上 下
17 / 106

16話

しおりを挟む
 昼食後に新たに任された仕事を終え、時計を見れば五時四十分を指していた。
 完全に暇になってしまった私は残りの時間で何か出来ないかと考えてみるが特に何も思い付かず、猫田さんの方を見ると何か悩んでいる様子でパソコンと睨めっこしていた。
 すると彼は視線で気付いたらしく、私を見ると。

「どうした、もう終わったか?」

「はい、終わりました」

「そうか。ならもう帰る支度しちゃいな」

「分かりました……あの、何か手伝えることありますか?」

 再び画面との睨めっこを始めた猫田さんにそう尋ねると、彼は少し申し訳無さそうに画面を指差して。

「ここに入れる数値がどれか分からんのよ。どれか分かる?」

「……この数値じゃないんですか?」

 ざっと書類を見回し、それらしき数値を見つけた私がその部分を指差すと猫田さんは「これだ」とスッキリした様子で笑みを見せ、その数字を空いてるカ所に打ち込んだ。
 どうやらこの様子だと単純に見落していただけのようだ。

「助かった助かった、よく分かったな」

「大村でよくやらされたものだったので」

 嫌という程やらされたのは記憶に新しい。その上、思い出すだけでエナドリの味が蘇る。
 幻味を紛らわそうとさっき買ったお茶を飲んでいると、他の階に行っていた傘部長が戻って来て。

「では、今日はそろそろ終業にしマス。帰る支度を済ませてしまってクダサイ」

 その言葉で静かだった室内はがやがやと騒がしくなり、私はずっと同じ体勢だったことで疲れてしまった体をぐいと空へ向けて伸ばす。
 と、猫田さんは書類や資料を鞄に仕舞いながら。

「深川さん優秀だから、近々もっと難しいのを任せるかもしれないんだよ。だから厳しいようだったら言ってな」

「分かりました、頑張ります!」

 これはチャンスだ。ここで一つ活躍出来れば私はきっと一社員として認められることになるだろう。
 そんな事を考えつつ荷物をまとめ終えた私は他の人たちが帰り支度を済ませるのを待っていると猫田さんはスマホを弄りながら。

「そう言えば深川さんって何か趣味無い? 俺、最近何もやる気起きなくて困ってんだよ」

「趣味というより、最近はまっていることなら映画見ることですね」

「お、映画か。どんな映画が好きなんだ?」

「アクション……では無く、恋愛とかのんびりしたものですかね」

 本当は某カーアクション映画や戦争映画の方が好きだが黙っておこう。
 
「恋愛か……見たこと無いな。アクションしか見ないんだ」

「じゃ、じゃあ今度アクション映画でも見に行きますか?」

「そうだな、なら今週末暇だし行こうか」

「はい!」

 返事をしてから私はふと気付く――異様に喜ばしく思っていることに。
 ただ趣味が合いそうな人を映画に誘っただけ、それなのになぜ喜びが湧き出してしまうのだろう。

 彼女がその原因を知ることになるのはまだまだ先の話であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 衝撃で前世の記憶がよみがえったよ! 推しのしあわせを応援するため、推しとBLゲームの主人公をくっつけようと頑張るたび、推しが物凄くふきげんになるのです……! ゲームには全く登場しなかったもふもふ獣人と、騎士見習いの少年の、両片想いな、いちゃらぶもふもふなお話です。

魔王様に気に入られたので魔界で暮らします。

下菊みこと
恋愛
ある日元公爵令嬢ジャンティー・ノワールは、弱っていた魔王フォンセ・ディアーブルを自分の血を分け与えて助ける。フォンセはジャンティーを気に入って、身分剥奪、国外追放処分を受けて生活に困窮するジャンティーを魔界へ連れ帰る。今まで誰かに愛されたことのない孤独なジャンティーはフォンセに直ぐに心を開く。これは二人の、日常とかトラブルとかその他もろもろのお話。 小説家になろう様にも掲載しています。

イケメン看護師と美人患者の甘い時間

犬童 幕
大衆娯楽
イケメン看護師と美人患者の間に何が

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

~転生令嬢の異世界奮闘記~最強スキル<魅了>を駆使して掴むのは女の幸せ?!はたまた天下か?!

紫陽花
恋愛
初めての告白で振られた日、失意の中で帰宅中、交通事故でこの世を去った。 しかし、守護天使によって異世界へ転生することとなる。 守護天使から授けられたスキルは、<魅了>の魔眼と<変身魔法>。 舞台は、ヴァン王国。 王太子シャルルマーニュの婚約者候補として舞踏会に招待された。 スキルを活かして、今度こそ幸せになる!と美姫は意気込む。 掴むことができるのは、女の幸せか?!はたまた天下か?! ※※この話は、転生少女美姫の異世界奮闘記です。※※ 不定期更新ですm(。>__<。)m

処理中です...