205 / 247
ジュニエスの戦い
78 フリークルンドとアルバレス 3
しおりを挟む
「こうした考え方は好みませんが……やはり運命だったようです。あの男を倒さなければ、私は先に進めないということでしょう」
ベアトリスが不安げな瞳を向ける。強くなり始めた寒風に、二人の長い髪がたなびく。ロードストレームの黒髪にひとひらの白い雪が落ちた。
「……愚かなロマンチシズムに浸っているのではありません。どうかご心配なく」
ロードストレームは穏やかな笑顔を見せ、フリークルンドに正対した。
「……貴様、まさかアルバレスか?」
ロードストレームの顔を見たフリークルンドが驚き、怪訝な顔で問う。
「お久しぶりですね、フリークルンドさん」
「まさか、こんなところで会おうとは……」
「今の私は祖先の姓を捨て、ロードストレームという家名を継いだ身ですが」
ロードストレームは長いまつげに覆われた目を細め、いわく有りげに笑う。
「……ここに立っている以上、貴様は俺の敵なのだろうな」
「もちろん。私はローセンダール様の親衛隊長。あなたを止めるために出てきたのですから」
「なるほど、分かった。……貴様は、俺に劣らぬ資質を持っていたというのにな。近衛兵に入っていれば、少なくとも今の副隊長は貴様だっただろう」
「絵空事を……。その入隊を許さなかったのは、あなたがた近衛兵ではありませんか」
「それを恨んでノルドグレーンに与した、というわけか」
「厳密には、少し違いますね。あなた自身にも特に恨みはありません」
「何?」
「私が許せないのは、この世界を共軛する愚かさそのもの。その象徴とも言える近衛兵に、まずはご退場願いましょうかと考えています」
ロードストレームは腰に差していた二本一対の武器を手にした。
それはH型の柄をもち、幅広い両刃の刀身に異国情調を感じさせる装飾を施された、見慣れぬ刀剣だった。
「そんな剣で俺と戦おうというのか?」
「ジャマダハルと言いましてね……私の遠い祖先が使っていたという、祭儀用の武具です」
「祭儀用だと……?」
「武具として通じるかどうかは……受けてみれば分かりますよ!」
二人の周囲に、頭痛を催すほどの耳鳴りのような音が満ちる。
ロードストレームは放たれた矢のように、一瞬で距離を詰めて斬りかかった。
X字に振り下ろされた二本のジャマダハルを、フリークルンドは斧槍を横にして受け止める。周囲に響き渡る金属音が消えるより先にロードストレームは跳躍し、長身に似合わぬ身軽さで、フリークルンドの頭上を飛び越え背面に着地した。飛び越しざまにロードストレームが刃を振るったが、フリークルンドは身をかがめて避け、草刈りの大鎌のように身を翻しロードストレームに向き直った。
「やれやれ、さっそく刃が欠けてしまいましたね」
「……大した奴だ」
「お褒めに預かり、光栄の極み」
「皮肉を言うな。……リードホルム王宮の連中はこの力を、肌の色が違うからと放逐したのか」
「ええ。あなた方は愚かにも、民族で人を見た。個人の力ではなく、ね」
フリークルンドとロードストレームの視線が交錯する。
「ですので、民族性の象徴とも言えるこの武器で、あなたを倒してさしあげます」
「当てこすりか……下衆でくだらん感情だ」
「ええ、実にくだらない。そのくだらない近衛兵の歴史を、私が終わりにしてあげましょうと、こう申しているのです」
「貴様……」
交わす言葉の噛み合わなさに、フリークルンドは違和感を隠せずにいた。
フリークルンドが見ているのは、リーパーとして類まれな力を持ちながら近衛兵への入隊を却下された過去を持つ、オラシオ・アルバレスだ。オラシオ・ロードストレームはフリークルンド自身ではなく、近衛兵が象徴するものを見ている。
交えた刃のようには、二人の心は正対していない。
ベアトリスが不安げな瞳を向ける。強くなり始めた寒風に、二人の長い髪がたなびく。ロードストレームの黒髪にひとひらの白い雪が落ちた。
