上 下
98 / 247
逆賊討伐

2 近衛兵始動 2

しおりを挟む
「よう旦那、ジェンティアナは元気か?」
「ああ。すこし急がせたせいで疲れているが……」
「水とは用意してるぜ」
 ラルセン山の山道で、バックマンはいつものようにエンロートに声をかける。ジェンティアナとは彼の愛馬だ。
 幾度かの対話から、この男は本人よりも馬の方を気遣うと機嫌が良くなる、という傾向をバックマンは学んでいた。
 山道から少し離れた丘の上には、小さな木のテーブルと椅子が二つ用意されている。彼らがいつも使っている会談場所だ。そこには大きな水盤すいばん飼い葉か ば桶、それにユーホルトら三人の山賊が待っている。
 ジェンティアナと呼ばれた栗毛の牝馬ひんばが牧草をむ横で、定例の情報交換が始まった。
「急いだってのは、やっぱりアウグスティンが死んだからか?」
「そうだ。行ってみれば急ぐ必要もなかったようだったが……」
「そりゃご苦労だったな」
 エンロートは頷きながら、懐から小さな紙を取り出した。
「何だそりゃ」
「手配書が出ているぞ」
「手配書?」
 バックマンは手配書を受け取り絶句した。
 そこに描かれていたのは、よく特徴を捉えたリースベットの人相書きだ。名前は載っておらず、ラルセン山を拠点にする山賊という情報と、賞金が10万クローナであることが記されている。
「こいつは……」
「詳しくは知らんが、お前たちの仲間だろう」
「しばらく騒ぎにならなかったから、バレてねえと思ってたが……」
 愕然がくぜんとして手配書を眺めているバックマンの背後では、ユーホルトの指示で二人の山賊がジェンティアナのひづめを洗い、ナッツから作った固形油を塗っている。
 エンロートはその様子を眺めながら、つい半時前までは話す気のなかった情報を口にした。
「それと、その手配書の件とは別に、兵の動きがあるようだ」
「何?」
「どうやらその手配書は、国王の意を受けて内務省が配布したもののようだ。だが賞金稼ぎや義勇兵の手にかかるより先に、エイデシュテット閣下はより確実な手段で状況を決定づけてしまう腹積もりらしい」
「エイデシュテットが……? いくら奴でも、私兵を持つほどの権力はなかったはずだが……」
「おそらく近衛兵が動く」
「なんだって?!」
 近隣諸国の軍事関係者を一様に震え上がらせる近衛兵が、百名足らずの山賊討伐に動くという。
 バックマンの驚きように、蹄の手入れをしていた山賊たちはおろか、ジェンティアナの視線までもエンロートに集まった。
「今のリードホルムに、お前たちに勝てる軍は他にあるまい」
「そ、そりゃそうだが……」
「いつ、どうやって近衛兵を動かすかまでは、私は知らん。何しろ弁の立つ方だからな、うまく国王を口車に乗せる気だろう」
 険しい表情で顎に親指を当てるバックマンの元に、エンロートたちが集まってきた。
「何だ、大事おおごとか?」
「……ああ。それも間違いなく、山賊団がまとまって以来のな」
「知っていることは全て話した。ジェンティアナの礼だ」
「わかった。今回ばかりは本気で感謝するぜ」
 バックマンはそう言いながら椅子から立ち上がった。
「俺らはすぐ戻って対策を立てなきゃならねえ。こいつは置いてくから好きに休んでってくれ」
 飼い葉桶と水盤を顎で示すバックマンに、エンロートは珍しく気遣いの言葉を送った。
「気をつけてな」
「戻るぞ。理由は道中で話す」
 馬の世話をしていた二人は事情をよく飲み込めていないが、それでもバックマンのただならぬ様子に口出しはできなかった。歴戦の弓兵であるユーホルトだけが、ひとり落ち着きを払っている。
「この頭領カシラが出払ってる時に襲われたら……いや、まさかそれも仕組まれてたのか?」
 戦闘では常に先陣を切り、圧倒的な戦果を上げ続けていたリースベット抜きでの戦いは、おそらく凄惨せいさんなものとなるだろう。
 バックマンは戦慄せんりつを覚えながら帰路を急いだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

ドラゴン&ローグの異世界バディ物語

克全
ファンタジー
第3回次世代ファンタジーカップ参加作。 代々近衛騎兵や皇宮護衛官を務めてきた一族の龍造寺仁は、陛下を暴漢から守ろうとして銃弾に倒れたが、運が良いのか悪いのか異世界召喚されてしまった。龍造寺仁を召喚した相手は極悪非道で、召喚直後に奴隷の首輪をはめようとした。だが、極度の緊張状態で召喚された龍造寺仁は、即座に対応する事ができた。王を人質に取った龍造寺仁は、その時に運命の出会いをする。人生最良最悪の友となる、悪漢ローグと出会うのだった。龍造寺仁はローグにドラゴンと名付けられ、共に利用し合い、元の世界に戻るための魔術を見つけるべく、異世界を放浪するのだった。

転生したら死にそうな孤児だった

佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。 保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。 やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。 悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。 世界は、意外と優しいのです。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

転生少女の異世界のんびり生活 ~飯屋の娘は、おいしいごはんを食べてほしい~

明里 和樹
ファンタジー
日本人として生きた記憶を持つ、とあるご飯屋さんの娘デリシャ。この中世ヨーロッパ風ファンタジーな異世界で、なんとかおいしいごはんを作ろうとがんばる、そんな彼女のほのぼのとした日常のお話。

【完結】私の可愛いシャルロッテ

空原海
恋愛
大公令息ヨハンは、従妹である帝国皇女シャルロッテとの未来を確信していた。 しかしこれまで小国と侮っていたアステア王国に富が生まれ、その富に目を付けた帝国は、シャルロッテを小国の王太子フレデリックに嫁がせることにした。 シャルロッテを諦めきれないヨハン。 対するフレデリックはヨハンとの友情を歓迎する。 しかしそれは悲劇の幕開けだった。

悪役令嬢?何それ美味しいの? 溺愛公爵令嬢は我が道を行く

ひよこ1号
ファンタジー
過労で倒れて公爵令嬢に転生したものの… 乙女ゲーの悪役令嬢が活躍する原作小説に転生していた。 乙女ゲーの知識?小説の中にある位しか無い! 原作小説?1巻しか読んでない! 暮らしてみたら全然違うし、前世の知識はあてにならない。 だったら我が道を行くしかないじゃない? 両親と5人のイケメン兄達に溺愛される幼女のほのぼの~殺伐ストーリーです。 本人無自覚人誑しですが、至って平凡に真面目に生きていく…予定。 ※アルファポリス様で書籍化進行中(第16回ファンタジー小説大賞で、癒し系ほっこり賞受賞しました) ※残虐シーンは控えめの描写です ※カクヨム、小説家になろうでも公開中です

移転した俺は欲しい物が思えば手に入る能力でスローライフするという計画を立てる

みなと劉
ファンタジー
「世界広しといえども転移そうそう池にポチャンと落ちるのは俺くらいなもんよ!」 濡れた身体を池から出してこれからどうしようと思い 「あー、薪があればな」 と思ったら 薪が出てきた。 「はい?……火があればな」 薪に火がついた。 「うわ!?」 どういうことだ? どうやら俺の能力は欲しいと思った事や願ったことが叶う能力の様だった。 これはいいと思い俺はこの能力を使ってスローライフを送る計画を立てるのであった。

処理中です...