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楽園の涯
4 山道にて 4
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たちこめる殺気をからかうように詭弁を弄する、意外なほど饒舌なミルヴェーデンに、ロブネルは調子を挫かれていた。
エイデシュテットはキョロキョロと周囲を見渡している。馬車はあるが、それを走らせる馬と御者がまだ戻ってきていない。
「さて、無用な問答も大概にしておこうか」
ミルヴェーデンがゆっくりと立ち上がった。その目には矢のような光が戻っている。
「聞けばエイデシュテットなる御仁は、リードホルムの興亡につよく責務を負う身という。師も珍しく憤っておられた」
「てめえやっぱり……!」
「いかな乱世の道行振りとて、見過ごせぬ不義というものがあろう」
「ロ……ロブネル! この男を殺せ!」
エイデシュテットが叫んだ。ロブネルが懐から得物の大針を抜く。ミルヴェーデンは革のコートを脱ぎ捨て、風になびく旗のようにコートがロブネルの視界を覆う。ロブネルは構わず大針を投げ、ミルヴェーデンは前に踏み込み、コートを細身の曲刀で垂直に両断した。コートを貫通した大針が樹木に突き刺さる。
二つに切り離されたコートがひらひらと宙を舞い、二つに切り離されたロブネルの上に覆いかぶさった。
裏返った悲鳴を上げて逃げようとするエイデシュテットの進路を、ミルヴェーデンの剣が遮った。
「た、頼む……殺さんでくれ……」
エイデシュテットは首筋に突きつけられた刃に怯え、震え声で命乞いをした。ミルヴェーデンが嘲笑的な含み笑いをもらす。
「人の命を蔑ろにし続けてきた貴様が、己の命だけは惜しいと申すか」
「そうだ、あの積み荷から、好きなものを持てるだけ持ってゆけ。ね、値打ち物の品ばかりじゃぞ」
「あいにくと儂は、そのような物の価値が分からぬ不調法者でな」
ミルヴェーデンは静かに言いながら、曲刀を水平に振り抜いた。エイデシュテットは驚いた表情のまま、後頭部を床に打ちつけた。すこし遅れて膝が崩れ落ちる。
「……貴様にも言い分はあろう。貴様の側にも不義を行っただけの理屈はあろう。だが、ここらで九泉に沈むが道理というものよ。これ以上の狼藉を許しては人の世が崩れる」
見開かれているだけで何も映っていないエイデシュテットの目を見下ろしながら、ミルヴェーデンは独り言のようにつぶやいた。
「儂に斬られるぐらいが、貴様らには分相応というもの」
刀身の血脂を払うように曲刀を回転させ、円い光跡を描いたあと、ミルヴェーデンはゆっくりと剣を鞘に収めた。その背後で悲鳴が上がる。馬を連れて小川から戻ってきた御者が、首を境に二つに分かれたエイデシュテットの死体を見つけたのだ。
御者は腰を抜かして鞍を這い登り、幌馬車をそのままに馬を駆って逃げていった。
「さて、時代はどう動くか……」
ミルヴェーデンは空を見上げてつぶやき、山道を東へと歩いていった。
エイデシュテットはキョロキョロと周囲を見渡している。馬車はあるが、それを走らせる馬と御者がまだ戻ってきていない。
「さて、無用な問答も大概にしておこうか」
ミルヴェーデンがゆっくりと立ち上がった。その目には矢のような光が戻っている。
「聞けばエイデシュテットなる御仁は、リードホルムの興亡につよく責務を負う身という。師も珍しく憤っておられた」
「てめえやっぱり……!」
「いかな乱世の道行振りとて、見過ごせぬ不義というものがあろう」
「ロ……ロブネル! この男を殺せ!」
エイデシュテットが叫んだ。ロブネルが懐から得物の大針を抜く。ミルヴェーデンは革のコートを脱ぎ捨て、風になびく旗のようにコートがロブネルの視界を覆う。ロブネルは構わず大針を投げ、ミルヴェーデンは前に踏み込み、コートを細身の曲刀で垂直に両断した。コートを貫通した大針が樹木に突き刺さる。
二つに切り離されたコートがひらひらと宙を舞い、二つに切り離されたロブネルの上に覆いかぶさった。
裏返った悲鳴を上げて逃げようとするエイデシュテットの進路を、ミルヴェーデンの剣が遮った。
「た、頼む……殺さんでくれ……」
エイデシュテットは首筋に突きつけられた刃に怯え、震え声で命乞いをした。ミルヴェーデンが嘲笑的な含み笑いをもらす。
「人の命を蔑ろにし続けてきた貴様が、己の命だけは惜しいと申すか」
「そうだ、あの積み荷から、好きなものを持てるだけ持ってゆけ。ね、値打ち物の品ばかりじゃぞ」
「あいにくと儂は、そのような物の価値が分からぬ不調法者でな」
ミルヴェーデンは静かに言いながら、曲刀を水平に振り抜いた。エイデシュテットは驚いた表情のまま、後頭部を床に打ちつけた。すこし遅れて膝が崩れ落ちる。
「……貴様にも言い分はあろう。貴様の側にも不義を行っただけの理屈はあろう。だが、ここらで九泉に沈むが道理というものよ。これ以上の狼藉を許しては人の世が崩れる」
見開かれているだけで何も映っていないエイデシュテットの目を見下ろしながら、ミルヴェーデンは独り言のようにつぶやいた。
「儂に斬られるぐらいが、貴様らには分相応というもの」
刀身の血脂を払うように曲刀を回転させ、円い光跡を描いたあと、ミルヴェーデンはゆっくりと剣を鞘に収めた。その背後で悲鳴が上がる。馬を連れて小川から戻ってきた御者が、首を境に二つに分かれたエイデシュテットの死体を見つけたのだ。
御者は腰を抜かして鞍を這い登り、幌馬車をそのままに馬を駆って逃げていった。
「さて、時代はどう動くか……」
ミルヴェーデンは空を見上げてつぶやき、山道を東へと歩いていった。
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