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落日の序曲

8 暗躍 3

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「あの野蛮人め、慣れぬを切りおって」
 夜半になって、エイデシュテットは私邸に戻っていた。二階の自室で、怒りに任せて人相書きを破り捨てようとしたが、羊皮紙は思いのほか頑丈だったため断念した。
「あの驚きよう、ブリクストは知っている。おそらくリースベットと戦って顔を見ているはずじゃ。ならばなぜ、その事実を隠すのか……」
 エイデシュテットは床のラグに描かれた幾何学きかがく模様の上を歩き回りながら、細い顎に手を当てて状況を整理している。
「まあよい、今はその事実だけで充分だ。それよりも先に……」
 エイデシュテットが考えをまとめようと机に向かうと、窓を二度叩く音がした。
 老宰相は机の引き出しから小さな革袋を取り出し、怪しむ様子もなく窓辺に歩み寄る。
「よう旦那、しっかり伝えてきたぜ」
 開け放たれた窓外の僅かなひさしに腰掛けた小男が、しゃがれ声で挨拶した。数時前までフェルディンたちと共にいた、軽業師ロブネルだ。
「来たか……様子はどうであった?」
「野郎、ずいぶん乗り気なようだぜ。自腹でカネ払ってでもやるつもりだ」
「よし、まずは撒いた餌に寄ってきたな。これからも監視を続け、計画通り山賊どもの元へ行ったら改めて報告せよ。そこまで行ってようやく、この狩りは成功じゃ」
 エイデシュテットはそう言って、ロブネルに革袋を手渡した。
「ヘヘ……コイツよ……」
「あまり一度に使いすぎぬことだ」
「わかってるって」
 ロブネルは庇から飛び降り、木々を渡る小猿のように跳躍しながら夜の闇へと消えた。
 渡した革袋の中には数枚の金貨と、乾燥させた特殊な植物の葉が入っている。
 これは強い幻覚作用があり、ふだんは敵対している三国が共同で流通を摘発したほどの薬物だった。
 エイデシュテットは窓を閉め、ふたたび机に向かった。その顔はずいぶん満足げだ。
「……リースベットの名を聞いて以後すすめていた計画が、思いがけぬ結果を生むやもしれんな」
 エイデシュテットの陰湿な笑みが窓ガラスに映る。
 伝達者エンロートから女山賊の名を聞いたエイデシュテットは、はじめリースベットが復讐に来ることを危惧きぐしていた。そのためロブネルを使い、山賊団を弱体化、あるいはリースベットを暗殺する策を巡らせていたのだ。
 だが状況は変わった。彼女がアウグスティンの暗殺犯であれば、大規模な討伐軍を動かす大義名分になる。そうなれば、リースベットの排除という目的を達するのはより容易だ。
 さらに、ノアとリースベットが結託けったくしていたなら、あるいはそのように事実を作れたなら、ノアを失脚させることさえ可能だ。そののち、彼の姉のフリーダとノルドグレーンの有力者を結婚させることで、リードホルムを傀儡かいらい国とする計画も完成する。
 エイデシュテットにとってリースベット存在は、アウグスティンという有力な手駒を失った痛手を補う鍵となりつつあった。
「今のリースベットを見た者は、他にもおったはずだ。たしか奴の前に、荷物の護衛に付けた傭兵が……」
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