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落日の序曲

12 生き証人 2

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「わが国にとって悲しむべき事態ですが、アウグスティン様の殺害犯は、亡くなったと思われていたリースベット様ということになります」
「しかし宰相、……いや」
「なにか疑問がおありですかな、ノア王子」
 ノアは立ち上がって発言しようとしたが、すぐに口ごもった。
 リースベットを擁護したかったが、あまりにも証拠が揃いすぎている。糸口が掴めないばかりでなく、何よりリースベット当人がこのことを示唆しさしていたのだ。
 ノアはうつむいて椅子にへたり込んだ。
「リース……なぜこのようなことを……」
「詳しい動機ばかりは、我々には知るよしもありませぬ。昔日せきじつ、アウグスティン様とはあまり仲がよろしかったとは見受けられませなんだが……あるいはそのあたりかと」
「内務省長官、つまりこの者は、大逆たいぎゃく罪については冤罪えんざいということですな。この場合……」
「しばしお待ちを」
 ステーンハンマル内務省長官は、ネレムを指して言うミュルダールの言葉をさえぎり、早足でフォッシェル典礼省長官に近づいた。二人はささやき声でなにごとか相談し合っている。
「えー、あ、アードルフ・ネレム……この者の罪は逃走罪のみということで……後日、改めてその罪状を問うものとする。列席の皆様、異存はございませんな?」
「……妥当なところであろう」
「陛下、どうかご勅裁ちょくさいを」
 フォッシェルは玉座のヴィルヘルムに向き直り裁可を仰ぐ。ヴィルヘルムはしばし間を置いたのち、頬杖ほおづえをついたまま応えた
「予はこれをとする」
 ヴィルヘルム三世の宣言を受け、フォッシェルはネレムとオーリーンに退室を命じた。オーリーンは去り際、エイデシュテットに目礼していたようだ。

「では、大逆犯はリースベット、ということだな」
 眠っているような目で事態を静観していたヴィルヘルム三世が、ネレムたちが退室してようやく、自発的に言葉を発した。
「しかし、それは……」
「やむを得なかろう。ノアよ、お前もリードホルム王家に生まれた者ならばわきまえよ。骨肉こつにく相食あいはむ跡目争いなど、あって当然のことよ」
 事もなげに言い捨てるヴィルヘルム三世に、ノアは愕然がくぜんとした。
 この男のこの考えが、反逆者としてのリースベットとアウグスティンという怪物を生み、ついには殺したのだ。
 そしてノアもそれにあらがいながら、知らぬうちに少しずつ、飲み込まれていっている。
「内務省長官、大逆の罪はいかなる刑罰に処するべきであったかな」
「は……れ、例外なく死罪、と……」
 一族郎党いちぞくろうとうを含み、という前文をステーンハンマルは省略した。仮に言ったところで適用されるはずもない。
「では、リースベットであっても死はまぬがれ得ぬということだな」
「父上!」
 ヴィルヘルム三世を取り巻く高官たちがどよめいた。
 その中で唯一エイデシュテットのみが、喜悦きえつを隠すための仏頂ぶっちょうづらを貫いている。この裁判は彼の思い描いたとおりの結果となったのだ。
「王家に背くものは死罪。一罰百戒いちばつひゃっかいを示さねば国が乱れるのだ、ノアよ」
「ノア王子、おそれ多くも陛下のお言葉ですぞ」
「……それに、あのオーリーンという男と戦っているということは、度重なる輸送品略奪もリースベット様の所業しょぎょうということに」
「そうであったな。ノア様、あなたも一度討伐隊として出征し、命を落としかけているではありませんか」
「私は……ブリクストたちのお飾りで出たに過ぎない。戦ってなど……」
 ノアはそこで初めて、王女でないリースベットと出会ったのだ。そしてもう生き方が交わることはない、そう思い知らされたはずだった。
「リースベット様と仲のよろしかったノア王子には、にわかには受けれがたい事実でありましょう。此度こたびはこれにて解散してよいのではないかな」
 一聴すると思慮しりょ深げなエイデシュテットの発言は、満足のゆく結末による心的余裕から出たものだ。
 そしてふと、ノアが出征時にリースベットと会っているのではないか、という願望混じりの疑念が彼の頭をよぎった。
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