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過去編・夜へ続く道
12 ささやかな友誼
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宵闇の森の中、ノルドグレーン治安維持軍ダール部隊長の下へ、隊員たちが続々と帰還してきていた。リースベットの発見をもって任務は終了し、肩の力を抜いた兵たちのもとに、橋の向こうから二台の馬車が近づいてくる。臨時拠点の設けられた丘の下に停止した馬車からブリクストが降り、ダールに敬礼して兵たちに向き直った。
「小官は、リードホルム王国森林警備隊のトマス・ブリクスト部隊長であります。貴官らの協力により、無事リースベット王女を保護することができました。今日はワインの一本さえ持ち合わせていないが、その労苦に後日、必ずや酬いることを約束します」
ノルドグレーンの兵たちも敬礼を返し、相互に敬意と信頼を育む形で捜索自体は終了した。
閉じられた陣幕の中にいるノアとリースベットを待つあいだ、二人の部隊長は篝火の側に並び立ち、守護斎姫の移送隊を襲った盗賊たちについて話していた。それはリードホルム側にとって耳に痛い内容だった。
「どうやら盗賊たちは全員が、もともと、ノルドグレーンから貴国へ出向していた協力部隊にいたのだそうだ」
「……直接の面識はないが、そうした部隊があるとは聞いている」
その部隊は、両国の同盟関係に基づいて派遣されている、特殊な立場の兵士たちだった。誰が名付けたのか“奴隷部隊”と蔑称されているが、この別称は実情を端的に表している。
好況に沸くノルドグレーンは近隣諸国からの人口流入が続き、富を手にする機会と若年者の教育が保証される“福音の国”の市民権を望む移民は跡を絶たない。その資格取得のいち手段として、リードホルムにおける三年間の軍務という選択肢があった。
「賊の多くは抵抗したため討ち取ったが、一部は我が国で収監される。奴らはずいぶん、貴国の待遇に不満……いま少しはっきり言えば、憎しみを抱いていたようだ」
「……返す言葉もない。我が国は軍内部でさえ、一部の近衛兵が貴族のごとく振る舞う惨状でな。純血主義……と言ったかな、そうした陋習のはびこる国で、肌の色も顔立ちも異なる者がどのような扱いを受けるか、想像に難くはない」
「なかなか難しい言葉を知っておいでだ」
ダールは皮肉を述べたのではなく、素直に感心したようだった。
「怨恨による所業ならば、動機としては納得がゆくが……これ以上は軍人の領分を越えますかな」
「然り、我らは受けた下命に従う身」
「再び相まみえる事態が起こらぬよう、ツーダン神に祈りましょう。貴官の部下たちは、少数ながらなかなかの精鋭揃いのようだ」
「一時手を組んだに過ぎぬ軍人同士が、巧言を弄して腹のさぐりあい……我々の姿は実に象徴的ですな」
ブリクストは半ば自嘲的に笑う。その篝火の明かりに揺れる横顔を、ダールは意外そうな面持ちで見やった。
「いかがなされた?」
「……率直に申し上げる。私と変わらぬ一介の小隊長が、そこまでの見識を持っているとは意外だったのです」
「ほう。我らは侮られていたわけか。まあ無理からぬことではある」
ブリクストは不敵に笑ったが、ノアの手前、声は抑えた。
「こうして貴官らの働きぶりを目にし、その認識は改められたところです」
「軍規に従い仔細は話せぬが、我が隊は他よりも隊員一人ひとりが貴重でな」
直言は避けつつも、人員の不足を嘆く言い回しはダールに伝わっていた。
「少人数で軍務をこなさなければならぬ以上、個々の質は絶対条件だ。そのうえ換えが利かぬときては、一人一人の持てる力を最大化できるよう鍛えるしかあるまい」
「面白い話ですな。軍の訓練は一般的に、同質の規格品を多数生み出すためのもの。それぞれに最大化などされては、指揮系統の統一が保てません」
「そうか……そうだな。そういうものだ」
煌々と燃える篝火に、小さな羽虫が飛び込んでは消える。二人の軍人はその様子を、それぞれ異なった心持ちで眺めていた。
ブリクストの胸に去来していたのは、今は亡き一人の部下の姿だった。自身の命令に従ったために命を落としたその若者は、彼に感謝の言葉を残して事切れたのだった。
「小官は、リードホルム王国森林警備隊のトマス・ブリクスト部隊長であります。貴官らの協力により、無事リースベット王女を保護することができました。今日はワインの一本さえ持ち合わせていないが、その労苦に後日、必ずや酬いることを約束します」
ノルドグレーンの兵たちも敬礼を返し、相互に敬意と信頼を育む形で捜索自体は終了した。
閉じられた陣幕の中にいるノアとリースベットを待つあいだ、二人の部隊長は篝火の側に並び立ち、守護斎姫の移送隊を襲った盗賊たちについて話していた。それはリードホルム側にとって耳に痛い内容だった。
「どうやら盗賊たちは全員が、もともと、ノルドグレーンから貴国へ出向していた協力部隊にいたのだそうだ」
「……直接の面識はないが、そうした部隊があるとは聞いている」
その部隊は、両国の同盟関係に基づいて派遣されている、特殊な立場の兵士たちだった。誰が名付けたのか“奴隷部隊”と蔑称されているが、この別称は実情を端的に表している。
好況に沸くノルドグレーンは近隣諸国からの人口流入が続き、富を手にする機会と若年者の教育が保証される“福音の国”の市民権を望む移民は跡を絶たない。その資格取得のいち手段として、リードホルムにおける三年間の軍務という選択肢があった。
「賊の多くは抵抗したため討ち取ったが、一部は我が国で収監される。奴らはずいぶん、貴国の待遇に不満……いま少しはっきり言えば、憎しみを抱いていたようだ」
「……返す言葉もない。我が国は軍内部でさえ、一部の近衛兵が貴族のごとく振る舞う惨状でな。純血主義……と言ったかな、そうした陋習のはびこる国で、肌の色も顔立ちも異なる者がどのような扱いを受けるか、想像に難くはない」
「なかなか難しい言葉を知っておいでだ」
ダールは皮肉を述べたのではなく、素直に感心したようだった。
「怨恨による所業ならば、動機としては納得がゆくが……これ以上は軍人の領分を越えますかな」
「然り、我らは受けた下命に従う身」
「再び相まみえる事態が起こらぬよう、ツーダン神に祈りましょう。貴官の部下たちは、少数ながらなかなかの精鋭揃いのようだ」
「一時手を組んだに過ぎぬ軍人同士が、巧言を弄して腹のさぐりあい……我々の姿は実に象徴的ですな」
ブリクストは半ば自嘲的に笑う。その篝火の明かりに揺れる横顔を、ダールは意外そうな面持ちで見やった。
「いかがなされた?」
「……率直に申し上げる。私と変わらぬ一介の小隊長が、そこまでの見識を持っているとは意外だったのです」
「ほう。我らは侮られていたわけか。まあ無理からぬことではある」
ブリクストは不敵に笑ったが、ノアの手前、声は抑えた。
「こうして貴官らの働きぶりを目にし、その認識は改められたところです」
「軍規に従い仔細は話せぬが、我が隊は他よりも隊員一人ひとりが貴重でな」
直言は避けつつも、人員の不足を嘆く言い回しはダールに伝わっていた。
「少人数で軍務をこなさなければならぬ以上、個々の質は絶対条件だ。そのうえ換えが利かぬときては、一人一人の持てる力を最大化できるよう鍛えるしかあるまい」
「面白い話ですな。軍の訓練は一般的に、同質の規格品を多数生み出すためのもの。それぞれに最大化などされては、指揮系統の統一が保てません」
「そうか……そうだな。そういうものだ」
煌々と燃える篝火に、小さな羽虫が飛び込んでは消える。二人の軍人はその様子を、それぞれ異なった心持ちで眺めていた。
ブリクストの胸に去来していたのは、今は亡き一人の部下の姿だった。自身の命令に従ったために命を落としたその若者は、彼に感謝の言葉を残して事切れたのだった。
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