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ジュニエスの戦い
16 軍議 4
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戦いに挑むというのに、室内の雰囲気はどこか消極的で陰鬱だった。ノルドグレーンの仕掛けてくる圧倒的な戦略に対して後手に回る対策しか出せないのだから、陽気になど振る舞えようもない。
「……布告はどのように?」
フォッシェルが自分の管轄業務に話頭を向けた。
「……数はそのまま伝えてもよいだろう。なにしろ我が国には、寡兵で大兵を打ち破った実例が幾度もある」
「近衛兵さえ戦場に引き出せれば、此度もそれを再現する戦いとなるだろう」
「では、その方針で文面を作成しましょう」
「人は不安なときほど、己に都合の良い情報ばかりを拾い集めるもの。信じたいものを信じさせればよい。住民にヘルストランドから脱出などされては面倒だ」
ステーンハンマルが嘲弄するように言った。
しばしの沈黙の後、ミュルダールが会議をまとめにかかる。
「では典礼省長官、以上の内容で陛下に上奏を」
「うむ。了解した」
「頼んだぞ、近衛兵の件も含めてな」
「数は半数以下になったとは言え、残った近衛兵は精鋭揃いと聞く。戦場に引き出せれば大きな力となろう」
常備軍への軽視とも取れる長官たちの発言に、ラインフェルトは一言も口を挟まない。とくに気分を害している様子もなく、ときどき静かにうなずくのみだった。
リードホルムの軍政は、六長官会議によって意思決定される合議制で、上奏された議決内容を国王が事後的に裁可すると規定されている。
だが実情はやや異なり、上奏文がヴィルヘルム三世のもとに届く前に、決定事項はすみやかに実行に移されていた。これは、ミュルダールをはじめとする会議が王を蔑ろにしているということではなく、国政への関与を面倒臭がったヴィルヘルム自身が推奨したことだ。だがこの慣例により、結果としてリードホルムの軍務手続きはより迅速化されていた。
その唯一の例外は、近衛兵の動員についてであり、これは国王の専権事項である。
今回の会議には、一人の重要人物が欠席していた。
本来は宰相の立場にある者が会議を主導し、議論を取りまとめる役割を担っている。近衛兵アムレアン隊がリースベットたちに敗北したという報告以後、シーグムンド・エイデシュテットは忽然とその姿をくらましていた。
この事実を知った多くのリードホルム高官が舌打ちしたが、差し迫った事態への対応に追われ、捜索は後回しとなっている。
会議が解散したあと、より具体的な準備に取り掛かろうとしていたミュルダール、レイグラーフ、ラインフェルトのもとに、ノルドグレーン軍の総指揮官に関する情報が届けられた。
「ノルドグレーン軍の指揮官は、ベアトリス・ローセンダールとのことだ」
ノルドグレーンの人員体制に一定の知識があるミュルダールのほかは、その人選に驚きを隠せないでいる。軍務省長官室は驚きと戸惑い、軽侮、不安などさまざまな感情にざわついていた。
「ベアトリス……? なんと、女が総大将だというのか? 一万の大軍団の」
驚きのほどは最古参のレイグラーフが最も大きい。
「いくつかの噂は聞き及んでいる。参加したあらゆる戦いでは必ず陣頭に立ち、これまで無敗であると」
「無敗とな……」
「ローセンダール家の者が戦いに出ている、という話は私も聞いておりましたが、よもやそれが女であったとは」
「此度ほどの大規模な戦いは、まだ経験が無いはずだがな」
三人の軍事関係者は揃って腕組みをし、低くうめいて息を吐いた。
「ローセンダール家といえばノルドグレーン屈指の名家。戦場でも多数の衛兵に囲まれておった、ということであろうが……」
「よもや、自らが先陣を切り、敵を次々と斬り伏せる女傑ということもあるまい」
