134 / 247
ジュニエスの戦い
7 選択 3
しおりを挟む
「ちょっと待て、守護斎姫の任期は四年だ。ノルデンフェルト家の令嬢なら、もうとっくに自由の身になってるはずだぜ」
「ああ。どうやらそこが、俺達みたいなのに頼んできた原因だろうな」
「ノルドグレーンはどうやら人質にするつもりで、任期が過ぎてもあれこれ理由をつけて引き伸ばしていたんだろう」
「ひどいものね……」
「リードホルムと事を構えるのに、令嬢をエサに外戚のノルデンフェルトを操れるなら影響は小さくねえ」
「リードホルムを分断はできんまでも、状況をごたつかせて士気を下げる、戦争の準備を遅らせる、って効果は望めるだろうな」
「そこまでやるの?」
「打てる手は全部打つのさ。山のてっぺんで戦争をしろとがなり立ててるバカはともかく、実際に戦わされる奴らはとことん実用主義だ。身内の犠牲は一人だって少なくしなきゃいけねえ」
「さてどうする? ちなみに報酬は経費込みで百万クローナだ。このへんは、さすが大貴族だな」
破格の報酬を提示されても驚く者はいなかった。この仕事を受けることの意義のほうが、ティーサンリードにとってより重要なのだ。
ダニエラを無事奪還すれば――あるいは失敗したとしても、仕事を受諾して以後はノルドグレーンと良好な関係を築くことはできなくなるだろう。
リースベットたちは名を揚げすぎた。名もない盗賊と同じようには行動できない。動けば必ず注目されるのだ。
「……この仕事、分水嶺になるかも知れねえな。ノルデンフェルトと言やあリードホルム屈指の名家だ。そしてアウグスティンは死に、国王も近衛兵の威光が落ちて権威に陰りが出てきてる」
「いま王宮の主流派は、カッセルとの関係を修復して、共同でノルドグレーンに対抗しようとしてるって話だな」
「リードホルムは、変わりつつあるのね……」
「状況を単純化して話す。この仕事を受けるか受けないかは、リードホルム・カッセル連合とノルドグレーンの、どっちに付くかって話だ」
その場にいた全員が、真剣な面持ちで考え込み、あるいは隣の者とノルドグレーンの国力について話し、行く末を相談しあっている。
しばしの間を置いて、何かを吹っ切ったようにリースベットが口を開いた。
「あたしの肚は決まってる。この仕事、受けるぞ」
周囲から、歓声にも似たどよめきが起こった。
「あのノルドグレーンを敵に回すんですか?」
「そうだ。あたしは、奴らのやり口を散々見て、嫌というほど味わった。リードホルムの首を真綿で締めるような、ノルドグレーンの非情で陰湿な策略も含めてな」
リースベットはアウロラに向き直る。
「こいつだってあの三人を人質に取られなけりゃ、あたしの暗殺なんて裏仕事に手を染めずに済んだんだ」
アウロラがソレンスタム教団の人身売買から救い出したアニタ、アルフォンス、ミカルの三人は、今日もエステルから料理や簡単な医術を教わり、長老と呼ばれる盲目の老人から歴史や社会の成り立ちを学んでいる。
「今のあたしらの得意先にしたって、カッセルと繋がりの深い勢力が中心でもあるしな」
「それにリードホルムの現主流派は、ノア大公を中心にずいぶん話せる人物が多いらしい。そのへんも考慮しといたほうがいいだろう」
リースベットの口から語られなかった情報を、バックマンが補足する。料理長のエステルが、その様子を横目で気にしていた。
「もちろんこれは、あたし個人の考えだ。政治だ戦争だって話で、あたしが判断を誤らねえって保証はねえ」
「俺も仕事を受ける方に張るぜ。ノルドグレーンが表向きと裏側でずいぶん違う国なのは、身をもって知ってるからな」
山賊団の中心人物ふたりが共通の方針を示したことで、他の者達もそれに倣う空気が醸成されつつあった。
アウロラはもともと、身の処し方をこのふたりの判断に委ねる気でいたため、決定がどうであれ反対意見を述べるつもりはないようだ。
だが、さまざまな出自や背景を持つ者たちの集団だけに、全員が同意見とはならなかった。
「……そんなら、悪いが俺はこのへんで降ろさせてもらう」
「ユーホルトさん……?」
食堂全体がざわめき、全員の視線が一人の老弓師に集まる。
「ああ。どうやらそこが、俺達みたいなのに頼んできた原因だろうな」
「ノルドグレーンはどうやら人質にするつもりで、任期が過ぎてもあれこれ理由をつけて引き伸ばしていたんだろう」
「ひどいものね……」
「リードホルムと事を構えるのに、令嬢をエサに外戚のノルデンフェルトを操れるなら影響は小さくねえ」
「リードホルムを分断はできんまでも、状況をごたつかせて士気を下げる、戦争の準備を遅らせる、って効果は望めるだろうな」
「そこまでやるの?」
「打てる手は全部打つのさ。山のてっぺんで戦争をしろとがなり立ててるバカはともかく、実際に戦わされる奴らはとことん実用主義だ。身内の犠牲は一人だって少なくしなきゃいけねえ」
「さてどうする? ちなみに報酬は経費込みで百万クローナだ。このへんは、さすが大貴族だな」
破格の報酬を提示されても驚く者はいなかった。この仕事を受けることの意義のほうが、ティーサンリードにとってより重要なのだ。
ダニエラを無事奪還すれば――あるいは失敗したとしても、仕事を受諾して以後はノルドグレーンと良好な関係を築くことはできなくなるだろう。
リースベットたちは名を揚げすぎた。名もない盗賊と同じようには行動できない。動けば必ず注目されるのだ。
「……この仕事、分水嶺になるかも知れねえな。ノルデンフェルトと言やあリードホルム屈指の名家だ。そしてアウグスティンは死に、国王も近衛兵の威光が落ちて権威に陰りが出てきてる」
「いま王宮の主流派は、カッセルとの関係を修復して、共同でノルドグレーンに対抗しようとしてるって話だな」
「リードホルムは、変わりつつあるのね……」
「状況を単純化して話す。この仕事を受けるか受けないかは、リードホルム・カッセル連合とノルドグレーンの、どっちに付くかって話だ」
その場にいた全員が、真剣な面持ちで考え込み、あるいは隣の者とノルドグレーンの国力について話し、行く末を相談しあっている。
しばしの間を置いて、何かを吹っ切ったようにリースベットが口を開いた。
「あたしの肚は決まってる。この仕事、受けるぞ」
周囲から、歓声にも似たどよめきが起こった。
「あのノルドグレーンを敵に回すんですか?」
「そうだ。あたしは、奴らのやり口を散々見て、嫌というほど味わった。リードホルムの首を真綿で締めるような、ノルドグレーンの非情で陰湿な策略も含めてな」
リースベットはアウロラに向き直る。
「こいつだってあの三人を人質に取られなけりゃ、あたしの暗殺なんて裏仕事に手を染めずに済んだんだ」
アウロラがソレンスタム教団の人身売買から救い出したアニタ、アルフォンス、ミカルの三人は、今日もエステルから料理や簡単な医術を教わり、長老と呼ばれる盲目の老人から歴史や社会の成り立ちを学んでいる。
「今のあたしらの得意先にしたって、カッセルと繋がりの深い勢力が中心でもあるしな」
「それにリードホルムの現主流派は、ノア大公を中心にずいぶん話せる人物が多いらしい。そのへんも考慮しといたほうがいいだろう」
リースベットの口から語られなかった情報を、バックマンが補足する。料理長のエステルが、その様子を横目で気にしていた。
「もちろんこれは、あたし個人の考えだ。政治だ戦争だって話で、あたしが判断を誤らねえって保証はねえ」
「俺も仕事を受ける方に張るぜ。ノルドグレーンが表向きと裏側でずいぶん違う国なのは、身をもって知ってるからな」
山賊団の中心人物ふたりが共通の方針を示したことで、他の者達もそれに倣う空気が醸成されつつあった。
アウロラはもともと、身の処し方をこのふたりの判断に委ねる気でいたため、決定がどうであれ反対意見を述べるつもりはないようだ。
だが、さまざまな出自や背景を持つ者たちの集団だけに、全員が同意見とはならなかった。
「……そんなら、悪いが俺はこのへんで降ろさせてもらう」
「ユーホルトさん……?」
食堂全体がざわめき、全員の視線が一人の老弓師に集まる。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる
竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。
ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする.
モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする.
その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.
クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。
クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。
召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。
理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。
女神の代わりに異世界漫遊 ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~
大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。
麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。
使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。
厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒!
忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪
13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください!
最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^
※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!
(なかなかお返事書けなくてごめんなさい)
※小説家になろう様にも投稿しています
地獄門前のお宿で女将修行はじめます
吉沢 月見
ファンタジー
訳あって、修業をすることになりました。地獄の門前で。
自分の能力についてわからない瑠莉。芯しん亭は地獄門前の立派な旅館。地獄に行ってみるとその跡取りの一心さんの花嫁候補でした。それを利用して、瑠璃はずっとやりたかった自分の店を芯しん亭の庭で始めることに。
身体強化って、何気にチートじゃないですか!?
ルーグイウル
ファンタジー
病弱で寝たきりの少年「立原隆人」はある日他界する。そんな彼の意志に残ったのは『もっと強い体が欲しい』。
そんな彼の意志と強靭な魂は世界の壁を越え異世界へとたどり着く。でも目覚めたのは真っ暗なダンジョンの奥地で…?
これは異世界で新たな肉体を得た立原隆人-リュートがパワーレベリングして得たぶっ飛んだレベルとチートっぽいスキルをひっさげアヴァロンを王道ルートまっしぐら、テンプレート通りに謳歌する物語。
初投稿作品です。つたない文章だと思いますが温かい目で見ていただけたらと思います。
駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜
あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』
という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。
それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。
そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。
まず、夫が会いに来ない。
次に、使用人が仕事をしてくれない。
なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。
でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……?
そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。
すると、まさかの大激怒!?
あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。
────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。
と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……?
善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。
────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください!
◆本編完結◆
◆小説家になろう様でも、公開中◆
虚弱高校生が世界最強となるまでの異世界武者修行日誌
力水
ファンタジー
楠恭弥は優秀な兄の凍夜、お転婆だが体が弱い妹の沙耶、寡黙な父の利徳と何気ない日常を送ってきたが、兄の婚約者であり幼馴染の倖月朱花に裏切られ、兄は失踪し、父は心労で急死する。
妹の沙耶と共にひっそり暮そうとするが、倖月朱花の父、竜弦の戯れである条件を飲まされる。それは竜弦が理事長を務める高校で卒業までに首席をとること。
倖月家は世界でも有数の財閥であり、日本では圧倒的な権勢を誇る。沙耶の将来の件まで仄めかされれば断ることなどできようもない。
こうして学園生活が始まるが日常的に生徒、教師から過激ないびりにあう。
ついに《体術》の実習の参加の拒否を宣告され途方に暮れていたところ、自宅の地下にある門を発見する。その門は異世界アリウスと地球とをつなぐ門だった。
恭弥はこの異世界アリウスで鍛錬することを決意し冒険の門をくぐる。
主人公は高い技術の地球と資源の豊富な異世界アリウスを往来し力と資本を蓄えて世界一を目指します。
不幸のどん底にある人達を仲間に引き入れて世界でも最強クラスの存在にしたり、会社を立ち上げて地球で荒稼ぎしたりする内政パートが結構出てきます。ハーレム話も大好きなので頑張って書きたいと思います。また最強タグはマジなので嫌いな人はご注意を!
書籍化のため1~19話に該当する箇所は試し読みに差し換えております。ご了承いただければ幸いです。
一人でも読んでいただければ嬉しいです。
【完結】真っ暗聖女と白い結婚を 〜女神様の体を整えてこの結婚から貴方を解放するはずが、なぜか執着されています〜
オトカヨル
ファンタジー
●完結いたしました!
辺境の小さな村の治癒術士メイナは、分け隔てなく人々を癒す姿から村の中では「聖女」と呼ばれていた。
……ただし『光属性の魔力』に愛されすぎて周りの光を吸い込んでしまい、真っ暗で顔も見えなくなった『真っ暗聖女』。
だけど本当に『聖女』の印がみつかった事から、急に王都に送られ王命で第二王子と即結婚。
戸惑うメイナに王子ルルタは、聖女という在り方を尊重し『白い結婚』を誓ってくれる。
その言葉を『顔も見えないような女に欲を抱くのは無理』という事だろうと受け入れ、周りには問題なく新婚生活を送っている様に振る舞いながら、メイナは聖女として大地の『魔力の巡りを整える』お役目を果たす事になる。
聖女としての役目を果たし、無事にルルタをこの結婚から解放する事を目標にがんばるメイナだが、何故か『白い結婚』を誓ったはずのルルタに徐々に距離を詰められて……。
聖女のお役目=女神様の体のメンテと、笑顔で確実に詰めてくる王子の執着愛に振り回されながらがんばる『真っ暗聖女』のライトなお話です。
※他サイト様へも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる