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ジュニエスの戦い

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「ちょっと待て、守護斎姫さいきの任期は四年だ。ノルデンフェルト家の令嬢なら、もうとっくに自由の身になってるはずだぜ」
「ああ。どうやらそこが、俺達みたいなのに頼んできた原因だろうな」
「ノルドグレーンはどうやら人質にするつもりで、任期が過ぎてもあれこれ理由をつけて引き伸ばしていたんだろう」
「ひどいものね……」
「リードホルムと事を構えるのに、令嬢をエサに外戚がいせきのノルデンフェルトを操れるなら影響は小さくねえ」
「リードホルムを分断はできんまでも、状況をごたつかせて士気を下げる、戦争の準備を遅らせる、って効果は望めるだろうな」
「そこまでやるの?」
「打てる手は全部打つのさ。山のてっぺんで戦争をしろと立ててるバカはともかく、実際に戦わされる奴らはとことん実用主義だ。身内の犠牲は一人だって少なくしなきゃいけねえ」
「さてどうする? ちなみに報酬は経費込みで百万クローナだ。このへんは、さすが大貴族だな」
 破格の報酬を提示されても驚く者はいなかった。この仕事を受けることの意義のほうが、ティーサンリードにとってより重要なのだ。
 ダニエラを無事奪還すれば――あるいは失敗したとしても、仕事を受諾して以後はノルドグレーンと良好な関係を築くことはできなくなるだろう。
 リースベットたちは名を揚げすぎた。名もない盗賊と同じようには行動できない。動けば必ず注目されるのだ。
「……この仕事、分水嶺ぶんすいれいになるかも知れねえな。ノルデンフェルトと言やあリードホルム屈指くっしの名家だ。そしてアウグスティンは死に、国王も近衛兵の威光が落ちて権威に陰りが出てきてる」
「いま王宮の主流派は、カッセルとの関係を修復して、共同でノルドグレーンに対抗しようとしてるって話だな」
「リードホルムは、変わりつつあるのね……」
「状況を単純化して話す。この仕事を受けるか受けないかは、リードホルム・カッセル連合とノルドグレーンの、どっちに付くかって話だ」
 その場にいた全員が、真剣な面持ちで考え込み、あるいは隣の者とノルドグレーンの国力について話し、行く末を相談しあっている。
 しばしの間を置いて、何かを吹っ切ったようにリースベットが口を開いた。
「あたしのはらは決まってる。この仕事、受けるぞ」
 周囲から、歓声にも似たどよめきが起こった。
「あのノルドグレーンを敵に回すんですか?」
「そうだ。あたしは、奴らのやり口を散々見て、嫌というほど味わった。リードホルムの首を真綿まわたで締めるような、ノルドグレーンの非情で陰湿な策略も含めてな」
 リースベットはアウロラに向き直る。
「こいつだってあの三人を人質に取られなけりゃ、あたしの暗殺なんて裏仕事に手を染めずに済んだんだ」
 アウロラがソレンスタム教団の人身売買から救い出したアニタ、アルフォンス、ミカルの三人は、今日もエステルから料理や簡単な医術を教わり、長老と呼ばれる盲目の老人から歴史や社会の成り立ちを学んでいる。
「今のあたしらの得意先にしたって、カッセルと繋がりの深い勢力が中心でもあるしな」
「それにリードホルムの現主流派は、ノア大公を中心にずいぶん話せる人物が多いらしい。そのへんも考慮しといたほうがいいだろう」
 リースベットの口から語られなかった情報を、バックマンが補足する。料理長のエステルが、その様子を横目で気にしていた。
「もちろんこれは、あたし個人の考えだ。政治だ戦争だって話で、あたしが判断を誤らねえって保証はねえ」
「俺も仕事を受ける方に張るぜ。ノルドグレーンが表向きと裏側でずいぶん違う国なのは、身をもって知ってるからな」
 山賊団の中心人物ふたりが共通の方針を示したことで、他の者達もそれにならう空気が醸成じょうせいされつつあった。
 アウロラはもともと、身の処し方をこのふたりの判断に委ねる気でいたため、決定がどうであれ反対意見を述べるつもりはないようだ。
 だが、さまざまな出自や背景を持つ者たちの集団だけに、全員が同意見とはならなかった。
「……そんなら、悪いが俺はこのへんで降ろさせてもらう」
「ユーホルトさん……?」
 食堂全体がざわめき、全員の視線が一人の老弓師に集まる。
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