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ジュニエスの戦い

23 開戦間近 3

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 戦闘馬車上で指揮を執るレイグラーフとノアは、ノアはまとめて精鋭部隊に護衛されており、その場所がノルドグレーン軍の本陣とも言える。
 ノア自身は戦闘馬車には乗らず騎乗し、一人の精強な軍人とくつわを並べていた。その男は名をメシュヴィツといい、ノアを補佐するよう任命されたレイグラーフの参謀だった。
「南北を丘と岩山に挟まれたジュニエスは、例えば兵を分散して時間差で後方を突くような搦手からめてなど使えぬ戦場です。基本的には、弓兵の効果的な配置場所である南の丘の奪い合いと、正面からの力押し以外に採れる策はありません」
 ノアはメシュヴィツから、ジュニエス河谷かこくに関する説明を聞いていた。
 すでにラインフェルトなどから受けていた説明とほぼ同じ内容ではあったが、ノアは確かめるように何度も、複数の相手から同じ説明を受けている。彼は今回がほぼ初陣であり、そうでもしないと不安感にし潰されそうになるのだ。
「確かにノルドグレーンは、力押しができるだけの数を揃えてきている。軍略家として知られるラインフェルト将軍などにとっては、面白味に欠ける戦場だろうな」
「両軍ともに打てる策が少ないからこそ、我が軍の地の利が生きる戦場でもあります」
「なるほど。……過去、このジュニエスで我が国が敗れたことはあるのか?」
「リードホルム側が窮地きゅうちおちいった例としては……主力部隊が戦功にはやるあまり、ノルドグレーンが敷く包囲陣まで突出してしまったことによる戦線の崩壊、それのみです」
「基本的には守っていればよい、というわけか」
「左様です。そしてレイグラーフ様もラインフェルト将軍も、どちらかと言えば守勢の戦いを得意とされるお方。……しかしながら、今回はどうにも数が足りません」
「攻めに強い将軍はいないのか?」
「いまラインフェルト将軍の後方に控えているマリーツ殿は、師に似ず攻勢を得意とされており、武勇にも秀でているそうです」
「ほう、そんな逸材いつざいがいるのか」
 ノアは右前方を見やった。その視線の彼方にはラインフェルトが布陣してる。
「あとは何より、この場にいないマイエル将軍こそ、こうした状況に風穴を開ける戦いができるお方なのですが……」
「そのマイエル将軍は遠く南方地域にある、か……」
 トールヴァルド・マイエルはラインフェルトと並び称されるリードホルムの軍人で、六年前のイェータ国侵攻戦では、前線に立ち最大の戦功を挙げた武人である。だが今回はリードホルム南方地域でノルドグレーン軍と向き合っており、そこから離れることができないでいた。
「仮に守備を放棄して駆けつけたとしても、任地が遠すぎて、おそらく到着前にこの戦いが終結すると……いえ、これは失言を」
「構わない。事実をありのまま話してくれ」
 メシュヴィツは悲観的な見立てを訂正したが、無論ノアはそのような発言をとがめたりはしない。不都合な真実に耳をふさぎ、楽観論だけで戦略を組み立てて戦った国が勝ったためしはないのだ。
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