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絶望の檻

23 血の桎梏

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 イェネストレームの街を越えたリースベットたち四人は、カッセル王国の所領と言ってよい土地に差し掛かっていた。地方都市には大脱獄とアウグスティン急死のしらせはまだ届いておらず、街は平穏そのものだった。
 初夏の空気にゆらめく山道の向こうに、対向する数台の馬車が見えてきた。先頭の馬車は黒塗りの飾り馬車で、それ以外は大型のほろ馬車だ。御者席のユーホルトが目を細め、その車列を凝視ぎょうしする。
「おい、ありゃあまさか……」
 山賊たちの中でも指折りの視力を持つユーホルトが最初に驚きの声を上げ、馬車を止めた。異変に気付いた馬車席の三人も様子をうかがう。その御者の姿にリースベットは身を強張らせ、エーベルゴードは声を弾ませ馬車を降りた。
「あの方は我らの味方だ。ブリクスト殿!」
「おい、待て!」
 ユーホルトが遠目で見た御者の姿は、かつてリースベットと剣を交えたリードホルム特別奇襲隊のトマス・ブリクストだった。
 エーベルゴードはユーホルトの静止も聞かず、黒塗りの馬車へ駆け寄った。指示があればすぐに背中の弓矢でエーベルゴードを撃ち抜く気構えでいたユーホルトだったが、リースベットは硬直したまま動かない。
頭領カシラ、ありゃ前に戦った奴らだ」
「面倒なことになったな。味方だとか言ってたが……どうする?」
「……あたしが話をつける。手は出すな」
「おい大丈夫か」
 リースベットは腰のククリナイフオスカをバックマンに預け、馬車を降りた。
――ああ、また過去だ。過去が押し寄せてきて、あたしを押し戻そうとする。もう遅いっていうのに。
 駆け寄ってくる男がエーベルゴードだと気付いたブリクストは車列を止め、馬車から降りて出迎えた。
「これは……エーベルゴード様! よくぞご無事で」
「あの方々に救い出されたのだ」
「ほう、あちらの……!」
 ゆっくりと歩いてくるリースベットの姿を認め、ブリクストは腰の剣を確かめて身構えた。
「エーベルゴードだと……?」
 馬車の中から涼やかな男の声がした。その声はリースベットが危惧きぐしていた、ほんとうは彼女が最も聞きたかった声だ。
「お待ち下さい、ノア様」
「おお、ノア王子が乗っておられるのか」
 ノアの降車をとどめたブリクストは歩を進め、リースベットの前に立ちはだかった。
「よう、また会ったな」
「貴様はいつぞやの山賊だな。どういう風の吹き回しだ?」
「そいつはこっちの台詞だ。その男はカッセルの間諜かんちょうだぜ。それが何で味方なんだ?」
「答える必要を認めん」
 ブリクストは剣の柄に手をかける。
「そう息巻きなさんな。こっちは丸腰だ」
「ブリクスト、一体何があった?」
 馬車の扉を開けて顔を出したノアの目に、ブリクストの背中と彼に対峙するリースベットの姿が飛び込んできた。
「リースベット……」
 ノアの口から出た思いもよらぬ人物の名に驚き、ブリクストが振り返った。名を呼ばれた当人は顔を伏せ、が悪そうに立ち尽くしている。
「ノア様、今なんと……?」
「ブリクスト、その女性はリースベット、四年前に行方不明になった、私の妹のリースベットだ」
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