187 / 247
ジュニエスの戦い
60 反撃 3
しおりを挟む
ベアトリスは力なく腰を下ろした。マイエルがいなければ勝利は目前であっただけに、その落胆は小さくない。
だが気落ちしてばかりもいられない。怯懦を振り払うように何度か頭を左右に振り、乱れた前髪をなでつけながら、菫青石の瞳をふたたび戦場に向けた。
「ハンメルト、リドマンに伝令! マイエルの動きに対応しようとするより、その後に押し寄せてくるリードホルム主力軍に備えなさい。レーフクヴィスト、ノルランデル両隊は対騎兵防御陣を展開。これ以上マイエルの跳梁を許すな!」
ベアトリスは珍しく強い口調で指示を出す。伝令兵たちは激情に当てられ、蜘蛛の子を散らすように四散した。
無論のこと彼らの主人は、怒りに任せて手当り次第に私的制裁を加えるような暴君ではない。だが彼女の怒りを慰撫するには、その原因を排除するしか手立てはないのだ。
ひと呼吸置いて、ベアトリスは何かを思い出したように口を開いた。
「思えば、ラインフェルトの動きが鈍かったことは明らかな時間稼ぎ、南の丘の守備を過剰に固めていたのは、マイエルに最短かつ劇的な参戦の場を残しておくため……」
「……まさかとは思いますが、近衛兵を掣肘せずに行動の自由を与えたことも、我らに長期戦を選択させるための布石……」
「ありえない話ではないわ。結果として、マイエルが戦いに間に合ったのだから」
「……ローセンダール様がラインフェルトを警戒していた理由を、身を持って思い知らされました」
「まったく、とんでもないペテン師もいたものだわ」
「ウルフ・ラインフェルト……知将とは聞いていましたが、ときに大博打にも出られる豪胆さも併せ持つとは」
「王が愚物でも、あのような英傑がいれば国は保てるのね」
ベアトリスはふて腐れた顔で頬杖をついているが、それでも瞳は戦場をしっかりと見据えていた。
その視線の先では、マイエルが常識外れな突進力で、ハンメルト連隊長の部隊を次々と蹴散らしている。
「あれもおかしいわ。何故ああまで容易に、騎兵が重装歩兵の密集陣形を崩せるの」
「マイエル将軍のあの力、近衛兵もかくやと言わんばかりだが……」
いっとき本陣に戻ったノアたちは、ノルドグレーン軍の陣を次々に崩して回るマイエルの奮戦を、驚きとともに目に焼き付けていた。
マイエルは常に先頭を走り、後続の部隊は、まるでマイエルについて行くことが唯一の生存手段だと言わんばかりに、ともに一見無謀な突撃を繰り返している。
「マイエル将軍を熊虎のごとき猛将と見る者は多いですが、その実像は大きく異なります」
「知っているのか、メシュヴィツ」
「六年前のイェータ攻略戦で、何度か」
「イェータ……南東の海に浮かぶ、小せえ島国だったか」
目を細めて戦場を眺めるメシュヴィツの話を、ノアは騎乗したまま、リースベットは鞍の上で器用にあぐらをかいて聞いている。
だが気落ちしてばかりもいられない。怯懦を振り払うように何度か頭を左右に振り、乱れた前髪をなでつけながら、菫青石の瞳をふたたび戦場に向けた。
「ハンメルト、リドマンに伝令! マイエルの動きに対応しようとするより、その後に押し寄せてくるリードホルム主力軍に備えなさい。レーフクヴィスト、ノルランデル両隊は対騎兵防御陣を展開。これ以上マイエルの跳梁を許すな!」
ベアトリスは珍しく強い口調で指示を出す。伝令兵たちは激情に当てられ、蜘蛛の子を散らすように四散した。
無論のこと彼らの主人は、怒りに任せて手当り次第に私的制裁を加えるような暴君ではない。だが彼女の怒りを慰撫するには、その原因を排除するしか手立てはないのだ。
ひと呼吸置いて、ベアトリスは何かを思い出したように口を開いた。
「思えば、ラインフェルトの動きが鈍かったことは明らかな時間稼ぎ、南の丘の守備を過剰に固めていたのは、マイエルに最短かつ劇的な参戦の場を残しておくため……」
「……まさかとは思いますが、近衛兵を掣肘せずに行動の自由を与えたことも、我らに長期戦を選択させるための布石……」
「ありえない話ではないわ。結果として、マイエルが戦いに間に合ったのだから」
「……ローセンダール様がラインフェルトを警戒していた理由を、身を持って思い知らされました」
「まったく、とんでもないペテン師もいたものだわ」
「ウルフ・ラインフェルト……知将とは聞いていましたが、ときに大博打にも出られる豪胆さも併せ持つとは」
「王が愚物でも、あのような英傑がいれば国は保てるのね」
ベアトリスはふて腐れた顔で頬杖をついているが、それでも瞳は戦場をしっかりと見据えていた。
その視線の先では、マイエルが常識外れな突進力で、ハンメルト連隊長の部隊を次々と蹴散らしている。
「あれもおかしいわ。何故ああまで容易に、騎兵が重装歩兵の密集陣形を崩せるの」
「マイエル将軍のあの力、近衛兵もかくやと言わんばかりだが……」
いっとき本陣に戻ったノアたちは、ノルドグレーン軍の陣を次々に崩して回るマイエルの奮戦を、驚きとともに目に焼き付けていた。
マイエルは常に先頭を走り、後続の部隊は、まるでマイエルについて行くことが唯一の生存手段だと言わんばかりに、ともに一見無謀な突撃を繰り返している。
「マイエル将軍を熊虎のごとき猛将と見る者は多いですが、その実像は大きく異なります」
「知っているのか、メシュヴィツ」
「六年前のイェータ攻略戦で、何度か」
「イェータ……南東の海に浮かぶ、小せえ島国だったか」
目を細めて戦場を眺めるメシュヴィツの話を、ノアは騎乗したまま、リースベットは鞍の上で器用にあぐらをかいて聞いている。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした
仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」
夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。
結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。
それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。
結婚式は、お互いの親戚のみ。
なぜならお互い再婚だから。
そして、結婚式が終わり、新居へ……?
一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
【完結】収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです
三園 七詩
ファンタジー
無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す!
無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる