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ジュニエスの戦い

24 開戦間近 4

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 メシュヴィツに一人の伝令兵が駆け寄った。報告を聞いたメシュヴィツの顔が険しさを増す。
「何かあったのか?」
「敵軍最後尾には、多数の工兵が控えているとのことです」
「やはりそうか。山道が整備されているということは、これまで不可能と思われていた大型投石機の配備もあり得ると覚悟はしていたが……」
 高く堅牢けんろうな砦の壁を破壊する投石機は、拠点から資材を運び、現地で組み立てる場合が多い。森林資源が豊富な戦場では材料を現地調達する場合もあるが、ジュニエス河谷は岩盤がむき出しの地形が多く樹木も少ないため、ノルドグレーン軍は遠くグラディスの町から運んできたのだった。
「どうやら、砦から打って出て正解だったようです。ソルモーサンのような小さな砦でそんなものを使われては、ひとたまりもありません」
「つまり野戦の勝敗が、取りも直さず全体の趨勢すうせいを決するというわけだな」
「左様でございます」
 二人がノルドグレーン軍の陣をながめながら話していると、不意に周囲の雰囲気が変わった。
 兵士たちが私語をやめ、全員が同じ一点を注視している。その視線の先では、レイグラーフ将軍が巨大な戦闘馬車の上に立ち、周囲を見下ろしていた。
「注目せよ! 此度こたびの総指揮官たるレイグラーフ将軍より、兵士諸君に対する激励のお言葉である!」
 レイグラーフのそばに控える副官が大声で叫び、一歩下がると同時にレイグラーフが前に進み出た。
「精強なるリードホルムの兵士たちよ、よくぞこのジュニエス河谷に参集してくれた。我らの父や祖父が築き上げた平和の盟約を破り、猛悪もうあくなるノルドグレーンは我が国に攻め入ってきた。敵は万を超える兵をようする。だがおくすることはない。この地はかつて破られたことのない天然の要害ようがい。さらには国王陛下より、近衛兵の参戦も允可いんかを頂いておる」
 すでに老境ろうきょうにあるレイグラーフだが、その声は、遠くラインフェルトの部隊まで届くほどよく通った。
 演説のさなか、ノアは伝令兵に呼ばれレイグラーフの戦闘馬車に同乗した。
「その近衛兵を指揮するため、王族であらせられるノア大公も、この戦に参戦されておるぞ」
 ノアの存在に兵たちはにわかにき立つ。ノアは副官に促され、レイグラーフの隣に立った。レイグラーフは一歩後退し一礼する。
 視界のはるか彼方までを埋め尽くす、大盾を持った重装歩兵や騎馬部隊をながめやり、ノアは気恥ずかしさを覚えつつも、ヴィルヘルムから貸し与えられた王笏おうしゃくを手に声を張り上げた。
忠勇ちゅうゆうなるリードホルムの兵士たち、国のいしずえたる国民たちよ、いま我らはかつてない危機に直面している。……諸君らは、故郷に父や母、妻や子供、兄弟たちを残してきた者がほとんどだろう。……生き延びよ! 生きてふたたび愛しき者たちと手を取り語らうため、ここを先途せんどと戦い抜け」
 周囲にいる軍人たちの中には、演説の内容に怪訝けげんな顔をしている者もいた。
 ノアの演説はその弁舌のなめらかさも声量も、レイグラーフには遠く及ばなかった。だが最後にノアが手にした王笏を掲げると、わずかの沈黙の後、大地が割れんばかりの歓声が巻き起こった。
 東の空に低く輝く太陽を背負ったその姿に、多くの者が次代の王の姿を見ていたのだ。
 ノアが戦闘馬車を降り、歓声がおさまったのを見計らってレイグラーフがふたたび口を開いた。
「地の利、天の理は我らにある。リードホルムの神兵たちよ、神代しんだいより続くリードホルムの地に、ノルドグレーンの不届き者たちが足を踏み入れることを許すな。諸君らの勇戦に期待するや大である」
 ふたたび大歓声が上がり、レイグラーフとその幕僚ばくりょうたちは満足げに、沸き立つ自軍兵士たちを睥睨へいげいしていた。

 士気を上げるリードホルム軍を、ベアトリス・ローセンダールは不敵な笑みを浮かべてながめていた。
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