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落日の序曲
21 ノルシェー研究所 2
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ノルシェー研究所を見下ろせる丘の上に、夜陰にまぎれて一台の馬車が到着した。その座席から慌ただしく降りてきたのは、リードホルムの宰相エイデシュテットだった。
厚手のコートに身を包んで周囲を見回すエイデシュテットに、弓矢を背負った小さな人影が駆け寄る。
「……ロブネル。様子はどうかね」
「言ったとおりだったぜ。来たのはフェルディンの野郎と、女が一人だ」
「それは、お前が戦ったという小娘か?」
「いや、違う奴だったな」
「そうか……いいぞ、ではおそらく、それがリースベットだ。裏稼業の連中に高い金を払った甲斐があったというものよ」
フェルディンがティーサンリード山賊団と接触したという報告を受けたエイデシュテットは、ひそかにノルシェー研究所へ通じる道を監視させていた。そして二人が研究所へ向かったという報せを受けると、わざわざ現場へ駆けつけたのだった。
エイデシュテットは恐れていた。
リースベットがアウグスティンに続き、自分を殺しにやってくるのではないか、という妄執にとらわれていたのだ。そのため近衛兵による山賊団拠点の襲撃とは別に、リースベットだけは確実に始末しておきたかった。
ロブネルの存在はエイデシュテットにとって僥倖だった。
汚れ仕事を任せるために手中に収めていた傭兵の一人に過ぎなかったが、それがフェルディンと関わりのある人物だったのである。図らずも、ロブネルが計画の軸となることによって、リースベットをおびき出すことに成功したのだ。
これはエイデシュテットが何種類か想定した策謀の経過のうち、彼にとって最良のものだった。
「よし、奴らは二階に上がったぞ」
望遠鏡で研究所の様子を見ていたエイデシュテットは、二階の窓がかすかに明るくなったことに気付いた。リースベットたちが研究資料の保管所を見つけ、本を読むために明かりをつけたのだ。
エイデシュテットは馬車に戻り、人の頭部ほどの大きさの革袋をロブネルに手渡した。
中には乾燥させた植物の実のような茶色い球体が十数個ほど入っている。ロブネルは中身を確かめ、腰のバッグに入れた。
「あまり手荒に扱うなよ。油まみれになりたくはあるまい?」
「まあ任しとけ、ヘマはしねえよ。俺にかかれば、あんな小窓だろうと屁でもねえ。どうせ動かねえ的だ」
「では手筈どおりにな。戸締まりを忘れるなよ」
ロブネルは嗄れ声で笑うと、丘を駆け下りて行った。
「リーパーが戦にどれほど強かろうと、所詮は生身の人間じゃ。役に立たん研究もろとも消し炭となるがいい」
リースベットたちのいるノルシェー研究所を見下ろしながら、エイデシュテットは唇の端を吊り上げて笑っていた。
厚手のコートに身を包んで周囲を見回すエイデシュテットに、弓矢を背負った小さな人影が駆け寄る。
「……ロブネル。様子はどうかね」
「言ったとおりだったぜ。来たのはフェルディンの野郎と、女が一人だ」
「それは、お前が戦ったという小娘か?」
「いや、違う奴だったな」
「そうか……いいぞ、ではおそらく、それがリースベットだ。裏稼業の連中に高い金を払った甲斐があったというものよ」
フェルディンがティーサンリード山賊団と接触したという報告を受けたエイデシュテットは、ひそかにノルシェー研究所へ通じる道を監視させていた。そして二人が研究所へ向かったという報せを受けると、わざわざ現場へ駆けつけたのだった。
エイデシュテットは恐れていた。
リースベットがアウグスティンに続き、自分を殺しにやってくるのではないか、という妄執にとらわれていたのだ。そのため近衛兵による山賊団拠点の襲撃とは別に、リースベットだけは確実に始末しておきたかった。
ロブネルの存在はエイデシュテットにとって僥倖だった。
汚れ仕事を任せるために手中に収めていた傭兵の一人に過ぎなかったが、それがフェルディンと関わりのある人物だったのである。図らずも、ロブネルが計画の軸となることによって、リースベットをおびき出すことに成功したのだ。
これはエイデシュテットが何種類か想定した策謀の経過のうち、彼にとって最良のものだった。
「よし、奴らは二階に上がったぞ」
望遠鏡で研究所の様子を見ていたエイデシュテットは、二階の窓がかすかに明るくなったことに気付いた。リースベットたちが研究資料の保管所を見つけ、本を読むために明かりをつけたのだ。
エイデシュテットは馬車に戻り、人の頭部ほどの大きさの革袋をロブネルに手渡した。
中には乾燥させた植物の実のような茶色い球体が十数個ほど入っている。ロブネルは中身を確かめ、腰のバッグに入れた。
「あまり手荒に扱うなよ。油まみれになりたくはあるまい?」
「まあ任しとけ、ヘマはしねえよ。俺にかかれば、あんな小窓だろうと屁でもねえ。どうせ動かねえ的だ」
「では手筈どおりにな。戸締まりを忘れるなよ」
ロブネルは嗄れ声で笑うと、丘を駆け下りて行った。
「リーパーが戦にどれほど強かろうと、所詮は生身の人間じゃ。役に立たん研究もろとも消し炭となるがいい」
リースベットたちのいるノルシェー研究所を見下ろしながら、エイデシュテットは唇の端を吊り上げて笑っていた。
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