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絶望の檻

12 地下監獄

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「さあ、緊張の一瞬だな。頼むぜ」
 ヘルストランド地下監獄の扉の前で、リースベットは鍵穴にロックピックを差し込みながら声をひそめてアウロラを呼んだ。鉄製の留め金が外れる感触を手に感じ、開いた扉の隙間からアウロラが影のように滑りこむ。屋内にいるはずの看守を迅速に打ち倒すのがアウロラの役目だった。彼女の手際ならば間髪入れずに看守の悲鳴が聞こえてくる――リースベットはそう予測していたのだが、変わらぬ静寂が続いている。
「どうしたアウロラ」
「……見てよ、これ」
 呆れ顔のアウロラが鎚鉾メイスで指し示したのは、酒瓶とともにテーブルに突っ伏している看守らしき男だった。狭い室内には麻袋や本の置かれた簡素な木棚、壁にかけられたリードホルムの軍旗が見える。奥にはもうひとつ扉があり、どうやらそちらが牢獄に繋がっているようだ。
「なんてザマだ。……まあ好都合っちゃあ好都合だ、このままふん縛っちまえ」
 リースベットは革のバッグからロープを取り出し、盛大にいびきをかく男の手足を縛った。男は途中で目を覚ましたが、刃物を突きつけると抵抗の意思は全く示さなかった。
「おい酔っ払い、お前の他に何人見張りがいる」
「お……俺一人だ」
「一人……羊飼ってんじゃねえんだぞ? 仮にもここは王都の監獄だ」
「昼間は何人かいるが、夜は鍵を締めてる。……どうせ囚人共も寝てるだけだ」
「そうかい、じゃあ、その扉の鍵はどこだ?」
「持ってない」
「こっちは急いでんだ。嘘を続けるなら、もう永遠に酒は飲めねえぞ?」
「嘘じゃない! 疑うんだったら部屋中探してみろ」
「……めんどくせえ。あたしがやっちまうか」
 リースベットは侵入時と同じように扉をこじ開けてしまおうと考えたが、男はそのつぶやきを違う意味に受け取ったようだ。
「ま、待ってくれ! あの扉の鍵は看守長しか持ってないんだ。看守長は昼間しか来ない……だから俺は、こうして酒を飲んでられる」
「そうかい、そりゃいいご身分だな!」
 リースベットはオスカの柄尻で男の後頭部を殴って昏倒こんとうさせ、手近にあったスカーフで口をふさいで部屋の隅に蹴り飛ばした。
「本当にこんな状態で、なんていうか、重要な人が捕まえられてるの?」
「まったくだ……少し不安になってくるぜ。二年前に暴動があったってのにこのザマとは」
 リースベットは出入り口に向かい、鍵を内側から閉める。部屋の中を見渡し、壁に備え付けられた棚から紐綴ひもとじの本を手にとった。
「よし、どうやらこいつが収監者の名簿だな」
 リースベットは本のページを無作為にめくり、人名が記されている帳簿であることを確認する。ふと顔を上げると、アウロラが名簿を気にしていることに気付いた。
「……あたしは扉をなんとかする。アウロラ、お前はこいつを調べてみろ。どうせあの酔っぱらいに聞いたところで、囚人の名前なんざ覚えてもいねえだろうしな」
「リースベット……」
 手足を縛られた男は、壁際に倒れてぐったりしている。リースベットはアウロラに名簿を手渡した。
「名前はヨアキム・クロンクヴィストのはずだが……身元が割れてりゃフランシス・エーベルゴードと書かれてるかも知れねえ。捕まったのは最近だし、新しいほうのページに載ってんだろ」
「わ、わかったわ」
 リースベットは指先でロックピックをくるくる回しながら、牢獄への扉に向かった。
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