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ジュニエスの戦い
58 反撃
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「窮屈な戦場じゃのう……息が詰まるわい」
猛禽のような目でジュニエス河谷を見下ろしながら、トールヴァルド・マイエルは吐き捨てるように言った。
他の軍馬が兎馬に見えるほど巨大な馬にまたがり、軍旗のように長大な鈎槍を手にしたマイエルは、先に布陣していた弓兵たちを押し退け南の丘の先端に出た。
彼の背後には麾下の重装騎馬部隊2000騎が控え、マイエルの号令を今や遅しと待ち望んでいる。
ぎょろつく目で戦況を観察するマイエルに、一騎の騎兵が駆け寄った。マイエルの部下とは装いの違うその男は、特別奇襲隊のトマス・ブリクストだ。
「お初お目にかかります。小官は特別奇襲隊の隊長、トマス・ブリクストであります」
「おう、隊の噂は聞いておる。ブリクストとやら、我に力を貸せ」
「おそれながら将軍、我らはこの地の守備を命じられております。それを放棄してこの丘を敵に奪われては、地の利を手放すことに」
「構わぬ。もとより時間稼ぎのための布陣よ。どうせこの丘からの射撃が届く位置ではもう戦わん」
「しかしそれでは、敵がレイグラーフ将軍の後背とソルモーサン砦に……」
「ならばレイグラーフと砦に受け止めさせればよい。あの古老と山小屋のような古塁でも、そのぐらいの用には耐えよう……さあ、長々と議論している暇はないぞ」
「承知いたしました。して、我が隊は何をすれば……」
「我が敵陣に風穴を開けるが、痛手を与えている暇はない。貴様は傷口を広げ、敵を徹底的に叩くのだ。貴様らは駿馬を揃えておるようだ、我らの鉄馬よりも速かろう。我らの動きを見てからでも遅れを取らず行動できるはずだ。細かな判断は任す」
ブリクストが敬礼して下がると、マイエルの部下たちが痺れを切らしたように前に進み出た。
「……皆の者、突撃じゃ。我に続け!」
マイエルが叫び、馬が前足を挙げていななく。そして丘の急斜面を駆け下り始めた。
重装騎馬部隊はマイエル自身を先頭に、ノルドグレーン軍の横腹に突撃してゆく。それは無謀とも言える突撃命令だったが、マイエルの部下たちはためらう素振りさえ見せずに追従した。
密集陣形を取る重装歩兵に対して、ほんらい騎馬部隊は相性が悪い。大盾で守りを固める歩兵の前では、騎兵は防御を崩す前に長槍で突き殺されてしまう。
だからこそレイグラーフは劣勢に陥っても騎兵を戦線に投入せず、敵の歩兵が隊列を崩すまで、じっと機会を伺っていたのだ。
だがマイエルは、そんな基礎を無視するように重装歩兵に突撃し、その一角を見事に打ち破った。
奇襲であればこその勝利でもあるのだが、マイエルには、そうした一見不合理な戦術を成功させる不思議な力がある――すくなくとも彼の部下たちはそう信じ込んでいた。
「敵が崩れたぞ!」
リードホルムの前線部隊は気勢を上げ、マイエルの猛攻で混乱するノルドグレーンの部隊に畳み掛けるように攻撃を仕掛けた。
「ここが好機だ、押し返せ!」
「田舎者のノルドグレーン人め、この国から出ていけ!」
右側面から突入してくる重装騎馬と、息を吹き返した歩兵部隊による正面からの反撃に、ノルドグレーン前線部隊は総崩れとなっていた。マイエル自身はすでに一陣を抜け、次の標的に槍の穂先を突き立てている。
「おお! すげえすげえ、騎馬が出てきた!」
ジュニエス河谷北側の丘の上で、クリスティアン・カールソンが子供のようにはしゃいでマイエルの突撃を観戦していた。
「うむ……」
「なあ兄貴、サッソウと登場するヒーローってのは、あんな感じで出てくるもんかな?」
「そ、そうだな……」
ラルフ・フェルディンの笑顔はわずかに引きつっている。
