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ジュニエスの戦い

74 ヒュードラ 3

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「ノア王子、できれば私の部隊に、ご助力いただけないでしょうか」
 その言葉の真に意味するところ――ラインフェルトが誰の力を必要としているのかを、ノアはすぐに察した。
 ラインフェルトに対してだけは、傭兵アネモネの正体――リースベットの存在を知らせていたのだ。そしてその申し出は、ノアにとっても得難えがたいものだった。
 マイエルの部隊は、指揮系統を統一するため生え抜は ぬきの者たちだけで行動することになっていたし、近衛兵とリースベットを同行させては彼女の正体を知られる危険がある。フリークルンド隊には、過去の戦いでリースベットの顔を見ているアムレアン隊の生き残りが編入されているのだ。
 かと言って、この状況下でリースベットほどの実力者を手持ち無沙汰ぶさたにしておく手はない。ラインフェルトの部隊に同行するというのが、最良にして唯一の選択肢なのだ。
「わかった」
「……ありがたき幸せ。私の持てる力を尽くして戦います」
「むろん私も、ラインフェルト将軍の部隊とともに行動する。彼女を一人にはしておけないからな」
「……心強い申し出ですが、くれぐれも御身おんみにはお気をつけください」
「心配するな。私はここで死ぬつもりはない」

「この期に及んで、ラインフェルトが前に出てきましたわね」
 ランガス湖北側に展開するノルドグレーン軍グスタフソン連隊が、ラインフェルトの第三攻撃部隊に圧倒されている。
 これまで互角に近い戦いを続けていたグスタフソンの苦戦は、それ自体がベアトリスにとって貴重な情報でもあった。リードホルム軍という毒を秘めた体から伸びる三つの蛇の頭のうち、ウルフ・ラインフェルトという名の頭が最も強い毒牙を持っている――ベアトリスにそう判断させるだけの勢いが、名将の陣頭指揮とリースベットをようするラインフェルトの部隊にはあった。
「近衛兵はラインフェルトの部隊に紛れ込んでいるようね」
「分散しているのでしょうか……湖南岸の騎兵部隊に近衛兵がいるような節はありますが、勢いは明らかに弱いのです」
「そちらには主力を割いていないか、あるいは隊服だけ似せた欺瞞ぎまんか……そんなところね。そしてマイエルは相変わらずの無軌道な暴れよう……どうやらリードホルム軍の最後の切り札ヴィルダコールが知れたわ。おそらくこのために、ラインフェルトはここに至るまで戦力を温存していたのでしょう」
 ベアトリスは興奮気味に、座席からわずかに身を乗り出した。
「リドマン連隊を湖北部へ。ラインフェルトの頭を押さえつけておしまいなさい」
 状況に応じて配置を決めるため、移動しやすいランガス湖西端付近に待機していた部隊を、ベアトリスはついに動かした。これによって湖北部の両軍は、リードホルム軍1400に対しノルドグレーン軍は5000ほどにふくれ上がり、ほとんど絶望的な戦力差となる。

 リースベットは最前線で戦いながら、その差を嫌というほど思い知らされていた。
 目の前の敵を何度打ち破っても、その後ろ、その横から次々と新たな敵が襲いかかってくる。もう出てくるなとうめいても、戦場では誰も聞き入れてはくれない。
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