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楽園の涯

7 山賊団のリースベット 3

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「……あの時代はもう、あたしの頭の中だけにあればいい。戻る必要も、その気もない。ただ、離れるなら離れるで、付けとかなきゃならないけじめや、言っとかなきゃいけない言葉が、まだ残ってんだ。それを精算しに行く」
 そんなもの投げ出したら――という言葉を、エステルは言えなかった。
 ――もしもリースベットが、自他の境界を冷淡に割り切ることができ、欲心と利得の打算だけで判断する人物だったなら、おそらく自分は今ここにいないだろう。自己という概念の範囲が広い、“そんなもの“まで自己の範疇はんちゅうに含めてしまうリースベットが中心にいたからこそ、ティーサンリードは子供が暮らせるほど安定的に日々を積み重ねてきたのだ。
「でもあんた、大丈夫なの? 戦争なんて」
「そうだな……今までやってきた山の中や狭い坑道での戦いとは、おそらくぜんぜん違うんだろうとは思う。そういう不安はあるよ」
「それはそうよね……」
「でも、あたしは今けっこう、晴れ晴れした気分なんだ」
「あら、どうして?」
「あたしは今までずっと、目の前で起きてることに、その場その場で対応してるだけだった気がする」
「いろんなことが、次々に起こったものね」
「ああ。でも、ここからようやく、自分で選んだ道を進めそうな気がするんだ」
 穏やかで、少しだけ晴れやかな笑顔でリースベットは言う。
 エステルはその顔を見て、リースベットを引き止める意思を失った。まるで思いがはらの奥で、粉雪が水に溶けるようにふわりと消えてしまったように感じた。

 その柔らかな笑顔を思い浮かべると、エステルはどうしても、リースベットを引き止めるべきだったとは考えられなかった。
 彼女の選択を身勝手だとそしる者もいる。山賊団の首領としてのリースベットという一側面のみを見れば、その非難も的外れではないだろう。
 そんな単純さの枠に収まらない程度には、エステルはリースベットという個人を知っている。だからこそ、リースベットがノアの窮地きゅうちを救いに向かうことは必然だったのであろうし、だからこそ、その結果としてリースベットが死んだという事実が、エステルはひどく悲しかった。
 もしかしたら、何年か後に別の場所で、変わらぬ調子で権力者に悪態あくたいをついているリースベットに出会う――彼女が出ていってから数日間ほど抱いていたささやかな希望が、永遠に失われたのだ。
 訃報ふほうを聞いたエステルは自室に丸一日閉じこもり、声を押し殺して泣いた。それでも翌日には彼女の仕事場に顔を出し、まるでそうすることが悲しみをしずめる薬だとでも言うように、山賊たちの食事を黙々と準備していた。
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