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落日の序曲
25 閉じられた箱 3
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フェルディンがめげずに本の渉猟を続けていると、部屋の隅でガラスが割れる音がした。それに続けて、何かが破裂するような音が数度続く。
二人が音の発生場所に駆けつける間にも同じ音が二度三度と続き、やがて部屋の一角に強い明かりがゆらめいているのが見えた。
「おい、どう見てもありゃ火だぞ」
「どういうことだ」
「あたしが知るか! ……こいつはダメだな、おそらく油が撒かれてる」
火の手はわずかな時間で広がり、すでに一つの本棚を包み込んでいた。
フェルディンは燃え上がる無数の本を見て呆然と立ち尽くしている。リースベットは周囲を見渡したが、消火に使えそうな水や砂などは一切見当たらなかった。
「クソッ、この部屋にゃ紙と木しかねえな」
「こんな、こんなことが……」
「仕方ねえ、とっととずらかるぞ。死んだら全部水の泡だ」
リースベットは一抹の不安を感じつつ階段を駆け下り、脇目も振らず出口に向かった。
鍵を開けたままにしていたはずの扉を押すと、わずかにぐらつきはするが開かない。
「やっぱりか……」
「はやく開けてくれ」
「鍵は開いてんだよ。おそらく外のかんぬきが掛けられてんだ」
「僕たちを閉じ込めるための罠か……」
「悠長に話してる場合じゃねえ。こうなりゃ力づくで開けるぞ。手伝え」
「できるのか、そんなことが」
「てめえもリーパーだろ、気合い入れろ。一、二、三で蹴破るぞ!」
二人はいったん扉から距離を置き、充分な助走をつけて突進した。
リースベットのかけ声とともに、フェルディンは左脚で、リースベットは飛び上がって両足で扉を蹴りつける。
研究所内に重い金属質な衝突音が響き渡り、二人は扉から弾き飛ばされた。フェルディンは膝を押さえてうずくまり、リースベットは扉を蹴って水平に大きく弾き飛ばされている。
「け、蹴破るのは無理じゃないか……?」
「どうなってんだ……あたしらの力でぶち破れねえってことは、もとあった木のかんぬきなんかじゃねえぞ」
「その点も考慮済み、というわけか」
「感心してる場合かよ……てめえ完全に嵌められたな」
「誰が、何のために僕を……」
「不幸ってのは知らねえとこで勝手に育って、ある日とつぜん目の前に姿を現すんだよ」
リースベットが立ち上がろうとすると、天井が鈍く軋む音が聞こえた。焼けた二階の床が、本棚や机の重さに耐えられなくなってきている。
「クソッ、そのうち床が焼け落ちてくるぞ」
「他の、手分けして他の出口を探そう」
「外見にゃ窓もなかったが……この際なんでもいい、モグラの掘った穴でもな」
ノルシェー研究所の二階の小窓から炎が次々に吹き出す様子を、エイデシュテットは双眼鏡越しに眺めていた。傍らにはロブネルが座り、パイプ煙草をふかしている。
「よし、誰も脱出してきていないな」
「唯一の扉にゃ戦闘馬車の車軸を引っ掛けといたからな。カールソンのアホだって開けられねえさ」
「ふふ……これでよい。戦いで葬ろうとするより、このほうが確実だ」
「フェルディンの野郎にゃ悪いが、まあ運がなかったな。たかが情報なんざ、おとなしく諦めてりゃいいものを……」
エイデシュテットは鼻で笑い、懐に望遠鏡を収めた。
彼は、フェルディンが巻き添えになることは想定していなかった。関心がなかったからだ。
「さて、わしは戻らねばならんが、念のため見張っておけ。万が一脱出してきたら、そなたの針で射殺して構わん」
以前に渡したものよりも小さいが重みのある革袋をロブネルに渡し、エイデシュテットは満足気な顔で馬車に乗り込んだ。
ロブネルはノルシェー研究所の火の手が収まるまで、丘の上からパイプをくゆらせながら眺めていた。
二人が音の発生場所に駆けつける間にも同じ音が二度三度と続き、やがて部屋の一角に強い明かりがゆらめいているのが見えた。
「おい、どう見てもありゃ火だぞ」
「どういうことだ」
「あたしが知るか! ……こいつはダメだな、おそらく油が撒かれてる」
火の手はわずかな時間で広がり、すでに一つの本棚を包み込んでいた。
フェルディンは燃え上がる無数の本を見て呆然と立ち尽くしている。リースベットは周囲を見渡したが、消火に使えそうな水や砂などは一切見当たらなかった。
「クソッ、この部屋にゃ紙と木しかねえな」
「こんな、こんなことが……」
「仕方ねえ、とっととずらかるぞ。死んだら全部水の泡だ」
リースベットは一抹の不安を感じつつ階段を駆け下り、脇目も振らず出口に向かった。
鍵を開けたままにしていたはずの扉を押すと、わずかにぐらつきはするが開かない。
「やっぱりか……」
「はやく開けてくれ」
「鍵は開いてんだよ。おそらく外のかんぬきが掛けられてんだ」
「僕たちを閉じ込めるための罠か……」
「悠長に話してる場合じゃねえ。こうなりゃ力づくで開けるぞ。手伝え」
「できるのか、そんなことが」
「てめえもリーパーだろ、気合い入れろ。一、二、三で蹴破るぞ!」
二人はいったん扉から距離を置き、充分な助走をつけて突進した。
リースベットのかけ声とともに、フェルディンは左脚で、リースベットは飛び上がって両足で扉を蹴りつける。
研究所内に重い金属質な衝突音が響き渡り、二人は扉から弾き飛ばされた。フェルディンは膝を押さえてうずくまり、リースベットは扉を蹴って水平に大きく弾き飛ばされている。
「け、蹴破るのは無理じゃないか……?」
「どうなってんだ……あたしらの力でぶち破れねえってことは、もとあった木のかんぬきなんかじゃねえぞ」
「その点も考慮済み、というわけか」
「感心してる場合かよ……てめえ完全に嵌められたな」
「誰が、何のために僕を……」
「不幸ってのは知らねえとこで勝手に育って、ある日とつぜん目の前に姿を現すんだよ」
リースベットが立ち上がろうとすると、天井が鈍く軋む音が聞こえた。焼けた二階の床が、本棚や机の重さに耐えられなくなってきている。
「クソッ、そのうち床が焼け落ちてくるぞ」
「他の、手分けして他の出口を探そう」
「外見にゃ窓もなかったが……この際なんでもいい、モグラの掘った穴でもな」
ノルシェー研究所の二階の小窓から炎が次々に吹き出す様子を、エイデシュテットは双眼鏡越しに眺めていた。傍らにはロブネルが座り、パイプ煙草をふかしている。
「よし、誰も脱出してきていないな」
「唯一の扉にゃ戦闘馬車の車軸を引っ掛けといたからな。カールソンのアホだって開けられねえさ」
「ふふ……これでよい。戦いで葬ろうとするより、このほうが確実だ」
「フェルディンの野郎にゃ悪いが、まあ運がなかったな。たかが情報なんざ、おとなしく諦めてりゃいいものを……」
エイデシュテットは鼻で笑い、懐に望遠鏡を収めた。
彼は、フェルディンが巻き添えになることは想定していなかった。関心がなかったからだ。
「さて、わしは戻らねばならんが、念のため見張っておけ。万が一脱出してきたら、そなたの針で射殺して構わん」
以前に渡したものよりも小さいが重みのある革袋をロブネルに渡し、エイデシュテットは満足気な顔で馬車に乗り込んだ。
ロブネルはノルシェー研究所の火の手が収まるまで、丘の上からパイプをくゆらせながら眺めていた。
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