レイグラーフの臆断を聞いたミュルダールは、屈強な傭兵やブリクストを破ったという女山賊のことを思い出していた。
「数は少ないが、いくつか報告資料はあったはずだ。ラインフェルトよ、ローセンダール家の令嬢がいかなる者か、開戦までに見定めておいてくれ」
「……布告はどのように?」
フォッシェルが自分の管轄業務に話頭を向けた。
「……数はそのまま伝えてもよいだろう。なにしろ我が国には、寡兵で大兵を打ち破った実例が幾度もある」
「近衛兵さえ戦場に引き出せれば、此度もそれを再現する戦いとなるだろう」
「では、その方針で文面を作成しましょう」
「人は不安なときほど、己に都合の良い情報ばかりを拾い集めるもの。信じたいものを信じさせればよい。住民にヘルストランドから脱出などされては面倒だ」
ステーンハンマルが嘲弄するように言った。
しばしの沈黙の後、ミュルダールが会議をまとめにかかる。
「では典礼省長官、以上の内容で陛下に上奏を」
「うむ。了解した」
「頼んだぞ、近衛兵の件も含めてな」
「数は半数以下になったとは言え、残った近衛兵は精鋭揃いと聞く。戦場に引き出せれば大きな力となろう」
常備軍への軽視とも取れる長官たちの発言に、ラインフェルトは一言も口を挟まない。とくに気分を害している様子もなく、ときどき静かにうなずくのみだった。
リードホルムの軍政は、六長官会議によって意思決定される合議制で、上奏された議決内容を国王が事後的に裁可すると規定されている。
だが実情はやや異なり、上奏文がヴィルヘルム三世のもとに届く前に、決定事項はすみやかに実行に移されていた。これは、ミュルダールをはじめとする会議が王を蔑ろにしているということではなく、国政への関与を面倒臭がったヴィルヘルム自身が推奨したことだ。だがこの慣例により、結果としてリードホルムの軍務手続きはより迅速化されていた。
その唯一の例外は、近衛兵の動員についてであり、これは国王の専権事項である。
今回の会議には、一人の重要人物が欠席していた。
本来は宰相の立場にある者が会議を主導し、議論を取りまとめる役割を担っている。近衛兵アムレアン隊がリースベットたちに敗北したという報告以後、シーグムンド・エイデシュテットは忽然とその姿をくらましていた。
この事実を知った多くのリードホルム高官が舌打ちしたが、差し迫った事態への対応に追われ、捜索は後回しとなっている。
会議が解散したあと、より具体的な準備に取り掛かろうとしていたミュルダール、レイグラーフ、ラインフェルトのもとに、ノルドグレーン軍の総指揮官に関する情報が届けられた。
「ノルドグレーン軍の指揮官は、ベアトリス・ローセンダールとのことだ」
ノルドグレーンの人員体制に一定の知識があるミュルダールのほかは、その人選に驚きを隠せないでいる。軍務省長官室は驚きと戸惑い、軽侮、不安などさまざまな感情にざわついていた。
「ベアトリス……? なんと、女が総大将だというのか? 一万の大軍団の」
驚きのほどは最古参のレイグラーフが最も大きい。
「いくつかの噂は聞き及んでいる。参加したあらゆる戦いでは必ず陣頭に立ち、これまで無敗であると」
「無敗とな……」
「ローセンダール家の者が戦いに出ている、という話は私も聞いておりましたが、よもやそれが女であったとは」
「此度ほどの大規模な戦いは、まだ経験が無いはずだがな」
三人の軍事関係者は揃って腕組みをし、低くうめいて息を吐いた。
「ローセンダール家といえばノルドグレーン屈指の名家。戦場でも多数の衛兵に囲まれておった、ということであろうが……」
「よもや、自らが先陣を切り、敵を次々と斬り伏せる女傑ということもあるまい」
レイグラーフの臆断を聞いたミュルダールは、屈強な傭兵やブリクストを破ったという女山賊のことを思い出していた。
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