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落日の序曲

3 謀略の渦 3

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弑逆しいぎゃく者は王たる資格を失いますが、さいわいながらあれはただの囚人による事故です」
 ミュルダールは事件のあらましと国葬の日取りなどをノアたちに説明したあと、そう言い残して会議室を後にした。
 説明の合間合間には、自身の地位についての要求を幾つか述べていた。ノアが王位についた後へ向けた要求だ。
「流石に肝が冷えましたぞノア様。我らも神掛けて潔白とは言えぬ身ゆえ」
「まったくだな。ミュルダール軍務長官が来なければ、もっと面倒な事態になっていただろう」
「長官に借りができましたな。いささか悋気りんきの多いお方ではありますが……」
「構わんさ。この混乱に乗じて、王国を掌握せんとするような考えを持っていないだけで充分だ」
 何かにつけ気をもむブリクストに対し、ノアはどこかあっけらかんとしている。
 これは豪胆とか器が大きいなどという個人の資質よりも、王国内にノア派の人脈を強固に築いていることからくる自信だった。
 己の無力さに歯噛みした四年前から、彼は政治的地盤を固め、さらにはカッセル王国の有力貴族とも親交を深め、ノルドグレーンに対抗する力を蓄え続けている。両国間で結ばれていた休戦協定が、ノアの尽力によって正式な終戦となる日も近付きつつあった。
 今回の事件にしても、エイデシュテットの包囲さえ切り抜けられれば、いずれかの勢力下に一時退避して捲土重来けんどちょうらいを図れる、という確信があったのだ。
「気がかりは引き続き、エイデシュテットのほうでしょう」
「長官の言うように、あの男が執務室で大人しくしていると思うか?」
「それはいささか楽観が過ぎますな」
「同感だ。こうしている間にも、なにか別の手を考えているだろう。今度は父上にでも取り入るつもりかもな」
 この予測そのものは正しかったが、エイデシュテットの目的が途中から変容したことにノアは気付けなかった。彼はある段階から、ノルドグレーンの国益よりも自己の命の方を優先していたのだ。
「あるいは、ノア様と手を結ばんとするやも知れませぬ」
「あり得る話だ」
「エイデシュテット……わが国に食い入る螟虫ずいむしめ」
 ブリクストは苦虫を噛み潰したような顔で言い捨てた。
「それにしてもノア様、この一件というのは……」
「おそらく、リースが絡んでいるのだろうな」
「何故、このようなことに」
 ノアはしばし沈思黙考ちんしもっこうした。
 リースベットにとって、アウグスティンが殺したいほど憎い相手だったとしても不思議はない。だが彼女の力なら、そうしたければもっと早い段階で、実行することは難しくなかったはずだ。
「兄上が殺された場所は、牢獄に繋がる悪趣味な拷問室だったという。では、偶発的な事故だったのではないか?」
「……確かに。長官の話を伺う限り、あまりの非道。私が居合わせても同じようにするやも知れませぬ」
 ブリクストの言葉を聞いて、ノアが表情を崩した。
「ブリクスト、今の言葉は聞かなかったことにしておこう」
「さすがに血気が過ぎましたかな」
 二人は声に出さず笑いあった。
「なんにせよ、過ぎたことだ」
「次の手を考えねばなりませぬな」
「いずれ形を変え、私がやっていたかも知れないことだ。それをリースが、自らの手でやってくれたのだ……」
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