰退していくことになる。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

(完結)辺境伯爵家の血を引き継ぎしも望まれなかった娘、シエナは・・・・・・ポジティブお嬢様はへこたれない!

青空一夏
恋愛
先代辺境伯爵ルイ・ジェミングウエイは狩りがお好きな方だった。たまたま領地内の寂れた村の村長フランキーの屋敷に泊まることになる。そこで村長の娘、エレノアを一目で気に入ってしまう。エレノアにはお互いが好き合っている幼なじみの婚約者がいたので、なんとか諦めてもらえるようフランキーは進言するが、聞き入れてもらえずエレノアは泣く泣く先代辺境伯と一夜を共にする。 先代辺境伯は翌日にはエレノアには目もくれず、屋敷に戻ってしまう。その後エレノアの妊娠がわかり、ルイ・ジェミングウエイ辺境伯に知らせたがなんの反応もなくシエナを一人で産むエレノア。先代辺境伯は認知をするも一度も会いには来ず毎月養育費を送ってくるのみだった。 不憫に思ったフランキーは、その多額の養育費で立派な屋敷を本邸の隣に建てそこで娘と孫娘が安心して暮らせるように配慮した。それが気に入らないエレノアの兄チャーリーとその妻。 フランキーが存命の間は幸せに暮らしていたシエナであったが、フランキーが亡くなりエレノアの兄チャーリーが継ぐと、シエナに払われていたお金が止まってしまったと嘘をつくチャーリー。エレノアとシエナは・・・・・・ これは望まれない子供として生まれてきたシエナが、幸せになっていくお話です。 言葉遣いは現代的で全く史実には基づいておりません。異世界ですが、なんちゃって中世ヨーロッパ風です。ゆるふわご都合主義です。

義妹と一緒になり邪魔者扱いしてきた婚約者は…私の家出により、罰を受ける事になりました。

coco
恋愛
可愛い義妹と一緒になり、私を邪魔者扱いする婚約者。 耐えきれなくなった私は、ついに家出を決意するが…?

【完結済】完全無欠の公爵令嬢、全てを捨てて自由に生きます!~……のはずだったのに、なぜだか第二王子が追いかけてくるんですけどっ!!〜

鳴宮野々花
恋愛
「愛しているよ、エルシー…。たとえ正式な夫婦になれなくても、僕の心は君だけのものだ」「ああ、アンドリュー様…」  王宮で行われていた晩餐会の真っ最中、公爵令嬢のメレディアは衝撃的な光景を目にする。婚約者であるアンドリュー王太子と男爵令嬢エルシーがひしと抱き合い、愛を語り合っていたのだ。心がポキリと折れる音がした。長年の過酷な淑女教育に王太子妃教育…。全てが馬鹿げているように思えた。  嘆く心に蓋をして、それでもアンドリューに嫁ぐ覚悟を決めていたメレディア。だがあらぬ嫌疑をかけられ、ある日公衆の面前でアンドリューから婚約解消を言い渡される。  深く傷付き落ち込むメレディア。でもついに、 「もういいわ!せっかくだからこれからは自由に生きてやる!」 と吹っ切り、これまでずっと我慢してきた様々なことを楽しもうとするメレディア。ところがそんなメレディアに、アンドリューの弟である第二王子のトラヴィスが急接近してきて……?! ※作者独自の架空の世界の物語です。相変わらずいろいろな設定が緩いですので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※この作品はカクヨムさんにも投稿しています。

王太子との婚約破棄後に断罪される私を連れ出してくれたのは精霊様でした

星里有乃
恋愛
「今日をもってイザベル・カエラートとの婚約は破棄とし、イザベルを聖女暗殺未遂の疑いで魔女裁判を言い渡す」 「そ、そんな……! 私、聖女ミーアスに対して何もしておりませんわっ」  美しい男爵令嬢のイザベル・カエラートは小国の王太子アルディアスと婚約していた。が、王太子の命の恩人で虚言症の聖女ミーアスの策略により無実の罪をかけられて、身分も信用も失ってしまう。誰も助けてくれない中、絶望の淵で精霊様に祈りを捧げると一人の神秘的な美青年がイザベルの前に現れた。  * この作品は小説家になろうさんにも投稿しています。  * 2020年04月10日、連載再開しました。閲覧、ブクマ、しおりなどありがとうございます。追加投稿の精霊候補編は、イザベルが精霊入りするまでの七日間や結婚後のストーリーをオムニバス形式で更新していく予定しております。  * 2020年10月03日、ショートショートから長編に変更。  * 2022年03月05日、長編版が完結しました。お読み下さった皆様、ありがとうございました!  * 初期投稿の正編は、全10話構成で隙間時間に読める文字数となっています。

ブラックな職場で働いていた聖女は超高待遇を提示してきた隣国に引き抜かれます

京月
恋愛
残業など当たり前のお祈り いつも高圧的でうざい前聖女 少ない給料 もう我慢が出来ない そう思ってた私の前に現れた隣国の使者 え!残業お祈りしなくていいの!? 嘘!上司がいないの!? マジ!そんなに給料もらえるの!? 私今からこの国捨ててそっちに引き抜かれます

処理中です...