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落日の序曲
7 暗躍 2
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軍務省から兵舎に戻ったブリクストを、意外な人物が待ち受けていた。
「ブリクスト隊長、先日は済まないことをしたな」
「エイデシュテット宰相閣下……」
「各々立場もあろうが、詫びるべき非はこちらにあるかと思ってな」
「……これは、もったいなきお言葉」
「そう言ってくれるか」
エイデシュテットの真意を訝りつつ、ブリクストは形ばかりは慇懃に応じた。老宰相は右手に紐で円めた小さな羊皮紙を持っている。
「疲れて戻ったばかりであろう、部下とともにこれで体を温めるがよい」
エイデシュテットの背後に控えていた兵士が、ブリクストの前に木箱を置いた。中には数本のワインが入っている。
スパイスで風味付けされた赤ワインは確かに体が温まり、ときどき雪のちらつく十月のリードホルムでは貴重な飲み物だ。
「こ、これは……」
「安心せい、毒など入っておらぬ」
ブリクストの不信を予期したようにエイデシュテットが笑ってみせた。
「それと、一つそなたに聞きたいことがあってな」
エイデシュテットはそう言いながら羊皮紙を開き、ブリクストに差し出した。
「この顔に見覚えはないか?」
ブリクストは驚き目を見開いた。そこに描かれていたのは、つい数日前に実情を知ったばかりの女山賊、リースベットの人相書きだった。名前こそ記されていないが、見間違えようもないほど正確に描かれている。
「……いえ、このような女は……」
「よく見てみるがいい」
エイデシュテットの表情を伺う。
――この状況下でリースベット様の人相書など見せてくる以上、この男もある程度は事情を知っているはずだ。だがこれは、山賊の首領としての人相書なのか、それとも亡くなられたリースベット王女の人相書なのか? エイデシュテットにどのような意図があるにせよ、正直に答えては藪蛇だろう。
「……申し訳ないが、記憶にない。人の顔はよく見ない質でしてな」
「そうか。残念だ」
「我ら軍人が見る顔とは、多くはこれから殺すべき者の顔。いちいち覚えていると剣が鈍りますゆえ」
ブリクストは一瞬、鋭い眼光でエイデシュテットを睨みつける。その迫力にたじろぐ老宰相に頭を下げると、踵を返してその前から足早に立ち去った。
一介の中隊長が一国の宰相に対するには明らかに礼を失した態度だったが、お互いにそれ以外のことに気を取られている。
――これはノア様に報告すべきだろう。……だが報告したとして、一体何ができる? エイデシュテットは人相書きをリースベット様だとは言わなかった。では、その意図がアウグスティン殺害の真犯人をつきとめ、真実を公表することだったとしよう。それが成された状況下で、リースベット様の行いを擁護することなど不可能だ。そんなことをしてはノア様の未来が潰える。
ブリクストは焦りと戸惑いに心をざわつかせながら、兵舎内の自室へと向かった。
「ブリクスト隊長、先日は済まないことをしたな」
「エイデシュテット宰相閣下……」
「各々立場もあろうが、詫びるべき非はこちらにあるかと思ってな」
「……これは、もったいなきお言葉」
「そう言ってくれるか」
エイデシュテットの真意を訝りつつ、ブリクストは形ばかりは慇懃に応じた。老宰相は右手に紐で円めた小さな羊皮紙を持っている。
「疲れて戻ったばかりであろう、部下とともにこれで体を温めるがよい」
エイデシュテットの背後に控えていた兵士が、ブリクストの前に木箱を置いた。中には数本のワインが入っている。
スパイスで風味付けされた赤ワインは確かに体が温まり、ときどき雪のちらつく十月のリードホルムでは貴重な飲み物だ。
「こ、これは……」
「安心せい、毒など入っておらぬ」
ブリクストの不信を予期したようにエイデシュテットが笑ってみせた。
「それと、一つそなたに聞きたいことがあってな」
エイデシュテットはそう言いながら羊皮紙を開き、ブリクストに差し出した。
「この顔に見覚えはないか?」
ブリクストは驚き目を見開いた。そこに描かれていたのは、つい数日前に実情を知ったばかりの女山賊、リースベットの人相書きだった。名前こそ記されていないが、見間違えようもないほど正確に描かれている。
「……いえ、このような女は……」
「よく見てみるがいい」
エイデシュテットの表情を伺う。
――この状況下でリースベット様の人相書など見せてくる以上、この男もある程度は事情を知っているはずだ。だがこれは、山賊の首領としての人相書なのか、それとも亡くなられたリースベット王女の人相書なのか? エイデシュテットにどのような意図があるにせよ、正直に答えては藪蛇だろう。
「……申し訳ないが、記憶にない。人の顔はよく見ない質でしてな」
「そうか。残念だ」
「我ら軍人が見る顔とは、多くはこれから殺すべき者の顔。いちいち覚えていると剣が鈍りますゆえ」
ブリクストは一瞬、鋭い眼光でエイデシュテットを睨みつける。その迫力にたじろぐ老宰相に頭を下げると、踵を返してその前から足早に立ち去った。
一介の中隊長が一国の宰相に対するには明らかに礼を失した態度だったが、お互いにそれ以外のことに気を取られている。
――これはノア様に報告すべきだろう。……だが報告したとして、一体何ができる? エイデシュテットは人相書きをリースベット様だとは言わなかった。では、その意図がアウグスティン殺害の真犯人をつきとめ、真実を公表することだったとしよう。それが成された状況下で、リースベット様の行いを擁護することなど不可能だ。そんなことをしてはノア様の未来が潰える。
ブリクストは焦りと戸惑いに心をざわつかせながら、兵舎内の自室へと向かった。
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