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絶望の檻

14 悪夢の扉

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「おい起きろ、聞きたいことがある」
 牢の鉄格子をククリナイフオスカの刀身でノックしながら、リースベットは声をひそめて一人目の囚人を呼んだ。囚人の男は薄汚れた貫頭衣かんとういと丈の短いズボンを履き、粗末な木のベッドに寝藁ねわらを敷いて横になっている。幾度目かのノックでようやく気がついたようだ。
「……女の看守か? こんな夜中に」
「そうじゃねえ。なああんた、最近入った新入りがどこの部屋にいるか知らねえか?」
「何だって?」
「おとなしく協力するんなら、こっから出してやってもいい」
 リースベットはそう言って片膝をつき、ロックピックをちらつかせて見せた。男はそれが何をするための道具かすぐ理解したようだ。やつれて落ち窪んだ目を見開き、鉄格子に駆け寄ってくる。
「お、おい。そりゃ本当か!」
「あたしらが目当ての客を見つけた後でな。先に見つかって衛兵の呼び水になったら敵わねえ」
「脱獄か……最近なら、ひと月くらい前か、やけに往生際の悪い若いのが連れてこられてたが」
「そいつは何か言ってたか?」
「カッセルがどうとか騒いでたな」
「いいね、有力情報だ」
「お前まさか敵国の……!」
「……仮にそうそうだったとして、てめえこんな国に忠義立てでもするつもりか?」
 不機嫌そうに立ち上がったリースベットは、塵芥じんかいにまみれた土牢つちろうの惨状を顎で示した。
「ま、まあそうだが……。ああ、そいつはもっと奥に連れて行かれた。詳しい場所までは知らねえが、四本以上先の通路なのは間違いねえ。そこまではこの目で見えた」
「上々だ。大人しくしてりゃ、帰りのついでにここも開けてやるよ」
「頼むぜ。もう何年も日の光を見てねえんだ」
 鉄格子にしがみついて懇願する男にひらひらと手を振り、リースベットはきびすを返す。中央通路を挟んだ向こう側からは、ちょうどアウロラが戻ってきたところだった。
「よう、そっちは何か分かったか?」
「人の入ってる牢屋がほとんどなくて……一つだけ、奥に行けば行くほど、罪の重い人が捕まっているんだって」
「なるほどな……となるとやっぱり、目当ての次男坊はそれなりに重要人物だって扱いを受けてるわけか」
「場所はわかったの?」
「いいや。ここより通路四本以上奥の牢屋だ、ってだけだ」
「じゃあ、途中は飛ばして行ったほうが良いのね」
「てことだ。先を急ぐぞ」
 二人は足早に中央通路を進み、途中でまた二手に分かれた。

 リースベットはなんの成果もなく通路一本分の聞き込みを終え、なにか揉めている様子のアウロラを尻目に次の通路に足を踏み入れた。その視線の先、通路の向こうに二つの人影を見つけ、咄嗟とっさに引き返して身を隠す。壁から身を乗り出して様子をうかがうと、どうやら人影の一方は太った看守の男、他方は手かせと足枷を嵌められた女の囚人のようだ。
「見張りは他にもいるんじゃねえか……フカシやがったなさっきの酔っ払い」
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