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楽園の涯

6 山賊団のリースベット 2

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「アウロラちゃんを巻き込むの、あれほど嫌がってたじゃない」
「……最初のうちはな。だが今となっては、本人が過保護を望んでねえし、今更違う生き方をしろってのも無責任な話だろ。あたしが引き込んどいて」
「そう……」
「だから一応、あたしなりの道標みちしるべは立てといてやる。それを見たあいつが、違う道を選ぶのは自由だけどな」
「そんなことする子じゃないわよ」
「わかってる」
 リースベットはホットワイングレッグをひとくち飲み、甘く暖かな液体が喉を滑り落ちてゆく感触を確かめるように、ゆっくり小さく呼吸していた。ゆらゆらと揺れるワインの表面に映る顔には、アウロラに示した不確かな道への、戸惑いが含まれている。
「アウロラちゃんは、私達に生き方を強制されたと思うかしらね」
「さて、どうかな。そう思われても仕方ねえけど」
「でも、これ以外にやりようがないでしょ」
「まあそうだ。あたし達にはな」
「……こう考えたらいいと思うのよ。周りを見てみて、その状況、そこにいる人間たちが、自分を守ってくれようとしていたのか……それとも、ただ利用して、用が済んだら捨てようと思っていたのか」
「アウロラ……みたいな立場の奴が、って話しか」
「後者だと感じたら、すぐにその場所から逃げたほうがいい。でも前者なら、自分を、他者を生かしてくれる場所として、信じて、混じり合ってみてもいい。それはたぶん、そんなに悪い生き方じゃないわ」
「……それ、アウロラに伝えといてくれよ」
「わかった」
 リースベットはグレッグを飲み干し、暖炉の揺れる炎に目を細めている。しばらくの間、パチバチと薪がはぜる穏やかな音だけが二人を包み込んでいた。
 やがてリースベットは、絡まった糸繰いとくり車がほどけたように喋りだした。
「夢を、見たんだよ」
「……え?」
「六歳とか七歳とかの頃、まだ兄がノルドグレーンに行く前の風景だった。……不思議と今まで、その頃の夢はほとんど見なかったんだけどな」
 ヘルストランドの城門。幼いリースベットが泣きじゃくりながらノアの乗る馬車を追う。石畳につまづいて転ぶ。遠ざかる馬車に伸ばした手を、今のリースベットが掴んで引き起こす。手を引いて馬車を追い越し、年齢の違うリースベット二人がその御者となって、馬車はやがて空に舞い上がる。
「といっても、別に里心がついたわけじゃねえ」
「……あんたが本当に戻りたいんなら、私たちにそれを止める権利はないよ。行ってほしくはないけどね」
「悪いな。気ばっかり使わせて」
「いいわよ別に」
「……あの時代はもう、あたしの頭の中だけにあればいい。戻る必要も、その気もない。ただ、離れるなら離れるで、付けとかなきゃならないけじめや、言っとかなきゃいけない言葉が、まだ残ってんだ。それを精算しに行く」
 そんなもの投げ出したら――という言葉を、エステルは言えなかった。
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