上 下
8 / 106

8話 二口食堂

しおりを挟む
 会社から出て十分程度の距離で、人通りの少ない狭い道に位置している二口食堂。
 その外観は少し古さを感じさせるもので、建物の壁には小さいひびやツタなどが生えている。

「見た目はアレだけど中は綺麗だから安心してね」

「う、うん」

 狐塚さんの言葉に私は頷いたが、本当はその外観に不安を覚えている訳では無い。
 単純にこういった古い外観の店に入るのが始めてで、どんな料理が出て来るのか少し楽しみなのである。
 というのも、こういった古い店が今も尚続いているのはそれだけ料理が美味しい証拠だからだ。

 建物へ入って行く猫田さんたちの後を追うようにして私も中へと入ると、途端に良い香りが鼻腔を通り抜け、空腹がさらに刺激される。
 腹の虫が鳴りながら屋内を軽く見回すと昔ながらな印象を持たせる内装で、狐塚さんの言う通り清潔感がある。

「あらいらっしゃい。よく来たねぇ」

「今日もオススメをお願いします」

 店の奥から出て来た割烹着を着た老婆に猫田さんは会釈してそう言うと、彼女は「はいよ」とだけ言って奥へ戻って行った。
 近くの席に座り始めた皆に倣って私もそこへ座ると、隣に狐塚さんが座った。
 と、対面に腰掛けたかなり痩せた体をしている木綿谷もめたに先輩が興味津々な様子で。

「そう言えば深川さんってあやかし枠で入社したんだよね? 何のあやかしと関係があるの?」

 あやかし枠とはあやかしの血を受け継いでいたり、何らかの関りがある人が勧誘を受けて入社することらしい。

「はい、一応そうなんですが……何のあやかしかは分からないんです」

「お、君もだったか。俺もなんだよ」

 私の言葉に少し嬉しそうな反応を見せたのは相撲取りのような大柄な体格だが、優し気な雰囲気のある矢壁やかべ先輩だ。
 ここまで来る途中で聞かされたのだが、ここの部署で自分に宿るあやかしの正体が分からない人は矢壁さんしかいないらしい。
 と、全員分の水をコップに注いでくれた猫田さんはそれを配ると。

「じゃあ、全員自己紹介しとこうか。俺もまだ名前しか教えて無いからな」

 その言葉に全員が頷き、私は感謝の言葉を掛ける。 
 猫田さんは「気にするな」とだけ言い、自己紹介を始めた。

「俺は猫田蒼馬。苗字に猫って入ってるから察してるかもしれないけど、俺の先祖には猫又がいるらしい。受け継いでるのは気まぐれな性格だけだろうな」

 そのどこか猫っぽい雰囲気の正体が猫又だったことに驚きと共に納得していると、矢壁先輩が「次は俺だな」と呟いて。

「俺は入社四年目の矢壁遥斗だ。あやかし枠で入社したんだけど、未だに何の妖怪なのか分かってない。もしこれかなって思い付くものがあったら教えてくれると助かる」

 その言葉でじいっと矢壁先輩を見てみるが、その体格からなのか壁しか連想出来ず、私はその失礼な想像を振り払う。
 と、次は木綿谷先輩が自己紹介を始める。

「一反木綿が先祖、木綿谷徹だ。本物みたいに浮かぶことは出来ないけど存在は浮いてるってよく言われる」

 自嘲気味に笑いながら彼がそう言うと、横で猫田さんと矢壁先輩はブフッと吹き出し、私は笑って良いのか分からず苦笑する。
 
「話してるとこ悪いけど、料理出来たよ」

 その声に目を向けるとさっきの老婆と料理を乗せたワゴンがあり、いつの間に来たのだと内心驚く。
 ワゴンからテーブルに広げられたのは鰺の炭火焼き定食のようで、その良い匂いで薄れていた空腹が再び蘇る。
 するとそれは皆も同じだったらしく、自己紹介は後回しにして食べる事となり。
 私は久々に食べるその美味しい料理によって自然と頬が綻んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 衝撃で前世の記憶がよみがえったよ! 推しのしあわせを応援するため、推しとBLゲームの主人公をくっつけようと頑張るたび、推しが物凄くふきげんになるのです……! ゲームには全く登場しなかったもふもふ獣人と、騎士見習いの少年の、両片想いな、いちゃらぶもふもふなお話です。

魔王様に気に入られたので魔界で暮らします。

下菊みこと
恋愛
ある日元公爵令嬢ジャンティー・ノワールは、弱っていた魔王フォンセ・ディアーブルを自分の血を分け与えて助ける。フォンセはジャンティーを気に入って、身分剥奪、国外追放処分を受けて生活に困窮するジャンティーを魔界へ連れ帰る。今まで誰かに愛されたことのない孤独なジャンティーはフォンセに直ぐに心を開く。これは二人の、日常とかトラブルとかその他もろもろのお話。 小説家になろう様にも掲載しています。

イケメン看護師と美人患者の甘い時間

犬童 幕
大衆娯楽
イケメン看護師と美人患者の間に何が

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

~転生令嬢の異世界奮闘記~最強スキル<魅了>を駆使して掴むのは女の幸せ?!はたまた天下か?!

紫陽花
恋愛
初めての告白で振られた日、失意の中で帰宅中、交通事故でこの世を去った。 しかし、守護天使によって異世界へ転生することとなる。 守護天使から授けられたスキルは、<魅了>の魔眼と<変身魔法>。 舞台は、ヴァン王国。 王太子シャルルマーニュの婚約者候補として舞踏会に招待された。 スキルを活かして、今度こそ幸せになる!と美姫は意気込む。 掴むことができるのは、女の幸せか?!はたまた天下か?! ※※この話は、転生少女美姫の異世界奮闘記です。※※ 不定期更新ですm(。>__<。)m

処理中です...