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過去編・夜へ続く道
13 ささやかな友誼 2
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「……私が言えたことではないが、貴官もなかなかどうして、多様な知見をお持ちのようだ」
「ノルドグレーンには教育があります。私がこうして貴官と話せているのも、その成果と言えるでしょう。むろん、全ての者が受けられるわけではないが」
「そうか……そういえばノア王子から、斯様な彼我の差は聞いていた。……思えば、私が我が国の異常さに気付けたのも、王子から国情についてあれこれ問われてのことだ。それまでは不愉快に思いつつも、当たり前のことだと過ごしていたのだから」
「ほう、あの王子が……」
ダールが丘の上を見上げると折よく陣幕が開き、険しい面持ちのノアが姿を見せた。
「ブリクスト、馬車の準備はできているか」
「御前に」
「如才ないな。助けられてばかりだ」
「もったいなきお言葉にございます」
「ダール隊長、貴官にもずいぶん助けられた。傷の手当てまでしてくれていたようだしな」
「軍人式の粗野な療術にございます。王都にて改めて医師におかかりください」
ノアは目下の山道に馬車があることを見てとると陣屋に戻り、フェルトの布に包まれたリースベットを抱きかかえて坂を下りた。哀れを止める妹は静かな寝息をたてており、幾日かぶりの平穏に身を委ねているようだ。
「すまない、この織物は譲ってくれないか。あとで代わりのものを届けよう」
「どうぞお気になされませぬよう。高貴なお方の身に触れるには、粗末にすぎる代物です」
ノアは他の兵士の手を借りて幌馬車にリースベットを寝かせ、自身も乗り込んだ。ブリクストはその荷台後方の扉を引き上げると、ダールたちに向き直る。
「ダール殿、何から何まで世話になった。貴官らの末永く息災たらんことを!」
ダール率いるノルドグレーン治安維持軍オルヘスタル駐屯部隊の一団は、馬車が橋を渡りきるまで敬礼で見送った。
陣屋の撤収作業が進む中、兵の一人がダールに話しかけた。
「隊長、あのまま帰してしまってよかったのですか?」
「さあな。私の知ったことではない。我らが受けた命令は、リースベット王女の捜索に協力せよ、というものだけだ。お前はなんと考える?」
「橋からこちら側での事件ですので、オルヘスタルの病院にでもお連れすべきだったのでは……」
「なるほど、そういう問題か。ラミレント山の鉱脈などはノルドグレーンの所有だが、それ以外はなにか明確な、領土の線引きがされているわけではないぞ。……そうだな、もし是が非でもこちらで身柄を引き受ける必要があったのならば、それで罰せられるのは、この場にいないマンネルヘイム外務次官補だろう」
ノルドグレーン側のラミレント山とリードホルム側のラルセン山を縫うように流れるミヴァル川には、幾本かの橋が架かっている。しばしばミヴァル川あるいは橋が境界線であるかのように言われるが、両国は特にそういった協定を結んでいるわけではない。
「なるほど。我らが小役人の保身を助ける必要もありませんな」
「さあ、帰るぞ。あの王子から、絹の織物と上物のワインが届けられることを祈ろう」
「隊長、リードホルムはぶどうがあまり育ちません。スナップスのほうが主流ですよ」
「それでも構わん。まかり間違って吟遊詩人の歌でも贈ってこられるよりはましだ」
ワインよりも遥かに酒精のきつい蒸留酒の飲み方について歓談しながら、ダールと部下たちは帰途についた。
「ノルドグレーンには教育があります。私がこうして貴官と話せているのも、その成果と言えるでしょう。むろん、全ての者が受けられるわけではないが」
「そうか……そういえばノア王子から、斯様な彼我の差は聞いていた。……思えば、私が我が国の異常さに気付けたのも、王子から国情についてあれこれ問われてのことだ。それまでは不愉快に思いつつも、当たり前のことだと過ごしていたのだから」
「ほう、あの王子が……」
ダールが丘の上を見上げると折よく陣幕が開き、険しい面持ちのノアが姿を見せた。
「ブリクスト、馬車の準備はできているか」
「御前に」
「如才ないな。助けられてばかりだ」
「もったいなきお言葉にございます」
「ダール隊長、貴官にもずいぶん助けられた。傷の手当てまでしてくれていたようだしな」
「軍人式の粗野な療術にございます。王都にて改めて医師におかかりください」
ノアは目下の山道に馬車があることを見てとると陣屋に戻り、フェルトの布に包まれたリースベットを抱きかかえて坂を下りた。哀れを止める妹は静かな寝息をたてており、幾日かぶりの平穏に身を委ねているようだ。
「すまない、この織物は譲ってくれないか。あとで代わりのものを届けよう」
「どうぞお気になされませぬよう。高貴なお方の身に触れるには、粗末にすぎる代物です」
ノアは他の兵士の手を借りて幌馬車にリースベットを寝かせ、自身も乗り込んだ。ブリクストはその荷台後方の扉を引き上げると、ダールたちに向き直る。
「ダール殿、何から何まで世話になった。貴官らの末永く息災たらんことを!」
ダール率いるノルドグレーン治安維持軍オルヘスタル駐屯部隊の一団は、馬車が橋を渡りきるまで敬礼で見送った。
陣屋の撤収作業が進む中、兵の一人がダールに話しかけた。
「隊長、あのまま帰してしまってよかったのですか?」
「さあな。私の知ったことではない。我らが受けた命令は、リースベット王女の捜索に協力せよ、というものだけだ。お前はなんと考える?」
「橋からこちら側での事件ですので、オルヘスタルの病院にでもお連れすべきだったのでは……」
「なるほど、そういう問題か。ラミレント山の鉱脈などはノルドグレーンの所有だが、それ以外はなにか明確な、領土の線引きがされているわけではないぞ。……そうだな、もし是が非でもこちらで身柄を引き受ける必要があったのならば、それで罰せられるのは、この場にいないマンネルヘイム外務次官補だろう」
ノルドグレーン側のラミレント山とリードホルム側のラルセン山を縫うように流れるミヴァル川には、幾本かの橋が架かっている。しばしばミヴァル川あるいは橋が境界線であるかのように言われるが、両国は特にそういった協定を結んでいるわけではない。
「なるほど。我らが小役人の保身を助ける必要もありませんな」
「さあ、帰るぞ。あの王子から、絹の織物と上物のワインが届けられることを祈ろう」
「隊長、リードホルムはぶどうがあまり育ちません。スナップスのほうが主流ですよ」
「それでも構わん。まかり間違って吟遊詩人の歌でも贈ってこられるよりはましだ」
ワインよりも遥かに酒精のきつい蒸留酒の飲み方について歓談しながら、ダールと部下たちは帰途についた。
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