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ジュニエスの戦い

83 終幕 4

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 リースベットたち三人はさながら、ベアトリスに向かって流れる人の河の中で戦っているようだった。
「やれやれ、さすがに二人相手では分が悪い」
 あたし一人じゃ無理だが、こいつと二人がかりなら――リースベットの思考を見透かしたように、ロードストレームが首を横に振りながら笑う。
「ならば逃げるがいい。ローセンダールの首は俺が取る」
「あなたを止める、と私は申しましたよ」
 ロードストレームが不敵な笑みを浮かべたまま首をほんの少しかしげると、そこから一本の矢が飛び出してきた。フリークルンドは咄嗟とっさ斧槍ハルバードを掲げて矢を弾く。折れて弾け飛んだやじりが、フリークルンドの頬に細い傷を作った。
「貴様……」
「この視界の悪い雪の中で、ここまで精確に撃ってきやがった……」
 ロードストレームのはるか後方、ベアトリスの乗る戦闘馬車に、弓矢を手にした一人の若い男が同乗している。ロードストレームと同じ緑色の隊服を身にまとったその男は、ファールクランツという名の、親衛隊きっての弓使いだった。
「あなたの名誉は守ります。親衛隊長を守りなさい」
「心遣いは不要、名声などに興味はありません」
「そう……好きになさい」
「……さいわい、女の方には付け入るすきがあるようだ」
 ファールクランツはすでに次の矢をつがえている。
「よもや、卑怯などとは申しますまい?」
「……当たり前だ」
 リースベットが共闘のため前に出ようとすると、その機先を制するように矢が飛来した。リースベットが身をかわすよりも先に、フリークルンドがその矢を叩き落とす。
 ロードストレームを見据みすえたまま、フリークルンドがリースベットに話しかけた。
「今の俺の脚では、オラシオ……ロードストレームの動きを追いきれん。ノア大公の……傭兵の女、奴に気づかれんように、俺の間合いに引き込めるか?」
「他に手はないんだろ? やってやるさ」
「……頼んだぞ」
 リースベットは深呼吸し、腰を落として剣を構え直した。
 激しさを増した周囲の喧騒が、ロードストレームから二人の密談を覆い隠した。

 リースベットたちの周りで繰り広げられている戦闘の中には、リードホルム兵の姿は少ない。とくに近衛兵の壮麗そうれいな隊服は、わずかに二つの姿が、戦乱の中に見え隠れするのみだった。他の隊員はみな討ち取られたようだ。
 生き残りの一方は副隊長のキム・ハセリウス、他方は名をエーマンといった。エーマンは、隊長の敗死で消滅した近衛兵アムレアン隊から、フリークルンド隊に編入された三人のうち、最後のひとりだった。彼はアムレアンとリースベットの一騎打ちに立ち会い、その一部始終を見届けたのち逃げ帰ってきた人物だ。
 彼は過酷な戦いで精神が焼き切れてしまったのか、半狂乱で奇声を上げながら長槍を振り回している。体中にいくつもの傷を負っているが、それを意に介していないかのような戦いぶりで、敵ばかりか味方までも震え上がらせていた。
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