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過去編・夜へ続く道

10 愛の欠如

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 ノルドグレーン公国の東端オルヘスタル県に近い夜の森に、いくつもの鬼火が揺らめいている。それは夜陰の中を歩き回る兵士たちが持つ松明だった。流れの早い谷川を挟んだ両岸の森には、水場を求めるホタルのように灯明が散らばりうごめいている。
 橋の手前に陣幕を張った急ごしらえの捜索本部で、ヘルストランド森林警備隊の隊長であるトマス・ブリクストと、ノア・リードホルムが静かに話し合っている。ふたりとも表情は暗く、特にノアは数日前と比べてもやつれたようだ、とブリクストは感じていた。
「やはりラルセン側にはいないようです。ミヴァル川を越えてラミレント山側に入ったと思われます」
「そうか……あちらはノルドグレーン軍の治安維持部隊が捜索しているな」
「治安維持隊? そのような部隊があるのですか」
「あちらでは軍が治安維持を行っているのだ。我が国では自警団がやっていることだが」
 その陣幕に軍人風の男が訪れた。ブリクストやその部下たちとは、ずいぶん装いが異なっている。彼は入り口に歩哨ほしょうとして立っている兵の前で立ち止まった。
「失礼いたします。ノア・リードホルム大公とブリクスト殿でございますか。小官はノルドグレーン治安維持軍オルヘスタル駐屯部隊長、エルランド・ダールと申します」
 ブリクストのものよりも目が細かく真新しい鎖帷子くさりかたびらを着たダールが入り口で敬礼し、三人に折り目正しく挨拶した。
「ご本人と思われる女性を発見しました。どなたか、身元の確認ができる方のご同行をお願いしたい」
「私が行こう。ダール隊長、妹……リースベットの命は」
「生きておいでです。しかし……」
 ノアの表情が険しさを増す。
「案内してくれ」
「王子、私も参ります。ネルソン、皆に捜索終了を伝えてくれ」
「了解しました」
 陣幕に四人いた男のうち一人は森の各所に配置した連絡係のもとへ走り、三人は橋へと向かった。

 次期ノルドグレーン神聖守護斎姫さいきの行方がわからない――その報せをノアが耳にしたのは、リースベットがヘルストランドを出発して六日後のことだった。
 伝言はリースベットに同行したリードホルムの警備兵ではなく、ノルドグレーンのオルヘスタル県駐屯部隊によってもたらされた。移送部隊がラルセン山とラミレント山の中間付近で盗賊の襲撃を受けたが、前例に倣って同行していたノルドグレーンのマンネルヘイム外務次官補だけが命からがら逃走した。マンネルヘイムは年老いた脚でノルドグレーンの小都市オルヘスタルスタッドまで駆け抜け、当地の警備部隊に保護されたのだった。
 急遽きゅうきょ、山岳戦や捜索活動に明るい森林警備隊を中心に捜索隊が結成され、リースベットの身元確認のためにノアが同行した。当初案では、身元確認にはリースベットの侍従であるモニカ・コールバリが選ばれたが、ノアが無理押しして覆したのだった。
 捜索の過程で、いくつか奇妙な事実が発覚する。守護斎姫の移送はノルドグレーンの担当官同伴の下、数十人以上の護衛を付けて行われるのが通常だ。ヘルストランドの出発時にはそのとおりの人数だったものが、ほとんどが途中で引き返してしまった。以後はノルドグレーンの軍が迎えに出て護衛任務を交代するという計画だったが、道案内役などを含めても総勢十人程度の行程が長く続き、手薄な状態のところを襲撃された。ノルドグレーン側の予定では、護衛の引き継ぎは一日後に設定されていたという。
 ほかにも、豪華なクロークをまとった老人であるマンネルヘイム外務次官補を盗賊が見逃している点など、たんなる不手際や幸運などという説明では片付けられない不可解な状況が見受けられた。
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