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ジュニエスの戦い

35 薔薇の回廊 4

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「私も同じような印象を覚えた。フリークルンド隊長率いる近衛兵は、幾度も敵陣に穴を開けたのだが、そこに歩兵部隊が殺到する前に、素早く陣形を再建されてしまうこと一再いっさいではなかった。練度もそうだが、おそらく近衛兵が出てくることを前提に訓練されていたとしか思えない」
 事前にフリークルンドから受けていた報告内容を、ノアが他の指揮官たちに説明する。軍議にはフリークルンドも同席しているのだが、彼はただ腕組みをして、時々うなずいているだけだった。
「万全の対策をとっていた、というわけか……」
「あり得なくはない話です。ベアトリス・ローセンダールなる敵将、事前の仕込みはずいぶん周到であるとのよし。無策で戦いにのぞむとは思えません」
「このジュニエス河谷かこくに至る山道の整備も、ローセンダール家が中心となって行っていた事業らしい。おそらくこの侵攻自体が、年単位の時間をかけた計画だったのだろうな」
 ノアの意見に、ラインフェルトが眠たげな目を閉じてうなずいた。レイグラーフは姿勢良く座って腕組みをしたまま、何かを自分に納得させるように低くうめいた。
「なるほど、あい分かった。だがローセンダール何するものぞ!」
 レイグラーフが勢いよく立ち上がる。
「我らには、近衛兵の方々の力があり、現に今日、幾度も敵の防壁を打ち破っておる。ならば明日よりは、その力をもって敵陣をひとつひとつ潰し、戦術的勝利の積み重ねによって戦略的勝利を掴み取ろうではないか」
 レイグラーフの案はこれと言った工夫のない力押しに過ぎないが、だからこそ力で上回ってさえいれば確実な戦果が望める。
「……敵は、奇策には備えがあるものと見てよいでしょう。ならば正攻法こそが上策かと」
 戦術立案に関してはレイグラーフよりも存在感の大きいラインフェルトが賛意を示したことにより、リードホルム主力軍の、明日以降の基本戦術が決定した。
 ノアがなにかに気付いたように顔を上げる。
「それに関して、ひとつ知恵をお貸しいただきたい。今日のような戦い方でより戦果を上げるには、近衛兵と一般兵の連携が鍵となります。しかし、高機動の近衛兵と重装歩兵とでは、連携が取りづらいのも事実。騎馬と人間に同じ速度で走れというようなものです」
「では、重装歩兵の方陣ほうじん内に近衛兵を配し、敵に密接してから、突き出す小刀のように近衛兵が動く、という戦術がよろしかろう」
「フリークルンド隊長、異存いぞんはないか?」
 フリークルンドは相変わらず、ただ黙ってうなずくのみだ。
 近衛兵はベアトリスの荊叢きょうそう回廊かいろうによって、三名の負傷・戦線離脱者を出していた。しかし攻撃の要であるフリークルンド自身が健在のため、戦力の低下は軽微と言っていい。
「よし。明日こそ、ノルドグレーンの者どもに目にもの見せてくれようぞ」
 レイグラーフが気勢を上げ、後に薔薇の谷ローセンダール戦争と呼ばれる戦いの初日は幕を閉じた。
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