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ジュニエスの戦い

11 新たな道 3

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 深夜、食堂で遅い夕食を摂っていたリースベットのもとに、バックマンがやってきた。手にはグラスを二つと、ワインをひと瓶下げている。
 食堂はかまどの火も落ち、二人の他には誰もいない。
「嘘を言ったな?」
「何だ、バレてたのか」
「手は普通に動いてんだろ」
 右手に持ったスプーンを指先でくるりと回し、リースベットは声を出さずに笑った。
「まだアウロラを子供扱いしてんのか?」
「そうじゃねえ。だったら仕事を頼まねえよ。あいつにやらせればいい経験になるし、土地鑑って点でも最良の人選のはずだ」
 バックマンは二つのグラスに赤ワインを注ぎ、一方をリースベットに差し出した。
「……となると、やっぱりノルドグレーン軍のことか」
「ああ。どっちの国も、嵐の前に虫や動物が巣穴に引っ込んだみてえな雰囲気だ」
「ノルドグレーンは明らかにやる気だからな」
「そしてあたしらも巻き込まれる。必ずな。どういう形でかは予想はできねえが……」
「ノルドグレーン軍がここに攻め入ってくる、ってことはなさそうだぜ。リードホルムの南側でこっちをにらんでる軍と、今回侵攻してくる連中とは折り合いが悪いんで有名だ。互いを利するような連携は取らねえだろう」
「あっちも一枚岩じゃねえ、か……」
「それでも、リードホルムの全軍を束ねたぐらいの数で侵攻してくるようだがな」
 リースベットはグラスに目を落とし、暗赤色あんせきしょくのワインに揺れる物憂ものうげな顔を眺めながら、しばし考え込んでいた。
「何にせよ、あたしらも関わらなきゃいけなくなるはずだ。なにしろ近衛兵を倒したんだからな。もう山道さんどうのコソ泥です、じゃ通らねえ」
「そいつを、頭領カシラが受け持つってわけか」
「頭領だからな。決断が必要なときにあたしがいねえんじゃ、話にならねえ」
「こういう状況下で、あのじいさんを失うのは痛手だな」
「まったくだ。弓兵こそ戦場じゃ主役だってのに」
 リースベットとバックマンは、ほぼ同時にワインに口をつけた。それがまるで別盃べっぱいであるかのように。
「気をつけてくれよ。さすがに近衛兵の残党は、今はノルドグレーン軍の方を向いてるだろうが……」
「そのノルドグレーン軍が、うちらを取り込みに来るかもな」
「……来たらどうする?」
「安心しろ、二枚舌をやるつもりはねえ」
「奴らの得意技だな。だが目先の利益に目がくらんでそいつをろうする奴は、あとあと必ず面倒な事態を背負い込むことになる。前にも後にも退けねえたぐいのな」
「ああ、これ以上の面倒事はごめんだ」
 リースベットは天井を見上げ、まぶしそうにグラスを掲げた。
「急ぎの仕事だからな、俺らは明日発つ」
「アウロラを頼んだぞ」
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