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楽園の涯

15 王太子の帰還 4

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 二十年前、ヴィルヘルムとエーギルの兄弟は、次期王座をめぐる権力闘争のただ中にあった。年齢から言えばヴィルヘルムに王位の優先権があるものの、宮廷内では、英明えいめいで品格に優れるエーギルを推す声のほうが優勢だった。
 形勢不利と見たヴィルヘルムは、功名心を持て余し弓術に優れた青年を、暗殺者として差し向ける。暗殺者の放った矢はエーギルの頭部を貫いたかに見えたが、奇跡的に左目を失っただけで死はまぬがれた。
 だが手段を選ばぬヴィルヘルムを恐れたエーギル支持の一派は、エーギルの身を案じ、彼は死亡したと偽の情報を流す。そして武力を掌握しょうあくするまでの間、彼を一時的に地下監獄の特別室にかくまったのだが、そこでヴィルヘルム派に先を越されてしまった。
 エーギル派の大半が粛清しゅくせいや追放のき目に遭い、エーギル自身はそのまま、ヘルストランドの地下監獄に幽閉ゆうへいされて過ごすことになったのだ。
 エーギルの囚人としての日々は、二年前に監獄で起こった暴動の混乱に乗じて脱出し、リースベットに出会う日まで十八年続いた。
 その間に、彼がヴィルヘルムの弟であることに気付いた人物は一人だけ存在する。ノアの兄アウグスティンだ。彼が、叔父おじの残った右目を拷問ごうもんで奪っておきながら、なぜ生かしておいたのかは不明である。その理由を聞いていたかも知れない者は、皆すでにこの世を去った。あるいはヴィルヘルムを王座から引きずり下ろすため、王弟である彼を利用する算段があったのかも知れない。

「叔父上……」
 エーギルは一瞬ノアの方を向き、すぐにヴィルヘルムへ向き直った。
「つまらぬ冗談はさておき、……兄上?」
 ヴィルヘルムは口を半開きにしたまま、力なく椅子にもたれてくずおれている。驚きによってか恐怖によってか、どうやら気を失ってしまったようだ。
 ノアはその姿を見て、残念そうにうつむいて首を左右に振った。
 唐突な出来事に誰もが呆気あっけにとられ、わずかのあいだ、迎賓げいひん室は沈黙に包まれていた。
 やがてリードホルムの侍従じじゅうたちが、思い出したようにヴィルヘルムに駆け寄る。気絶した国王を二人がかりで肩に抱え、医者だ、寝室だ、と騒ぎ立てながら迎賓室を出ていった。
「やれやれ、本当に墓から蘇ったと思われたか」
「……どうやら明日からでも、叔父上に政務を代わっていただいた方が良さそうですね」
「そんな必要もなかろうが……まあよい。お前には必要だろう、わしの立場が」
「ノア様……?」
 腕組みをして渋面じゅうめんを向け合うノアとエーギルに、珍しい戸惑い顔のベアトリスが声をかけた。
「すまないなフローケン・ローセンダール。お騒がせしてしまったようだ」
「式典はこのまま終了、ということでよいだろう。どうぞ客室で休んでくれたまえ」
「そう、ですわね……」
「案内の者をよこしてくれ」
 ノアは従者に、ベアトリスは随伴ずいはんの役人たちに、それぞれ指示を出した。ベアトリスは役人たちを追い払うように部屋に返している。
 迎賓室から人が退出するに連れ、エーギルの登場によって巻き起こったざわめきも落ち着いてゆく。
「早くお戻りなさい。上司へ報告すべき話題もいただいたでしょう」
「さて、儂も戻るか。久々に晴れがましい場に出たせいか、少し疲れた」
「申し訳ありません、叔父上」
「気にするな。儂が二十年前に王座を取っておれば、斯様かような混乱もなかっただろうにな」
「それは……」
「ノア様、少しよろしいですか……?」
 ベアトリスが申し訳なさそうに、ノアに問いかける。
「何かな?」
「もしお手隙てすきでしたら……庭園の案内など、していただけないものかと……」
「……」
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