82 / 247
落日の序曲
11 生き証人
しおりを挟む
「あの男は……」
オーリーンの姿を見たフォッシェル典礼省長官がつぶやく。フォッシェルはその威容に心当たりがあった。
エイデシュテットはネレムの左側に立つようオーリーンに指示し、碧潭の間全体をゆっくり見渡してから口を開いた。
「まず、ノア王子の疑念を否定した理由について、ご説明しましょうかな」
「宰相閣下、それが本件と関係あることなのですか?」
「大いに。……まずこのオーリーンは、今を去ること半年ほど前になりますかな、ノルドグレーンへの物資輸送隊の護衛を務めていた傭兵です。間違いないな?」
「そうです。俺は……護衛には失敗しちまいましたが」
「よい。今はその責を問うているのではない」
度重なる輸送の失敗に業を煮やした典礼省が、万全を期して白羽の矢を立てたのが、ヘルストランド屈指の傭兵として名高い“両断のオーリーン”だった。
「この者は貢……輸送品を略奪せんとする山賊どもと戦いました。その際に剣を交えた女山賊とは、これに相違ないな?」
エイデシュテットはそう言って、オーリーンに羊皮紙を開いて見せた。
「間違いありません。山賊にしちゃ大した別嬪だった……」
「宰相、それは……?」
「これは人相書。リースベット王女の肖像画から起こしたものです。列席の方々にも見ていただきましょうかな」
ノアは臓腑が締め付けられるような不快感を覚えた。
前日ブリクストから、エイデシュテットにリースベットの人相書きを見せられた旨の報告を受けていたことを思い出す。腹の底で渦巻いていた不安が、形を持って眼前に現れたのだ。
エイデシュテットが階段を登り、被告人席を見下ろす高官たちの席へとやってきた。
「これは確かに……まさしくリースベット様のお姿だ」
「なんと、おいたわしや……」
その人相書は、ノアが見てもほぼ正確にリースベットの姿を描いていた。髪型が僅かに違うが、この場でそのことを知るのはノアとオーリーンだけだ。
「おお……リースベット」
人相書を見たヴィルヘルム三世が懐古のうめき声をあげた。
その声にどれほど親愛の情が込められているのかは、血を分けたノアですらも分からない。
ヴィルヘルム三世を含む関係者全員が人相書きに目を通し終えた。エイデシュテットが被告人席に戻り、ふたたび陳述を始める。
「斯様に、……本来喜ぶべきことではあるが、リースベット様は存命であることが証明されました。そしてもう一つ。アウグスティン様の殺害犯は手練れということでしたが……オーリーン、剣を交えたそなたなら知っておろう」
「ああ、何しろ俺が負けて、部下も三人やられました。それも一瞬で。相手がリーパーと知ってりゃ、倍の金を積まれたって手は出さなかったんだが」
オーリンはそう言いながら股間のあたりをさすっている。
「リーパー……」
「左様、わが国の近衛兵にしかおらぬはずの、あのリーパーです。歴戦の傭兵を打ち負かすほどの強さというのも頷けることでしょう」
「なんということだ……」
ミュルダール軍務省長官がため息混じりにつぶやいた。
ノアは指を組み合わせ、黙ったままうつむいている。他の多くの高官はみな一様に、眉間にしわを寄せて腕組みをしていた。
「わが国にとって悲しむべき事態ですが、アウグスティン様の殺害犯は、亡くなったと思われていたリースベット様ということになります」
「しかし宰相、……いや」
「なにか疑問がおありですかな、ノア王子」
ノアは立ち上がって発言しようとしたが、すぐに口ごもった。
オーリーンの姿を見たフォッシェル典礼省長官がつぶやく。フォッシェルはその威容に心当たりがあった。
エイデシュテットはネレムの左側に立つようオーリーンに指示し、碧潭の間全体をゆっくり見渡してから口を開いた。
「まず、ノア王子の疑念を否定した理由について、ご説明しましょうかな」
「宰相閣下、それが本件と関係あることなのですか?」
「大いに。……まずこのオーリーンは、今を去ること半年ほど前になりますかな、ノルドグレーンへの物資輸送隊の護衛を務めていた傭兵です。間違いないな?」
「そうです。俺は……護衛には失敗しちまいましたが」
「よい。今はその責を問うているのではない」
度重なる輸送の失敗に業を煮やした典礼省が、万全を期して白羽の矢を立てたのが、ヘルストランド屈指の傭兵として名高い“両断のオーリーン”だった。
「この者は貢……輸送品を略奪せんとする山賊どもと戦いました。その際に剣を交えた女山賊とは、これに相違ないな?」
エイデシュテットはそう言って、オーリーンに羊皮紙を開いて見せた。
「間違いありません。山賊にしちゃ大した別嬪だった……」
「宰相、それは……?」
「これは人相書。リースベット王女の肖像画から起こしたものです。列席の方々にも見ていただきましょうかな」
ノアは臓腑が締め付けられるような不快感を覚えた。
前日ブリクストから、エイデシュテットにリースベットの人相書きを見せられた旨の報告を受けていたことを思い出す。腹の底で渦巻いていた不安が、形を持って眼前に現れたのだ。
エイデシュテットが階段を登り、被告人席を見下ろす高官たちの席へとやってきた。
「これは確かに……まさしくリースベット様のお姿だ」
「なんと、おいたわしや……」
その人相書は、ノアが見てもほぼ正確にリースベットの姿を描いていた。髪型が僅かに違うが、この場でそのことを知るのはノアとオーリーンだけだ。
「おお……リースベット」
人相書を見たヴィルヘルム三世が懐古のうめき声をあげた。
その声にどれほど親愛の情が込められているのかは、血を分けたノアですらも分からない。
ヴィルヘルム三世を含む関係者全員が人相書きに目を通し終えた。エイデシュテットが被告人席に戻り、ふたたび陳述を始める。
「斯様に、……本来喜ぶべきことではあるが、リースベット様は存命であることが証明されました。そしてもう一つ。アウグスティン様の殺害犯は手練れということでしたが……オーリーン、剣を交えたそなたなら知っておろう」
「ああ、何しろ俺が負けて、部下も三人やられました。それも一瞬で。相手がリーパーと知ってりゃ、倍の金を積まれたって手は出さなかったんだが」
オーリンはそう言いながら股間のあたりをさすっている。
「リーパー……」
「左様、わが国の近衛兵にしかおらぬはずの、あのリーパーです。歴戦の傭兵を打ち負かすほどの強さというのも頷けることでしょう」
「なんということだ……」
ミュルダール軍務省長官がため息混じりにつぶやいた。
ノアは指を組み合わせ、黙ったままうつむいている。他の多くの高官はみな一様に、眉間にしわを寄せて腕組みをしていた。
「わが国にとって悲しむべき事態ですが、アウグスティン様の殺害犯は、亡くなったと思われていたリースベット様ということになります」
「しかし宰相、……いや」
「なにか疑問がおありですかな、ノア王子」
ノアは立ち上がって発言しようとしたが、すぐに口ごもった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
今日から護衛と言われても。~元婚約者に、騎士として仕えることになりました。
みこと。
ファンタジー
「クラリス嬢! きみとの婚約は破棄する!」高らかに宣言した第一王子アルヴィン。けれどもあれよあれよと転落し、気付けば自分が捨てた令嬢クラリスに、護衛騎士として雇われる羽目に。
この境遇には耐えられない! よりにもよってアルヴィンは、自分の意識と記憶を一部放棄、代わりに務めるのは新しく生まれた人格で──。
"孤高の冷酷王子"という噂とはまるで違う、有能でフレンドリーな新・アルヴィンに、同僚の騎士たちは「王子の身代わりが来た」と勘違い。弟王子はクラリス嬢に求婚しに来るし、狩猟祭ではハプニング。
果たして最後に勝利を収めるのは誰? そしてアルヴィンが封じた記憶に潜む秘密とは?
真の敵を排除して、王子と婚約者が幸せになるお話!
※本編(全5話)。
※同タイトルを「小説家になろう」様「カクヨム」様でも公開しています。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
魔術師セナリアンの憂いごと
野村にれ
ファンタジー
エメラルダ王国。優秀な魔術師が多く、大陸から少し離れた場所にある島国である。
偉大なる魔術師であったシャーロット・マクレガーが災い、争いを防ぎ、魔力による弊害を律し、国の礎を作ったとされている。
シャーロットは王家に忠誠を、王家はシャーロットに忠誠を誓い、この国は栄えていった。
現在は魔力が無い者でも、生活や移動するのに便利な魔道具もあり、移住したい国でも挙げられるほどになった。
ルージエ侯爵家の次女・セナリアンは恵まれた人生だと多くの人は言うだろう。
公爵家に嫁ぎ、あまり表舞台に出る質では無かったが、経営や商品開発にも尽力した。
魔術師としても優秀であったようだが、それはただの一端でしかなかったことは、没後に判明することになる。
厄介ごとに溜息を付き、憂鬱だと文句を言いながら、日々生きていたことをほとんど知ることのないままである。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました
下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。
そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。
自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。
そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。
小説家になろう様でも投稿しています。
勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。
グラティールの公爵令嬢
てるゆーぬ(旧名:てるゆ)
ファンタジー
ファンタジーランキング1位を達成しました!女主人公のゲーム異世界転生(主人公は恋愛しません)
ゲーム知識でレアアイテムをゲットしてチート無双、ざまぁ要素、島でスローライフなど、やりたい放題の異世界ライフを楽しむ。
苦戦展開ナシ。ほのぼのストーリーでストレスフリー。
錬金術要素アリ。クラフトチートで、ものづくりを楽しみます。
グルメ要素アリ。お酒、魔物肉、サバイバル飯など充実。
上述の通り、主人公は恋愛しません。途中、婚約されるシーンがありますが婚約破棄に持ち込みます。主人公のルチルは生涯にわたって独身を貫くストーリーです。
広大な異世界ワールドを旅する物語です。冒険にも出ますし、海を渡ったりもします。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
異世界漂流者ハーレム奇譚 ─望んでるわけでもなく目指してるわけでもないのに増えていくのは仕様です─
虹音 雪娜
ファンタジー
単身赴任中の派遣SE、遊佐尚斗は、ある日目が覚めると森の中に。
直感と感覚で現実世界での人生が終わり異世界に転生したことを知ると、元々異世界ものと呼ばれるジャンルが好きだった尚斗は、それで知り得たことを元に異世界もの定番のチートがあること、若返りしていることが分かり、今度こそ悔いの無いようこの異世界で第二の人生を歩むことを決意。
転生した世界には、尚斗の他にも既に転生、転移、召喚されている人がおり、この世界では総じて『漂流者』と呼ばれていた。
流れ着いたばかりの尚斗は運良くこの世界の人達に受け入れられて、異世界もので憧れていた冒険者としてやっていくことを決める。
そこで3人の獣人の姫達─シータ、マール、アーネと出会い、冒険者パーティーを組む事になったが、何故か事を起こす度周りに異性が増えていき…。
本人の意志とは無関係で勝手にハーレムメンバーとして増えていく異性達(現在31.5人)とあれやこれやありながら冒険者として異世界を過ごしていく日常(稀にエッチとシリアス含む)を綴るお話です。
※横書きベースで書いているので、縦読みにするとおかしな部分もあるかと思いますがご容赦を。
※纏めて書いたものを話数分割しているので、違和感を覚える部分もあるかと思いますがご容赦を(一話4000〜6000文字程度)。
※基本的にのんびりまったり進行です(会話率6割程度)。
※小説家になろう様に同タイトルで投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる