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過去編・夜へ続く道

6 王女の祭器

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 落日とともに肌寒さがぶり返してきたリードホルム城の一室が、いつになく騒がしい物音に満ちていた。リースベットが自室の棚や引き出しを無造作に漁り、何かを探している。
「モニカさん、サイキってどこにあるか知らない?」
 早々と自力での発見を諦めたリースベットは、暖炉に薪を入れて火をおこそうとしていた侍従のモニカ・コールバリに尋ねた。問うたリースベットと問われたモニカは、同じように片付かない顔をしている。
「サイキとは……」
「実はそこから分かんなくて。なんか祭りに使うものらしいんだけど」
「ああ、それなら、王女の祭器のことですね」
「たぶんそれ」
 四日後に行われる春宵しゅんしょうの火祭りは、リードホルムの年中行事では最も盛大な、春の訪れを祝う祭典だった。国王ヴィルヘルム三世を始めとした王族は祝賀行列をつくって城下を行啓ぎょうけいして回り、その際に各人が捧げ持つ祭器は王家に代々受け継がれているものだ。
「それならばリースベット様自身が、地下の宝物庫に移されたはずですよ」
「なんで?」
「気味が悪いのであまり見ていたくない、と仰っていた気がします」
「そんなもんが重要な祭器なの?」
「神聖な肖像ではあるらしいのですが……私はよく見たことがありませんので。王族の、祭器の継承者のみが、手にすることを許されているのです」
 リースベットは腰に両手をあててため息をついた。モニカが祭器の所在を知らなかったことは責められるべきではない。本来はリースベット自身が知っているはずのことなのだ。
「もしかしてモニカさん、その地下の宝物庫ってのも、あたしらしか入れない?」
「左様です」
「自分で探してくるしかないのか……いや」
「火祭までは幾日かあります。探すのは明日になさっては?」
「そうする」
 そうは言いながら、リースベットは扉を開けて出ていった。だが実際に探しに行ったわけではないようで、すぐに部屋に戻ってきた。春宵の火祭が終われば陰鬱いんうつな仕事が待ち受けているというのに、リースベットの表情は明るかった。
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