223 / 247
楽園の涯
3 山道にて 3
しおりを挟む
ロブネルが休憩所の手すりに腰掛けると、黙りこくっていた旅人が唐突に口を開いた。
「……奇遇とは思わんか、こんなところで出会おうとは」
旅人がフードを下ろし、怪訝な顔のロブネルが顔を覗き込む。そこには見知った、しかしさほど親密ともいえない顔があった。
「てめえ……ミルヴェーデン……」
「久しいな、ロブネルよ」
「何者だ?」
「……昔の仕事仲間だ」
みすぼらしい姿の旅人は、かつてロブネル、フェルディンとともにリースベットたちに戦いを挑んだ、蓬髪の剣士ミルヴェーデンだった。賞金稼ぎとして同行した半年ほどの間、彼の求道者然とした行動原理をロブネル――を含む同行者全員――は全く理解できず、ほとんど会話らしい会話もなかった。
エイデシュテットもロブネルも警戒した様子で、起きているのか眠っているのか分からないミルヴェーデンの顔を凝視している。
「……こんなところで、何をやってやがる?」
「剣の道も絶たれたゆえ、今やあてどもない旅人よ」
「てめえらしいじゃねえか」
「そう思うか。……ときに、故国へ帰り師の元へ帰参した折、いろいろと面白い話を聞いてな。興味はないか?」
「……てめえの“面白い”に共感した記憶はねえな」
ミルヴェーデンは愉快そうに笑う。この状況下でなぜそのように笑えるのか、ロブネルにはやはり理解できなかった。
「そうであったな……しかし、そちらの御仁はどうかな? 師は今や、カッセル王国軍の指南役も務めておられる。儂と違って政治にも明るい方だ」
「……なんじゃと?」
ミルヴェーデンがエイデシュテットを横目で見た。エイデシュテットの顔が猜疑にゆがむ。
「行商で諸国を回る出入りの者が、リードホルムでこんな噂を聞いたそうな。……エイデシュテットなる者が、己が祖国を売り渡して逃げ去ろうとしている、という」
「てめえ……!」
場が一挙に色めき立ち、ロブネルは外套の懐に手を入れた。ミルヴェーデンは余裕ありげに笑っているが、細い目の奥には射抜くような鋭い眼光が宿っている。
「なるほど、強請りというわけか」
「……ふん」
右の口角を上げていやらしく笑うエイデシュテットを、ミルヴェーデンが一瞥する。
「旦那、この気違いはそういう奴じゃねえ。それだけは確かだ」
「……どういうことじゃ?」
「ほう、貴様はそう思うのか? ともに賞金稼ぎなどしておったではないか」
「その間てめえが、一度だってフェルディンの野郎からまともに金を受け取ったことがあったか?」
「それは儂が山賊の一件以外、まともに剣を振るわなんだからだ。だが、あれは律儀な青年でな。宿代などはすべて払ってくれておったわ。儂の方に借りがあるのは明白。それを踏み倒してここにいる儂を、ずいぶんな業突張りとは思わんか」
「屁理屈を……」
たちこめる殺気をからかうように詭弁を弄する、意外なほど饒舌なミルヴェーデンに、ロブネルは調子を挫かれていた。
エイデシュテットはキョロキョロと周囲を見渡している。馬車はあるが、それを走らせる馬と御者がまだ戻ってきていない。
「さて、無用な問答も大概にしておこうか」
ミルヴェーデンがゆっくりと立ち上がった。
「……奇遇とは思わんか、こんなところで出会おうとは」
旅人がフードを下ろし、怪訝な顔のロブネルが顔を覗き込む。そこには見知った、しかしさほど親密ともいえない顔があった。
「てめえ……ミルヴェーデン……」
「久しいな、ロブネルよ」
「何者だ?」
「……昔の仕事仲間だ」
みすぼらしい姿の旅人は、かつてロブネル、フェルディンとともにリースベットたちに戦いを挑んだ、蓬髪の剣士ミルヴェーデンだった。賞金稼ぎとして同行した半年ほどの間、彼の求道者然とした行動原理をロブネル――を含む同行者全員――は全く理解できず、ほとんど会話らしい会話もなかった。
エイデシュテットもロブネルも警戒した様子で、起きているのか眠っているのか分からないミルヴェーデンの顔を凝視している。
「……こんなところで、何をやってやがる?」
「剣の道も絶たれたゆえ、今やあてどもない旅人よ」
「てめえらしいじゃねえか」
「そう思うか。……ときに、故国へ帰り師の元へ帰参した折、いろいろと面白い話を聞いてな。興味はないか?」
「……てめえの“面白い”に共感した記憶はねえな」
ミルヴェーデンは愉快そうに笑う。この状況下でなぜそのように笑えるのか、ロブネルにはやはり理解できなかった。
「そうであったな……しかし、そちらの御仁はどうかな? 師は今や、カッセル王国軍の指南役も務めておられる。儂と違って政治にも明るい方だ」
「……なんじゃと?」
ミルヴェーデンがエイデシュテットを横目で見た。エイデシュテットの顔が猜疑にゆがむ。
「行商で諸国を回る出入りの者が、リードホルムでこんな噂を聞いたそうな。……エイデシュテットなる者が、己が祖国を売り渡して逃げ去ろうとしている、という」
「てめえ……!」
場が一挙に色めき立ち、ロブネルは外套の懐に手を入れた。ミルヴェーデンは余裕ありげに笑っているが、細い目の奥には射抜くような鋭い眼光が宿っている。
「なるほど、強請りというわけか」
「……ふん」
右の口角を上げていやらしく笑うエイデシュテットを、ミルヴェーデンが一瞥する。
「旦那、この気違いはそういう奴じゃねえ。それだけは確かだ」
「……どういうことじゃ?」
「ほう、貴様はそう思うのか? ともに賞金稼ぎなどしておったではないか」
「その間てめえが、一度だってフェルディンの野郎からまともに金を受け取ったことがあったか?」
「それは儂が山賊の一件以外、まともに剣を振るわなんだからだ。だが、あれは律儀な青年でな。宿代などはすべて払ってくれておったわ。儂の方に借りがあるのは明白。それを踏み倒してここにいる儂を、ずいぶんな業突張りとは思わんか」
「屁理屈を……」
たちこめる殺気をからかうように詭弁を弄する、意外なほど饒舌なミルヴェーデンに、ロブネルは調子を挫かれていた。
エイデシュテットはキョロキョロと周囲を見渡している。馬車はあるが、それを走らせる馬と御者がまだ戻ってきていない。
「さて、無用な問答も大概にしておこうか」
ミルヴェーデンがゆっくりと立ち上がった。
0
お気に入りに追加
15
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる