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楽園の涯
24 山賊王女
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リードホルム国王崩御――その報は公式な布告を待つまでもなく、一夜のうちにヘルストランドの町全体に知れ渡った。ヴィルヘルム三世は衆人環視の中で暗殺され、最低でも百人以上の国民が、絶命の瞬間をさえ目撃しているのだ。
毎年、春宵の火祭りの夜には、神聖な篝火を見ながら夜通し酒を飲み明かそうという腹づもりでいる者が少なからずおり、彼ら彼女らが話題の拡散をつよく後押ししたのだった。
ヘルストランドにはつい数日前まで、ベアトリス・ローセンダールが滞在していた。彼女は春宵の火祭りには全く興味がないようで、帰国を遅らせて異国の祭りを楽しむ、などという考えは露ほどもなく、予定通りの期日に帰途についた。
ベアトリスは、ヴィルヘルムが暗殺されることを知っていたとしても、帰国を繰り延べることはなかっただろう。彼女は、たとえ相手が軽蔑すべき卑劣漢であっても、人死にを愉悦とともに見物するような嗜虐性とは縁のない人物だ。だがそれでも、ノルドグレーンの首都ベステルオースに帰り着いてから暗殺の報を聞いたベアトリスは、わずかな逸失感を覚えないではなかった。
「あの方はまさか、そこまで計画してエーギル王太子を呼び戻した……?」
「さすがに考えすぎでは」
「そう思うわ。春宵の火祭り……だったかしら、その日まで滞在していれば、本人に直接聞くこともできたのだけれど」
――もしも、すべて仕組んでいたのだとしたら、わたくしが思っていたよりもずっと狡猾で、油断のならない相手ということね……。
こうした状況では往々にして、いかなる勢力による暗殺かという真相を巡り、徹底した犯人探し――または疑惑の押しつけ合い――が始まるところだ。国王を疎んじていたノア一派の手によるものか、あるいはノルドグレーンの勢力が介在しているのか、そうでなければ国王派が掲げる旗の刷新を図ったのか。そうした追求は、ヴィルヘルム三世の暗殺に際しては、あまり熱心には行われなかった。
サンテソン典礼省長官などをはじめとして、国王を支持していた一派はなお宮廷内外に存在する。だが彼らは、ヴィルヘルムの後に擁立すべき次期国王候補を選定できておらず、少なくとも今は、積極的にノア派に抵抗する意思がなかった。
それは国王派勢力が、ジュニエスの戦い以前までは中心人物だったアッペルトフト公爵の失墜と、醜態を晒し続けるヴィルヘルムを旗印として団結することに及び腰だったため、組織立って次代へ目を向けた戦略を立てることができなかったためだ。
ノアは国王の暗殺について、内心を包み隠さず吐露すれば、全く考えたことなどない、と言い切ることはできなかった。だがその心情はともかく、実行に関与していないことは事実である。多少の時間をかければごく穏当に手に入れられる王座を、わざわざ暴力によって強奪すべき理由などノアにはないのだ。
春宵の火祭り以前まで彼は、結束を欠く国王派勢力の幾人かを懐柔した後、宮廷の総意であるとしてヴィルヘルムに退位を迫る、という心積もりでいた。その矢先に起こった国王の暗殺という事件は、ノアを支持する派閥にとっては、面倒事が一つ増えた、という程度の椿事に過ぎなかった。
毎年、春宵の火祭りの夜には、神聖な篝火を見ながら夜通し酒を飲み明かそうという腹づもりでいる者が少なからずおり、彼ら彼女らが話題の拡散をつよく後押ししたのだった。
ヘルストランドにはつい数日前まで、ベアトリス・ローセンダールが滞在していた。彼女は春宵の火祭りには全く興味がないようで、帰国を遅らせて異国の祭りを楽しむ、などという考えは露ほどもなく、予定通りの期日に帰途についた。
ベアトリスは、ヴィルヘルムが暗殺されることを知っていたとしても、帰国を繰り延べることはなかっただろう。彼女は、たとえ相手が軽蔑すべき卑劣漢であっても、人死にを愉悦とともに見物するような嗜虐性とは縁のない人物だ。だがそれでも、ノルドグレーンの首都ベステルオースに帰り着いてから暗殺の報を聞いたベアトリスは、わずかな逸失感を覚えないではなかった。
「あの方はまさか、そこまで計画してエーギル王太子を呼び戻した……?」
「さすがに考えすぎでは」
「そう思うわ。春宵の火祭り……だったかしら、その日まで滞在していれば、本人に直接聞くこともできたのだけれど」
――もしも、すべて仕組んでいたのだとしたら、わたくしが思っていたよりもずっと狡猾で、油断のならない相手ということね……。
こうした状況では往々にして、いかなる勢力による暗殺かという真相を巡り、徹底した犯人探し――または疑惑の押しつけ合い――が始まるところだ。国王を疎んじていたノア一派の手によるものか、あるいはノルドグレーンの勢力が介在しているのか、そうでなければ国王派が掲げる旗の刷新を図ったのか。そうした追求は、ヴィルヘルム三世の暗殺に際しては、あまり熱心には行われなかった。
サンテソン典礼省長官などをはじめとして、国王を支持していた一派はなお宮廷内外に存在する。だが彼らは、ヴィルヘルムの後に擁立すべき次期国王候補を選定できておらず、少なくとも今は、積極的にノア派に抵抗する意思がなかった。
それは国王派勢力が、ジュニエスの戦い以前までは中心人物だったアッペルトフト公爵の失墜と、醜態を晒し続けるヴィルヘルムを旗印として団結することに及び腰だったため、組織立って次代へ目を向けた戦略を立てることができなかったためだ。
ノアは国王の暗殺について、内心を包み隠さず吐露すれば、全く考えたことなどない、と言い切ることはできなかった。だがその心情はともかく、実行に関与していないことは事実である。多少の時間をかければごく穏当に手に入れられる王座を、わざわざ暴力によって強奪すべき理由などノアにはないのだ。
春宵の火祭り以前まで彼は、結束を欠く国王派勢力の幾人かを懐柔した後、宮廷の総意であるとしてヴィルヘルムに退位を迫る、という心積もりでいた。その矢先に起こった国王の暗殺という事件は、ノアを支持する派閥にとっては、面倒事が一つ増えた、という程度の椿事に過ぎなかった。
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