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落日の序曲

1 謀略の渦

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 秋の深まった十月下旬のリードホルムはすっかり肌寒く、ノアがヘルストランドに到着した前日の深夜には雪がちらついていた。その雪は夜明けとともに雨に変わった。
 馬車の外にいるブリクストほか一部の兵士は革の外套がいとうを被り、鎧の下に毛皮の防寒具を着込んでいるほどだ。そんな格好でも暑苦しいどころか、少し肌寒さを覚えるほど冷たい秋雨だった。
「ブリクスト、城下の様子がおかしくないか?」
 ノアは出発前と比べ、街の雰囲気が一変していることに気がついた。
「確かに……往来に民の姿が少なすぎます。雨のせいだけとも思えませぬな」
「何かあったか……」
 たとえ雨が降っても人々には日々の生活がある。買い物や仕事のために出歩く者は少なくないのだが、今はその姿が非常にまばらだった。
 ノアはリースベットの別れ際の表情を思い出していた。彼女は悲しげで、自嘲じちょう諦念ていねんの混じった、複雑な笑顔をつくっていた。
 薄暗い曇り空に遠雷が響く中、ノアに随行する六台の馬車はヘルストランド城の城門にたどり着いた。
 跳ね橋を渡り衛兵が正門を開けると、そこには幾人もの兵士が待ち構えていた。帰還を歓迎しているようには見えない。ノアの警護にあたっているブリクスト以下特別奇襲隊の兵員たちは身構え、当のノアも馬車の中で腰のベルトに剣を差した。
「お待ちしておりましたぞ、ノア王子。ながの旅路でお疲れでありましょうが……」
 兵たちの人垣の間から、部下の差す雨傘に守られたエイデシュテット宰相が姿を現した。ノアは馬車から降りてそれに応じる。
「エイデシュテット……これは一体、どういう風の吹き回しだ?」
「ノア王子、アウグスティン様暗殺の罪により、その身を拘束いたします」
「何?! 今なんと言った?!」
「これは異なことをノア王子……カッセルに通じるクロンクヴィストの失踪、そしてアウグスティン様の死去……いずれもカッセルに縁の深いあなたにこそ利のあること」
「兄上が……」
 突然のことに呆然とするノアの前に、憤懣ふんまんを抑えきれないブリクストが進み出た。
「世迷い言を! 王子は今の今まで留守にしていたのだぞ。それでどうして暗殺などできようか」
「三下が出しゃばるでないわ! 下手人は手練れの者だったと聞いておる。おおかた貴様の部下の中から選ばれたのではないか?」
「い、言いがかりを!」
 ノアの擁護に立ったブリクストを、エイデシュテットは愚弄ぐろうするように挑発した。その言葉に特別奇襲隊の隊員たちが色めき立つ。エイデシュテットを囲む内務省直属部隊も対抗心をあらわにしたが、戸惑っている様子の兵も目立ち、足並みは揃っていないようだ。
「身に覚えのない罪を認めることはできない。エイデシュテット、私が首謀者だと言うなら然るべき証拠を示せ」
「あなた以外に、アウグスティン様の死によって利益を得るものはいないのですぞ。王都を同族の血で汚す愚を犯しますな」
「貴様こそ妄想に基づいた愚行を改めよ」
「おのれ! ……強情なお方だ。やむを得ませんな」
 特別奇襲隊と内務省直属部隊は、一触即発の緊張状態に陥った。だが兵員個々の練度はともかく、ブリクストたちは総数わずか二十名ほどの上、その多くは跳ね橋の上にいる。それに対し直属部隊は百名以上の数を揃えていた。数の上でも地形の上でも分が悪い。
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