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ジュニエスの戦い

60 反撃 3

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 ベアトリスは力なく腰を下ろした。マイエルがいなければ勝利は目前であっただけに、その落胆は小さくない。
 だが気落ちしてばかりもいられない。怯懦きょうだを振り払うように何度か頭を左右に振り、乱れた前髪をなでつけながら、菫青石アイオライトの瞳をふたたび戦場に向けた。
「ハンメルト、リドマンに伝令! マイエルの動きに対応しようとするより、その後に押し寄せてくるリードホルム主力軍に備えなさい。レーフクヴィスト、ノルランデル両隊は対騎兵防御陣を展開。これ以上マイエルの跳梁ちょうりょうを許すな!」
 ベアトリスは珍しく強い口調で指示を出す。伝令兵たちは激情に当てられ、蜘蛛くもの子を散らすように四散した。
 無論のこと彼らの主人は、怒りに任せて手当り次第に私的制裁を加えるような暴君ではない。だが彼女の怒りを慰撫いぶするには、その原因を排除するしか手立てはないのだ。
 ひと呼吸置いて、ベアトリスは何かを思い出したように口を開いた。
「思えば、ラインフェルトの動きが鈍かったことは明らかな時間稼ぎ、南の丘の守備を過剰に固めていたのは、マイエルに最短かつ劇的な参戦の場を残しておくため……」
「……まさかとは思いますが、近衛兵を掣肘せいちゅうせずに行動の自由を与えたことも、我らに長期戦を選択させるための布石……」
「ありえない話ではないわ。結果として、マイエルが戦いに間に合ったのだから」
「……ローセンダール様がラインフェルトを警戒していた理由を、身を持って思い知らされました」
「まったく、とんでもないペテン師もいたものだわ」
「ウルフ・ラインフェルト……知将とは聞いていましたが、ときに大博打ばくちにも出られる豪胆さも併せ持つとは」
「王が愚物ぐぶつでも、あのような英傑えいけつがいれば国は保てるのね」
 ベアトリスはふて腐れた顔で頬杖ほおづえをついているが、それでも瞳は戦場をしっかりと見据みすえていた。
 その視線の先では、マイエルが常識外れな突進力で、ハンメルト連隊長の部隊を次々と蹴散らしている。
「あれもおかしいわ。何故ああまで容易に、騎兵が重装歩兵の密集陣形を崩せるの」

「マイエル将軍のあの力、近衛兵もかくやと言わんばかりだが……」
 いっとき本陣に戻ったノアたちは、ノルドグレーン軍の陣を次々に崩して回るマイエルの奮戦を、驚きとともに目に焼き付けていた。
 マイエルは常に先頭を走り、後続の部隊は、まるでマイエルについて行くことが唯一の生存手段だと言わんばかりに、ともに一見無謀な突撃を繰り返している。
「マイエル将軍を熊虎ゆうこのごとき猛将と見る者は多いですが、その実像は大きく異なります」
「知っているのか、メシュヴィツ」
「六年前のイェータ攻略戦で、何度か」
「イェータ……南東の海に浮かぶ、小せえ島国だったか」
 目を細めて戦場を眺めるメシュヴィツの話を、ノアは騎乗したまま、リースベットはくらの上で器用にあぐらをかいて聞いている。
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