「……愚かなロマンチシズムに浸っているのではありません。どうかご心配なく」
ロードストレームは穏やかな笑顔を見せ、フリークルンドに正対した。
「……貴様、まさかアルバレスか?」
ロードストレームの顔を見たフリークルンドが驚き、怪訝な顔で問う。
「お久しぶりですね、フリークルンドさん」
「まさか、こんなところで会おうとは……」
「今の私は祖先の姓を捨て、ロードストレームという家名を継いだ身ですが」
ロードストレームは長いまつげに覆われた目を細め、いわく有りげに笑う。
「……ここに立っている以上、貴様は俺の敵なのだろうな」
「もちろん。私はローセンダール様の親衛隊長。あなたを止めるために出てきたのですから」
「なるほど、分かった。……貴様は、俺に劣らぬ資質を持っていたというのにな。近衛兵に入っていれば、少なくとも今の副隊長は貴様だっただろう」
「絵空事を……。その入隊を許さなかったのは、あなたがた近衛兵ではありませんか」
「それを恨んでノルドグレーンに与した、というわけか」
「厳密には、少し違いますね。あなた自身にも特に恨みはありません」
「何?」
「私が許せないのは、この世界を共軛する愚かさそのもの。その象徴とも言える近衛兵に、まずはご退場願いましょうかと考えています」
ロードストレームは腰に差していた二本一対の武器を手にした。
それはH型の柄をもち、幅広い両刃の刀身に異国情調を感じさせる装飾を施された、見慣れぬ刀剣だった。
「そんな剣で俺と戦おうというのか?」
「ジャマダハルと言いましてね……私の遠い祖先が使っていたという、祭儀用の武具です」
「祭儀用だと……?」
「武具として通じるかどうかは……受けてみれば分かりますよ!」
二人の周囲に、頭痛を催すほどの耳鳴りのような音が満ちる。
ロードストレームは放たれた矢のように、一瞬で距離を詰めて斬りかかった。
X字に振り下ろされた二本のジャマダハルを、フリークルンドは斧槍を横にして受け止める。周囲に響き渡る金属音が消えるより先にロードストレームは跳躍し、長身に似合わぬ身軽さで、フリークルンドの頭上を飛び越え背面に着地した。飛び越しざまにロードストレームが刃を振るったが、フリークルンドは身をかがめて避け、草刈りの大鎌のように身を翻しロードストレームに向き直った。
「やれやれ、さっそく刃が欠けてしまいましたね」
「……大した奴だ」
「お褒めに預かり、光栄の極み」
「皮肉を言うな。……リードホルム王宮の連中はこの力を、肌の色が違うからと放逐したのか」
「ええ。あなた方は愚かにも、民族で人を見た。個人の力ではなく、ね」
フリークルンドとロードストレームの視線が交錯する。
「ですので、民族性の象徴とも言えるこの武器で、あなたを倒してさしあげます」
「当てこすりか……下衆でくだらん感情だ」
「ええ、実にくだらない。そのくだらない近衛兵の歴史を、私が終わりにしてあげましょうと、こう申しているのです」
「貴様……」
交わす言葉の噛み合わなさに、フリークルンドは違和感を隠せずにいた。
フリークルンドが見ているのは、リーパーとして類まれな力を持ちながら近衛兵への入隊を却下された過去を持つ、オラシオ・アルバレスだ。オラシオ・ロードストレームはフリークルンド自身ではなく、近衛兵が象徴するものを見ている。
交えた刃のようには、二人の心は正対していない。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
身体強化って、何気にチートじゃないですか!?
ルーグイウル
ファンタジー
病弱で寝たきりの少年「立原隆人」はある日他界する。そんな彼の意志に残ったのは『もっと強い体が欲しい』。
そんな彼の意志と強靭な魂は世界の壁を越え異世界へとたどり着く。でも目覚めたのは真っ暗なダンジョンの奥地で…?
これは異世界で新たな肉体を得た立原隆人-リュートがパワーレベリングして得たぶっ飛んだレベルとチートっぽいスキルをひっさげアヴァロンを王道ルートまっしぐら、テンプレート通りに謳歌する物語。
初投稿作品です。つたない文章だと思いますが温かい目で見ていただけたらと思います。
虚弱高校生が世界最強となるまでの異世界武者修行日誌
力水
ファンタジー
楠恭弥は優秀な兄の凍夜、お転婆だが体が弱い妹の沙耶、寡黙な父の利徳と何気ない日常を送ってきたが、兄の婚約者であり幼馴染の倖月朱花に裏切られ、兄は失踪し、父は心労で急死する。
妹の沙耶と共にひっそり暮そうとするが、倖月朱花の父、竜弦の戯れである条件を飲まされる。それは竜弦が理事長を務める高校で卒業までに首席をとること。
倖月家は世界でも有数の財閥であり、日本では圧倒的な権勢を誇る。沙耶の将来の件まで仄めかされれば断ることなどできようもない。
こうして学園生活が始まるが日常的に生徒、教師から過激ないびりにあう。
ついに《体術》の実習の参加の拒否を宣告され途方に暮れていたところ、自宅の地下にある門を発見する。その門は異世界アリウスと地球とをつなぐ門だった。
恭弥はこの異世界アリウスで鍛錬することを決意し冒険の門をくぐる。
主人公は高い技術の地球と資源の豊富な異世界アリウスを往来し力と資本を蓄えて世界一を目指します。
不幸のどん底にある人達を仲間に引き入れて世界でも最強クラスの存在にしたり、会社を立ち上げて地球で荒稼ぎしたりする内政パートが結構出てきます。ハーレム話も大好きなので頑張って書きたいと思います。また最強タグはマジなので嫌いな人はご注意を!
書籍化のため1~19話に該当する箇所は試し読みに差し換えております。ご了承いただければ幸いです。
一人でも読んでいただければ嬉しいです。
【完結】真っ暗聖女と白い結婚を 〜女神様の体を整えてこの結婚から貴方を解放するはずが、なぜか執着されています〜
オトカヨル
ファンタジー
●完結いたしました!
辺境の小さな村の治癒術士メイナは、分け隔てなく人々を癒す姿から村の中では「聖女」と呼ばれていた。
……ただし『光属性の魔力』に愛されすぎて周りの光を吸い込んでしまい、真っ暗で顔も見えなくなった『真っ暗聖女』。
だけど本当に『聖女』の印がみつかった事から、急に王都に送られ王命で第二王子と即結婚。
戸惑うメイナに王子ルルタは、聖女という在り方を尊重し『白い結婚』を誓ってくれる。
その言葉を『顔も見えないような女に欲を抱くのは無理』という事だろうと受け入れ、周りには問題なく新婚生活を送っている様に振る舞いながら、メイナは聖女として大地の『魔力の巡りを整える』お役目を果たす事になる。
聖女としての役目を果たし、無事にルルタをこの結婚から解放する事を目標にがんばるメイナだが、何故か『白い結婚』を誓ったはずのルルタに徐々に距離を詰められて……。
聖女のお役目=女神様の体のメンテと、笑顔で確実に詰めてくる王子の執着愛に振り回されながらがんばる『真っ暗聖女』のライトなお話です。
※他サイト様へも投稿しております。
忘れられた元勇者~絶対記憶少女と歩む二度目の人生~
こげ丸
ファンタジー
世界を救った元勇者の青年が、激しい運命の荒波にさらされながらも飄々と生き抜いていく物語。
世の中から、そして固い絆で結ばれた仲間からも忘れ去られた元勇者。
強力無比な伝説の剣との契約に縛られながらも運命に抗い、それでもやはり翻弄されていく。
しかし、絶対記憶能力を持つ謎の少女と出会ったことで男の止まった時間はまた動き出す。
過去、世界の希望の為に立ち上がった男は、今度は自らの希望の為にもう一度立ち上がる。
~
皆様こんにちは。初めての方は、はじめまして。こげ丸と申します。<(_ _)>
このお話は、優しくない世界の中でどこまでも人にやさしく生きる主人公の心温まるお話です。
ライトノベルの枠の中で真面目にファンタジーを書いてみましたので、お楽しみ頂ければ幸いです。
※第15話で一区切りがつきます。そこまで読んで頂けるとこげ丸が泣いて喜びます(*ノωノ)
駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜
あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』
という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。
それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。
そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。
まず、夫が会いに来ない。
次に、使用人が仕事をしてくれない。
なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。
でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……?
そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。
すると、まさかの大激怒!?
あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。
────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。
と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……?
善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。
────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください!
◆本編完結◆
◆小説家になろう様でも、公開中◆
異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~
夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。
しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。
とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。
エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。
スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。
*小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み
かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる
竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。
ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする.
モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする.
その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる