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逆賊討伐
23 守るべきもの
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リンドに攻め立てられるティーサンリード山賊団拠点の西口にフェルディンががまだ到着していなかった頃、崩落した主要出入り口へと続く山道に、六つの人影があった。
五人はアムレアン隊長と四人の近衛兵、それらに対峙する一人は、山賊団首領のリースベットだ。
沈んだ緑色をしたアカマツの樹冠が、岩垣に遮られた木枯らしに揺れている。リースベットはアムレアンたちを見つけ、ヘルストランドから乗ってきた馬から降りた。
彼女が近衛兵を見たのは、これが初めてではなかった。幼いころ一度だけ、時の黎明館でノアとともに遊んでいた折に、青と金で彩られた揃いの軍装を着た一団を見かけたことがある。養育係にあれは何かと問うと、リードホルム王を守る近衛兵だと教えてくれた。
二本の大振りなククリナイフを抜き、リースベットはゆっくりと歩を進める。色めき立つ近衛兵たちを制して、アムレアンが前に出た。
「その顔、貴様がリースベットだな」
「てめえら……」
「モグラのように引きこもっているのかと思えば、出払っていたわけか」
「あたしを探してるってことは、てめえらがヴィルヘルムの飼い犬だな」
「……嘆かわしい。神聖なリードホルム王家の血を引く者の言葉ではないな」
「クズの血が神聖、か。まあ、何を信じるのも勝手だが……」
「クズだと……おのれ不敬な!」
リースベットは回転させながら放り上げて弄んでいた右のオスカを把持し、逆上して向かってきた近衛兵を一瞬で十字に斬り裂いた。
「人の家荒らすのは見過ごせねえな」
リースベットの羽織る革のコートがはためく。近衛兵たちは言葉を飲んで足を止めた。
「……お目当てはあたしの首だろ? 欲しけりゃ吠えてねえで取りに来い」
「いいだろう。近衛兵の長の剣、味わうがいい」
「てめえが隊長か。話が早くて助かるぜ」
アムレアンも大剣を抜いて構え、二人はしばし対峙したまま動かなかった。
冷たい空気を切り裂くような鷹の鳴き声が響き、それを合図にリースベットが前に出た。正面から相対すると、武器のリーチ上はアムレアンに分がある。
アムレアンが上段から振り下ろした大剣を、リースベットは二本のオスカを交差させて受け止めた。リースベットの絹のような髪とアムレアンの長髪が風圧に巻き上がる。確実に受け止めてなお、両手がしびれ膝がきしむほどの一撃だった。その大剣を撥ね退け、今度はリースベットが反撃に移る。
アムレアンの間合いより内側に入れば、そこは小回りが利き手数の多いリースベットの領分だ。次々と繰り出される斬撃を、アムレアンは少しずつ後退しながら冷静に受け流している。
アムレアンはさらに後退し、追撃を加えようと前に出るリースベットを追い払うように大剣を振るった。リースベットはオスカで受け止めたものの体勢を崩し、無理はせず一旦攻め手を休めた。
――状況から見て、バックマンはあの手を使ったはず。けれどこんな奴を相手にして、一体何人死んだ? あたしが止められなかったら……あたしの首を取っただけで大人しく帰るのか?
「……すげえ力だ。隊長ってだけのことはあるな」
「なかなか素晴らしい力だが、所詮は我流の剣に過ぎん。近衛兵の敵ではない」
「知るかよ剣術なんか。あいにく育ちが悪いもんでな!」
リースベットがふたたび攻勢に移った。今度は正面からでなく、あまり広くない道幅を目一杯つかい、アムレアンを揺さぶるように目まぐるしく左右に動く。
リースベットは左側面から斬りかかり、アムレアンは迎え撃つように横薙ぎに剣を振るった。斬撃を受け止めたリースベットは岩壁へと弾き飛ばされたが、その岩壁を蹴ってアムレアンに飛びかかる。不意を突かれたアムレアンは辛うじて剣を横に構えて防ぎ、リースベットを強引に押し退けた。
「こういう戦い方は、剣術の教範には載ってねえだろ?」
「……大したものだ。あるいは戦いに関して、天賦の才を持っているのかも知れん」
「才能だと……? 冗談じゃねえ。こっちはその場その場で必死になってんだよ。生きるためにな」
「そうか。では喜べ、その苦労も今日ここで終わりだ」
五人はアムレアン隊長と四人の近衛兵、それらに対峙する一人は、山賊団首領のリースベットだ。
沈んだ緑色をしたアカマツの樹冠が、岩垣に遮られた木枯らしに揺れている。リースベットはアムレアンたちを見つけ、ヘルストランドから乗ってきた馬から降りた。
彼女が近衛兵を見たのは、これが初めてではなかった。幼いころ一度だけ、時の黎明館でノアとともに遊んでいた折に、青と金で彩られた揃いの軍装を着た一団を見かけたことがある。養育係にあれは何かと問うと、リードホルム王を守る近衛兵だと教えてくれた。
二本の大振りなククリナイフを抜き、リースベットはゆっくりと歩を進める。色めき立つ近衛兵たちを制して、アムレアンが前に出た。
「その顔、貴様がリースベットだな」
「てめえら……」
「モグラのように引きこもっているのかと思えば、出払っていたわけか」
「あたしを探してるってことは、てめえらがヴィルヘルムの飼い犬だな」
「……嘆かわしい。神聖なリードホルム王家の血を引く者の言葉ではないな」
「クズの血が神聖、か。まあ、何を信じるのも勝手だが……」
「クズだと……おのれ不敬な!」
リースベットは回転させながら放り上げて弄んでいた右のオスカを把持し、逆上して向かってきた近衛兵を一瞬で十字に斬り裂いた。
「人の家荒らすのは見過ごせねえな」
リースベットの羽織る革のコートがはためく。近衛兵たちは言葉を飲んで足を止めた。
「……お目当てはあたしの首だろ? 欲しけりゃ吠えてねえで取りに来い」
「いいだろう。近衛兵の長の剣、味わうがいい」
「てめえが隊長か。話が早くて助かるぜ」
アムレアンも大剣を抜いて構え、二人はしばし対峙したまま動かなかった。
冷たい空気を切り裂くような鷹の鳴き声が響き、それを合図にリースベットが前に出た。正面から相対すると、武器のリーチ上はアムレアンに分がある。
アムレアンが上段から振り下ろした大剣を、リースベットは二本のオスカを交差させて受け止めた。リースベットの絹のような髪とアムレアンの長髪が風圧に巻き上がる。確実に受け止めてなお、両手がしびれ膝がきしむほどの一撃だった。その大剣を撥ね退け、今度はリースベットが反撃に移る。
アムレアンの間合いより内側に入れば、そこは小回りが利き手数の多いリースベットの領分だ。次々と繰り出される斬撃を、アムレアンは少しずつ後退しながら冷静に受け流している。
アムレアンはさらに後退し、追撃を加えようと前に出るリースベットを追い払うように大剣を振るった。リースベットはオスカで受け止めたものの体勢を崩し、無理はせず一旦攻め手を休めた。
――状況から見て、バックマンはあの手を使ったはず。けれどこんな奴を相手にして、一体何人死んだ? あたしが止められなかったら……あたしの首を取っただけで大人しく帰るのか?
「……すげえ力だ。隊長ってだけのことはあるな」
「なかなか素晴らしい力だが、所詮は我流の剣に過ぎん。近衛兵の敵ではない」
「知るかよ剣術なんか。あいにく育ちが悪いもんでな!」
リースベットがふたたび攻勢に移った。今度は正面からでなく、あまり広くない道幅を目一杯つかい、アムレアンを揺さぶるように目まぐるしく左右に動く。
リースベットは左側面から斬りかかり、アムレアンは迎え撃つように横薙ぎに剣を振るった。斬撃を受け止めたリースベットは岩壁へと弾き飛ばされたが、その岩壁を蹴ってアムレアンに飛びかかる。不意を突かれたアムレアンは辛うじて剣を横に構えて防ぎ、リースベットを強引に押し退けた。
「こういう戦い方は、剣術の教範には載ってねえだろ?」
「……大したものだ。あるいは戦いに関して、天賦の才を持っているのかも知れん」
「才能だと……? 冗談じゃねえ。こっちはその場その場で必死になってんだよ。生きるためにな」
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