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ジュニエスの戦い
36 不羈の戦士
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二日目の戦闘は開始早々、リードホルム軍が優位に沸き立っていた。
ウルフ・ラインフェルトの考案した近衛兵の運用が功を奏し、主力軍の前線ではノルドグレーン軍の前衛部隊を苦しめている。
「いいぞ! 敵をランバンデット湖まで押し戻してやるのだ!」
自軍の優勢に気を良くしたレイグラーフが、威勢良く叫ぶ。
巨大な戦闘馬車上のベアトリス・ローセンダールは、その様子に眉をしかめていた。
勝ち誇ったような笑顔が常態とさえ言える彼女にしては、珍しく不機嫌が顔に貼り付いている時間が長い。戦闘馬車に同乗する親衛隊長ロードストレームも険しい表情だ。
「状況がよくありませんね」
「面倒なことを……」
「面倒?」
「あんなものは嫌がらせに過ぎないわ。ただし無視できない部類のね」
近衛兵隊長フリークルンドの振るう長大な斧槍によって、ノルドグレーン兵や大盾が、間欠泉のように宙に打ち上げられていた。
ベアトリスは落ち着かない様子で、親衛隊長ロードストレームと話しながら頻繁に脚を組み替えている。
「あんな小手先の勝利を多少重ねたところで、こちらの優位は覆らないわ。だからといって、わたくしの兵が削り取られるのをむざむざ見過ごすわけにもいかない。だから嫌がらせだと言ったのよ」
「それは言い得て妙ですね」
「まったく……腹立たしい悪あがきだこと」
ベアトリスは戦場を眺めながら、人差し指で座席の肘掛けをこつこつと叩き、やがて戦闘馬車に同乗している参謀たちに向き直った。
「花壇の用意」
「は、承知いたしました」
「ハンメルトに伝令。合図をしたら部隊を後退させ、傾斜陣を敷いて蜂を誘い込むように」
ベアトリスが矢継ぎ早に指示を出し、参謀たちが次々と動く。それを受けた伝令兵たちが、撞球のボールのように各所へ散ってゆく。その様子を横目に、ロードストレームが口を開いた。
「……今あれを使われるのですか?」
「仕方ないわ。あちらも、わたくしがこの状況を見過ごせないことを読んでの行動でしょう」
「なるほど、いまさら無為無策な指揮官のふりはできませんからね」
「それに、この策に対して近衛兵がどう動くかによって、今後の方針を決められるわ」
リードホルム軍の――というよりはラインフェルトの行動に対し、ベアトリスが準備してきた策は、いまのところ順調に効果を発揮している。この戦いに際し、彼女がもっとも警戒していたのが、近衛兵とラインフェルトだ。
対応は誤っていないはずだが、それでも心底にくすぶる違和感に、ベアトリスの表情は晴れない。
「隊長、ステンホルムが討たれました」
数次の突撃から生還し次の獲物を探すフリークルンドに、副隊長のハセリウスが報告した。
「ステンホルム……? ふん、アムレアン隊の奴か」
「途中から、体力的に厳しそうだったのですが……」
「あの懶惰な隊の生き残りではな。捨て置け」
フリークルンドは吐き捨てるようにつぶやいた。
この戦いの直前に配下になったその男は、強者揃いのフリークルンド隊においては、明らかに実力において一歩劣る存在だった。訓練の強度を隊員の自主性に任せていたアムレアン隊ならいざ知らず、他の常備軍精鋭部隊に劣らぬ過酷な訓練を行っているフリークルンド隊には、同調できなかったようだ。
フリークルンドはそのことを知っていながら、それでも自分を基準とした戦闘行動を強行していた。この厳しさと酷薄さが、アムレアン隊と比べてフリークルンド隊の数が少なかった原因の最たるものだが、同時に求心力でもあった。
「次だ! 俺たちだけで連隊のひとつも壊滅させてやるぞ!」
近衛兵はフリークルンドを先頭に、ふたたび走り出した。
ウルフ・ラインフェルトの考案した近衛兵の運用が功を奏し、主力軍の前線ではノルドグレーン軍の前衛部隊を苦しめている。
「いいぞ! 敵をランバンデット湖まで押し戻してやるのだ!」
自軍の優勢に気を良くしたレイグラーフが、威勢良く叫ぶ。
巨大な戦闘馬車上のベアトリス・ローセンダールは、その様子に眉をしかめていた。
勝ち誇ったような笑顔が常態とさえ言える彼女にしては、珍しく不機嫌が顔に貼り付いている時間が長い。戦闘馬車に同乗する親衛隊長ロードストレームも険しい表情だ。
「状況がよくありませんね」
「面倒なことを……」
「面倒?」
「あんなものは嫌がらせに過ぎないわ。ただし無視できない部類のね」
近衛兵隊長フリークルンドの振るう長大な斧槍によって、ノルドグレーン兵や大盾が、間欠泉のように宙に打ち上げられていた。
ベアトリスは落ち着かない様子で、親衛隊長ロードストレームと話しながら頻繁に脚を組み替えている。
「あんな小手先の勝利を多少重ねたところで、こちらの優位は覆らないわ。だからといって、わたくしの兵が削り取られるのをむざむざ見過ごすわけにもいかない。だから嫌がらせだと言ったのよ」
「それは言い得て妙ですね」
「まったく……腹立たしい悪あがきだこと」
ベアトリスは戦場を眺めながら、人差し指で座席の肘掛けをこつこつと叩き、やがて戦闘馬車に同乗している参謀たちに向き直った。
「花壇の用意」
「は、承知いたしました」
「ハンメルトに伝令。合図をしたら部隊を後退させ、傾斜陣を敷いて蜂を誘い込むように」
ベアトリスが矢継ぎ早に指示を出し、参謀たちが次々と動く。それを受けた伝令兵たちが、撞球のボールのように各所へ散ってゆく。その様子を横目に、ロードストレームが口を開いた。
「……今あれを使われるのですか?」
「仕方ないわ。あちらも、わたくしがこの状況を見過ごせないことを読んでの行動でしょう」
「なるほど、いまさら無為無策な指揮官のふりはできませんからね」
「それに、この策に対して近衛兵がどう動くかによって、今後の方針を決められるわ」
リードホルム軍の――というよりはラインフェルトの行動に対し、ベアトリスが準備してきた策は、いまのところ順調に効果を発揮している。この戦いに際し、彼女がもっとも警戒していたのが、近衛兵とラインフェルトだ。
対応は誤っていないはずだが、それでも心底にくすぶる違和感に、ベアトリスの表情は晴れない。
「隊長、ステンホルムが討たれました」
数次の突撃から生還し次の獲物を探すフリークルンドに、副隊長のハセリウスが報告した。
「ステンホルム……? ふん、アムレアン隊の奴か」
「途中から、体力的に厳しそうだったのですが……」
「あの懶惰な隊の生き残りではな。捨て置け」
フリークルンドは吐き捨てるようにつぶやいた。
この戦いの直前に配下になったその男は、強者揃いのフリークルンド隊においては、明らかに実力において一歩劣る存在だった。訓練の強度を隊員の自主性に任せていたアムレアン隊ならいざ知らず、他の常備軍精鋭部隊に劣らぬ過酷な訓練を行っているフリークルンド隊には、同調できなかったようだ。
フリークルンドはそのことを知っていながら、それでも自分を基準とした戦闘行動を強行していた。この厳しさと酷薄さが、アムレアン隊と比べてフリークルンド隊の数が少なかった原因の最たるものだが、同時に求心力でもあった。
「次だ! 俺たちだけで連隊のひとつも壊滅させてやるぞ!」
近衛兵はフリークルンドを先頭に、ふたたび走り出した。
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