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絶望の檻
20 逃亡者たち 3
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「急ぐんでな。詳しい話は、道すがら馬車ん中でうちの副長から聞きな」
リースベットは格子扉に合う鍵を探しながら説明し、有無を言わせず牢を開ける。エーベルゴードはまだ事態を飲み込めていないようだが、それでも扉をくぐって外へ出た。
「貴族なんざいけ好かねえが、この国に楯突いてるってのは見所がある」
「……君たちは一体何者なんだ?」
「リードホルムに喧嘩売ってる、ただの山賊だよ。とりあえず利害は一致してんだろ?」
「ただの山賊、という割には身なりがしっかりしているな。事情もよく知っている」
「へえ、なかなか目ざといな」
リースベットたちは、山道で旅人を襲う盗賊一般と比べれば、小綺麗な上着や手入れのされた革コートなどを着ていた。この点はエーベルゴードの態度を軟化させる一因となっているようだ。
「出してくれるのは感謝するが、パルムグレンは遠い。さっき生きたままカッセルへ帰ると言ったが……」
「町外れに馬車を用意してるんです」
「てことだ。さあ、こんな場所にゃ長居はしたくねえだろ」
リースベットが出口を顎で示し、先を急ぐよう促した。
三人はリースベットを先頭に出口へと向かうが、エーベルゴードの脚が遅い。リーパーの二人は速度を抑えているつもりだったが、エーベルゴードは足にぼろ布を巻いただけで靴を履いていなかった。
「すまない、うまく走れないんだ」
「靴なんか用意してねえが……これじゃ先が思いやられるな。ちょっと待ってろ」
リースベットはそう言って通路を左に曲がり、すぐに革のブーツを持って戻ってきた。
「それ、さっき縛られてた看守の……?」
「まだ寝てやがったから楽だったぜ。この際だ、多少のことは我慢しろ」
「ああ、あるだけでありがたい」
「……それと、もう一つヤボ用が残ってた。出口で待っててくれ」
エーベルゴードがブーツを履くよりも先に、リースベットは出入り口近くの通路を左に入っていった。そこは監獄に入って最初に話を聞いた囚人の牢だ。
「よう、いい子にしてたか?」
「……本当に戻ってきやがった!」
「さて、約束通り出してやるが、ひとつ条件がある」
「な、何だ」
囚人の男に見えるように、リースベットは鍵束を指先で回した。男は長い眉毛に隠れそうな目を丸くする。
「こいつで他の連中も出してやれ。あたしらはあんまり時間がなくてな」
「……分かった」
「口約束だけで抜け駆けしようとなんてするなよ?」
「するかよ! 俺ら盗賊の世間は狭いんだ。恨み買ったら必ず仕返しが来る」
「いい風習だ」
リースベットは格子扉を開け、男に鍵束を投げ渡した。
「恩に着るぜ。あんた、名前は?」
「あー……悪いが名前は明かせねえ。街を縄張りにはしてねえ、ってことだけ言っとく」
「そうかい、なら安心だな。俺は“蜘蛛の同胞団”のトーシュだ。じゃあな」
ヘルストランドに住む者の多くが耳にしたことのある盗賊組織の名を告げ、トーシュは通路の奥へと駆けてゆく。リースベットはトーシュが隣の牢を開けた姿を認めると踵を返し、アウロラたちの待つ出口へと向かった。
この七月二日の大脱獄事件は、ごく僅かな間、ヘルストランドで語り種となった。より衝撃的な、王位継承者の変死という話題がノルドグレーンまでも席巻するまでは――
リースベットは格子扉に合う鍵を探しながら説明し、有無を言わせず牢を開ける。エーベルゴードはまだ事態を飲み込めていないようだが、それでも扉をくぐって外へ出た。
「貴族なんざいけ好かねえが、この国に楯突いてるってのは見所がある」
「……君たちは一体何者なんだ?」
「リードホルムに喧嘩売ってる、ただの山賊だよ。とりあえず利害は一致してんだろ?」
「ただの山賊、という割には身なりがしっかりしているな。事情もよく知っている」
「へえ、なかなか目ざといな」
リースベットたちは、山道で旅人を襲う盗賊一般と比べれば、小綺麗な上着や手入れのされた革コートなどを着ていた。この点はエーベルゴードの態度を軟化させる一因となっているようだ。
「出してくれるのは感謝するが、パルムグレンは遠い。さっき生きたままカッセルへ帰ると言ったが……」
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リースベットが出口を顎で示し、先を急ぐよう促した。
三人はリースベットを先頭に出口へと向かうが、エーベルゴードの脚が遅い。リーパーの二人は速度を抑えているつもりだったが、エーベルゴードは足にぼろ布を巻いただけで靴を履いていなかった。
「すまない、うまく走れないんだ」
「靴なんか用意してねえが……これじゃ先が思いやられるな。ちょっと待ってろ」
リースベットはそう言って通路を左に曲がり、すぐに革のブーツを持って戻ってきた。
「それ、さっき縛られてた看守の……?」
「まだ寝てやがったから楽だったぜ。この際だ、多少のことは我慢しろ」
「ああ、あるだけでありがたい」
「……それと、もう一つヤボ用が残ってた。出口で待っててくれ」
エーベルゴードがブーツを履くよりも先に、リースベットは出入り口近くの通路を左に入っていった。そこは監獄に入って最初に話を聞いた囚人の牢だ。
「よう、いい子にしてたか?」
「……本当に戻ってきやがった!」
「さて、約束通り出してやるが、ひとつ条件がある」
「な、何だ」
囚人の男に見えるように、リースベットは鍵束を指先で回した。男は長い眉毛に隠れそうな目を丸くする。
「こいつで他の連中も出してやれ。あたしらはあんまり時間がなくてな」
「……分かった」
「口約束だけで抜け駆けしようとなんてするなよ?」
「するかよ! 俺ら盗賊の世間は狭いんだ。恨み買ったら必ず仕返しが来る」
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リースベットは格子扉を開け、男に鍵束を投げ渡した。
「恩に着るぜ。あんた、名前は?」
「あー……悪いが名前は明かせねえ。街を縄張りにはしてねえ、ってことだけ言っとく」
「そうかい、なら安心だな。俺は“蜘蛛の同胞団”のトーシュだ。じゃあな」
ヘルストランドに住む者の多くが耳にしたことのある盗賊組織の名を告げ、トーシュは通路の奥へと駆けてゆく。リースベットはトーシュが隣の牢を開けた姿を認めると踵を返し、アウロラたちの待つ出口へと向かった。
この七月二日の大脱獄事件は、ごく僅かな間、ヘルストランドで語り種となった。より衝撃的な、王位継承者の変死という話題がノルドグレーンまでも席巻するまでは――
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