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絶望の檻

8 過去に住む老者

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 翌日、リースベットはアウロラを伴い、山賊団拠点のあらゆる出入り口から最も遠い場所に位置する一室を尋ねた。黒褐色こくかっしょくに塗られた木の扉を開けると、真っ暗な部屋の中央に座った白髪の老人が、顔をリースベットたちに向ける。
「よう長老、元気か」
「おかげでな」
「ミカルがお騒がせしてます」
「気になさるな。あの少年のにぎやかさは、よい無聊ぶりょうの慰めになっておる」
 山賊たちに長老と呼ばれる老人には、左右の目尻にそれぞれ違った形の傷跡があった。その傷がもとで、目は見えていない。顔立ちや口調、立ち居振る舞いに不思議な威厳があり、発する言葉の端々から教養を感じさせる。
 二年ほど前、リードホルムの監獄で起きた暴動の夜にリースベットと出会い、その人柄に興味を持った彼女がティーサンリードに招いたのだった。
「長老、あんたヘルストランドの地下牢に長いこと居たんだろ?」
「懐かしい話だ。長かったな。十九年という年月は」
「十九年……そんなに……」
「その地下牢、ヘルストランドのどの辺にあったかって、覚えてるか?」
「……この目、生まれてからずっと盲ていたわけではないぞ。牢に入った頃はまだ見えていたのだ。片方だけな」
 長老は白い口ひげに隠れた唇の右端をわずかにつり上げた。
「あそこは土牢つちろうだ。ヘルストランド城の地下にあるが、外壁を東側に回り込むと入口がある。牢獄らしく、分厚い木を鉄の板で格子状に補強した、四角の無骨な扉だ」
「よく覚えてるんですね」
「絵も色も、もはや記憶の中にしかないからな。繰り返しそればかり見ているのよ」
「あ……すいません、嫌な思い出なのに」
「なに、儂の過去など気にするな。もとより二十年前に死んでいたはずの身よ」
 長老はそう言って、右手をゆっくりと動かして指先で水差しの位置を確かめ、タンブラーに水を注いだ。ミカルによると、長老は食器を前に置いて一度その配置を確認すると、スプーンを差す位置を間違えることなくきれいに食事を終えるらしい。
「すまんが地下牢内の通路までは分からん。何しろ混乱のさなか、すこし右往左往した程度でな」
「入口の場所さえ分かりゃ十分だ」
「出入り口は他にもあるはずだが、そちらは城内に繋がっている。裁きを受けた罪人を牢に送るための通路だが……わざわざ難儀なんぎな道を選ぶ必要はなかろう」
「東側からの正面突破が最短経路か……」
「……何をするつもりかは聞かん。息災そくさいでな」
「ありがとうございます」
「心配しなさんな、れっきとした人助けだよ」
 アウロラが謝意を示すと、部屋の隅の棚に置かれた麻ひも編みのまるいタペストリーの上で、小さな黒い何かがうごめいた。驚くアウロラをよそに、リースベットは謎の黒い球体にゆっくりと歩み寄る。
「なんだ、昼間あまり姿を見ねえと思ったら、こんなとこで寝てたのか」
「え……?」
「デミだよ」
 その黒い毛玉は、しばしば地下壕内をうろついている姿を見かける、リースベットの飼い猫デミだった。一度起きて背伸びをし、あくびをするとまた体を丸めて眠りにつく。
「ここは静かで人もあまり寄り付かんからな。どうやら気に入ったらしい」
「こいつは気位が高くて、あたしとエサを毎日くれる人間以外には懐かなかったんだがな……」
 リースベットが人差し指で小さな額を撫でると、デミはあごを上げて気持ちよさそうに喉を鳴らした。
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