彼がマイエルのように参戦しようと思っていたのかどうかは、定かではない。
猛禽のような目でジュニエス河谷を見下ろしながら、トールヴァルド・マイエルは吐き捨てるように言った。
他の軍馬が兎馬に見えるほど巨大な馬にまたがり、軍旗のように長大な鈎槍を手にしたマイエルは、先に布陣していた弓兵たちを押し退け南の丘の先端に出た。
彼の背後には麾下の重装騎馬部隊2000騎が控え、マイエルの号令を今や遅しと待ち望んでいる。
ぎょろつく目で戦況を観察するマイエルに、一騎の騎兵が駆け寄った。マイエルの部下とは装いの違うその男は、特別奇襲隊のトマス・ブリクストだ。
「お初お目にかかります。小官は特別奇襲隊の隊長、トマス・ブリクストであります」
「おう、隊の噂は聞いておる。ブリクストとやら、我に力を貸せ」
「おそれながら将軍、我らはこの地の守備を命じられております。それを放棄してこの丘を敵に奪われては、地の利を手放すことに」
「構わぬ。もとより時間稼ぎのための布陣よ。どうせこの丘からの射撃が届く位置ではもう戦わん」
「しかしそれでは、敵がレイグラーフ将軍の後背とソルモーサン砦に……」
「ならばレイグラーフと砦に受け止めさせればよい。あの古老と山小屋のような古塁でも、そのぐらいの用には耐えよう……さあ、長々と議論している暇はないぞ」
「承知いたしました。して、我が隊は何をすれば……」
「我が敵陣に風穴を開けるが、痛手を与えている暇はない。貴様は傷口を広げ、敵を徹底的に叩くのだ。貴様らは駿馬を揃えておるようだ、我らの鉄馬よりも速かろう。我らの動きを見てからでも遅れを取らず行動できるはずだ。細かな判断は任す」
ブリクストが敬礼して下がると、マイエルの部下たちが痺れを切らしたように前に進み出た。
「……皆の者、突撃じゃ。我に続け!」
マイエルが叫び、馬が前足を挙げていななく。そして丘の急斜面を駆け下り始めた。
重装騎馬部隊はマイエル自身を先頭に、ノルドグレーン軍の横腹に突撃してゆく。それは無謀とも言える突撃命令だったが、マイエルの部下たちはためらう素振りさえ見せずに追従した。
密集陣形を取る重装歩兵に対して、ほんらい騎馬部隊は相性が悪い。大盾で守りを固める歩兵の前では、騎兵は防御を崩す前に長槍で突き殺されてしまう。
だからこそレイグラーフは劣勢に陥っても騎兵を戦線に投入せず、敵の歩兵が隊列を崩すまで、じっと機会を伺っていたのだ。
だがマイエルは、そんな基礎を無視するように重装歩兵に突撃し、その一角を見事に打ち破った。
奇襲であればこその勝利でもあるのだが、マイエルには、そうした一見不合理な戦術を成功させる不思議な力がある――すくなくとも彼の部下たちはそう信じ込んでいた。
「敵が崩れたぞ!」
リードホルムの前線部隊は気勢を上げ、マイエルの猛攻で混乱するノルドグレーンの部隊に畳み掛けるように攻撃を仕掛けた。
「ここが好機だ、押し返せ!」
「田舎者のノルドグレーン人め、この国から出ていけ!」
右側面から突入してくる重装騎馬と、息を吹き返した歩兵部隊による正面からの反撃に、ノルドグレーン前線部隊は総崩れとなっていた。マイエル自身はすでに一陣を抜け、次の標的に槍の穂先を突き立てている。
「おお! すげえすげえ、騎馬が出てきた!」
ジュニエス河谷北側の丘の上で、クリスティアン・カールソンが子供のようにはしゃいでマイエルの突撃を観戦していた。
「うむ……」
「なあ兄貴、サッソウと登場するヒーローってのは、あんな感じで出てくるもんかな?」
「そ、そうだな……」
ラルフ・フェルディンの笑顔はわずかに引きつっている。
彼がマイエルのように参戦しようと思っていたのかどうかは、定かではない。
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