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絶望の檻

10 闇に紛れて

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 リードホルムの王都ヘルストランドは北東の山岳を背に、他の三方を高く堅牢けんろう城塞じょうさいに囲まれている。これは西のノルドグレーン公国、東のカッセル王国に近い立地にあるがゆえの厳重な防護壁だが、敵対していた両国の侵攻を防いできたものはその城壁だけではない。山岳部に位置し南東に巨大なガムラスタン湖をたたえるヘルストランドは、大軍勢での侵攻が難しい天然の要害ようがいでもあるのだ。
 それらを越えて城塞を包囲しても、城門以外には水路や地下道などの小さな侵入口しかなく、軍隊のような大規模集団が攻め入るのは容易なことではない。
「こんなもん着なきゃいけねえのかよ……作戦としちゃ間違ってねえのがムカつくぜ!」
 ヘルストランド城塞の西門から北の、傾斜地を登った岩場の陰で、リースベットはくたびれたドレスを手に悪態あくたいをついていた。付近にある巨木には青鹿毛あおかげの馬が繋がれ、静かに足元の雑草を食んでいる。
「でもリースベット、ヘルストランドの街、ほとんど真っ暗よ」
 ひときわ背の高いアカマツに登り、城塞内部の様子を眺めていたアウロラが意外そうに言った。
 彼女がいっとき盗賊として暮らしていたノルドグレーンの首都ベステルオースは、真夜中でも街の要所には篝火かがりびが焚かれ、松明たいまつを持った衛兵も巡回していたのだ。
 月はときどき雲間から顔を出すがその時間は短く、陰っている間の街は漆黒の闇に包まれる。
「街路の篝火も灯せねえ、か。これじゃ夜盗の天国だぜ」
「そうね……ベステルオースはずいぶんやりにくかったわ。昼間に人混みに紛れたほうがマシだったくらい」
「だろ。夜の明かりってのは、あるだけで犯罪を減らすんだ。それすらケチるってのは、よほど民衆を守るためのカネを使いたくねえのか……」
「嫌な話ね……ところで」
 アカマツの枝からリスのように降りてきたアウロラは、木の根元に無造作に横たわる悪趣味なドレスに目を落とした。
「ああ。そんだけ暗けりゃ、こんなもん着る必要はねえ」
「だいいちスカートじゃ動きにくいじゃないのさ」
「全くだ。ことが終わったらバックマンに突き返してやる」
「バックマンさん細身だから、大きい方だったら着れるんじゃない?」
「……お前も言うようになったな」
 リースベットは先端に鉤爪かぎづめの付いたロープを革のバッグから取り出し、かわりに二着のドレスを押し込んだ。
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