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楽園の涯

1 山道にて

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 ジュニエスの戦いが終わりを迎えようとしていた頃、ノルドグレーン公国の山道を、一台のほろ馬車が西に向かってひた走っていた。この道は首都ベステルオースに続く道のひとつだ。
 北の空を覆う雪雲と身を切るような寒さに震え、乗客は道を急がせていた。
「ここまで来れば、日が出ているうちに確実に町に着けます。この先の休憩所ですこし休みましょう」
 御者は馬をなだめて速度を落とし、車内に向けて声をかけた。
「急げと言っているだろうに」
「馬がだいぶ疲れています。屋根もないところで音を上げられると、野犬が怖いですよ」
「……ええい、仕方ない」
 車内のしわがれた声が答えた。
 休憩所に着くと、御者ぎょしゃは馬から頸木くびきを外し、付近を流れる小川へ降りていった。
 誰が建てたものかも知れないその休憩所は、山道の比較的平坦な場所に建つ、片流れ屋根の粗末なあずま屋だ。周囲の樹木は間引かれていて見通しがよい。利用した行商人などが維持管理をしているようで、ところどころに真新しい木材で補修された跡が見える。
 冬の寒空には珍しく、休憩所には先客の姿があった。みすぼらしいをした旅人の男が一人、寒さに耐えるようにコートのフードを目深まぶかに被り、長椅子の端に座っている。
「よう、邪魔するぜ」
 馬車から降りた背の低い男が、しゃがれ声で旅人に声をかける。旅人は顔も向けずに、首の上下だけで会釈えしゃくを返した。
「……ロブネル、どうだ?」
「まあ大丈夫じゃねえか? いざとなりゃ俺がついてる」
「それもそうか」
 背の低い男が馬車内の男と会話している。聞き取りにくい嗄れ声の男は、かつてラルフ・フェルディンとともに賞金稼ぎをしていた、軽業師ロブネルだ。
 そして馬車から降りてきた老人は、リードホルムの元宰相さいしょうシーグムンド・エイデシュテットだった。
「ようやくじゃな……」
 憔悴しょうすいした顔のエイデシュテットが背筋を伸ばし、ため息をついた。

 今となっては、エイデシュテットの名を聞いて不快感に顔をしかめない者は、おそらくヘルストランド城内には存在しないだろう。
 彼は開戦に先んじて私邸から姿を消していた。実直な仕事ぶりの執事や給仕たちの誰にも本当の行き先をげず、ある朝ヘルストランド城へ出仕すると家を出て、それきり行方をくらましていたのだ。
 さまざまな疑惑の渦中にいたエイデシュテットは、失踪したという行動によって、その身にかけられていたいくつもの嫌疑を事実だと認めたに等しい。たとえそのなかに冤罪えんざいが含まれていたとしても、彼は自己弁護の機会を、巨大な責任と罪とともに放棄しようとしていたのだ。
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