28 / 247
過去編・夜へ続く道
1 覚醒
しおりを挟む
目を覚ましたあたしの目に映ったのは、見たこともない景色だった。
宗教画みたいなものが描かれた天井と、そこに向けてアーチ状になった石造りの柱。その天井も、とんでもない高さだ。
寝ているベッドも天蓋が付いていて、まるでお姫様の寝処。枕はとても柔らかいけど、ベッド自体は結構硬い。ベッド脇で誰かが喋ってるようだけど、身体が重くて目を開けてるのも辛く、とても返事ができる状態じゃない。
目を瞑って眠ろうとすると、誰かが口に少しずつ水を流し込んでくれた。死ぬほど喉が渇いていたのでありがたい。
次に目を覚ますと、体調はだいぶ良くなっていた。まだ気合を入れないと身体を起こすのも辛いけど。
「リースベット様、お加減はいかがですか」
ベッドの脇に座っていた白いエプロン姿のおばさんが、あたしをそう呼んだ。そんな名前だったっけ? 違う気はするけど、じゃあ本当は何だったかって聞かれても思い出せない。
「うん、まだキツいわ」
「きつい……? まあ、無理もありませんね。食事は取れそうですか?」
「食べたら吐くかも」
「スープなら入りますかね」
おばさんはそう言って、部屋から出ていった。
この部屋は何? 壁はどう見ても石造りだし、ドアだって濃い茶色の木材を鉄の枠で固定した古めかしい作りで、とても重そうだ。
石壁は一部にカーテンが掛けてあったり、ドラゴンみたいな紋章のタペストリーが垂れ下がったりしてる。
窓は釣り鐘型の出窓で、どう見てもあれは鉄格子だ。
火はついてないけど暖炉があって、そばの木桶に積み上げられてるのは薪だろうか。その近くの椅子では黒猫が体を丸めて眠っている。
石の床にはなにかの毛皮が敷かれていて、形も大きさもさまざまな椅子やテーブルが、だだっ広い部屋にいくつも置かれている。
こんな景色見たこともないけど、もともとどんな景色の中にいたのかも分からない。
あたしがあたしなことだけは確かだと思う。
右腕にある筆記体のエックスみたいな痣は、間違いなくあたしのものだ。肌が白くなった気がするけど、病気で寝てたみたいだから血の気が引いたのか?
さっきのおばさんが、お盆になにか載せて戻ってきた。うっすら緑色がかったポタージュスープみたいだ。スプーンで掬って飲ませてくれたのは感謝するとして、まずくはないけど何だか味が地味だ。
スプーン一杯分のスープを一度に飲もうとすると、喉につかえて咳き込んでしまう。病弱な人がお粥を食べようとして咳き込んでるアレは、割とリアルな描写だったらしい。
あれこれ考えながら食事と格闘したら急に疲れが出たので、また横になることにした。眠りしなに誰か男の人が部屋に入ってきたようだけど、顔を見る前に意識を失ってしまった。
どうやら今のあたしは、記憶喪失らしい。実感はあまりないけど、周りがそうだと言うんだからとりあえず合わせておこう。
同じ部屋にいる黒猫も毛を逆立てて唸ってきたし、この子の名前すら知らない。
あたしの頭を最初に疑ったのは、いま目の前にいる目許涼やかな金髪の青年。名をノア・リードホルムというらしい。あたしの姓もリードホルムで、この人は一つ違いの兄妹だそうだ。
残念だ。
「では、兄上や姉上どころかヴィルヘルム三世、父上のことさえ覚えていないと?」
「はい。ぜんぜん。あと、あの黒猫の名前も」
「……デミだ。とすると、六日前、つまりリースが倒れる前に食べたものなども知らぬのだろうな」
「あたし何か、変なもの食べて食中毒とかだった?」
「いや、そうではない。わかった」
「ねえちょっと、濁されると逆に恥ずかしくなってくるんだけど!」
「すまない、だが中毒ではないから安心してくれ。興奮すると体に障るだろう」
実は記憶については、ときどきその断片みたいなものが浮かんできたり妙な違和感を覚えることはある。
ただ、調子が良くなって城内を歩き回ってから気付いたのは、その記憶はここのものじゃないってことだった。城郭からどっちを見ても、巨大な鉄の塊がものすごい速度で動いたり、夜の街に天の川より明るい光が煌めいたりする風景はない。庭園に咲いている色とりどりのアネモネは綺麗だけど。
それと、この城。
お城ってもっと華やかな場所だったような気がするんだけど、このヘルストランド城はパッとしない。
廊下は隅の方にやたらと藁や砂が散らばってるし、壁も床も灰色で、人は茶色っぽい服ばっかり着てる。身分の高い人は時々きらびやかな装いでいるのも見るけど、やっぱりよそ行きの服らしい。
明かりが燭台と暖炉だけなので、全体的に薄暗いし。
謁見の間とやらを探して廊下を歩いていると、姉上様に声をかけられた。
「リースベット、息災で何よりです。父と兄へのご挨拶は?」
「あ、これから行くとこなんだけど、場所分かんねー」
「……側仕えのものはどうしたのです」
「あのおばさん……モニカさんだっけ。あー、そういえば着替え持ってくるから待ってろって言われたんだった」
今着ているのは、例のごとく茶色いドレスだ。ティーガウンというらしい。体を締め付ける部分が少なくて動きやすいから、ずっとこれでいいんだけど。
「……本当にあなた、どうしてしまったの?」
このフリーダという名の、上品という単語が服を着て歩いているような女は、二つ違いの姉だそうだ。見た目も振る舞いもいかにもお姫様然として、嫌いというのじゃないけど、話しててちょっと調子が狂う。
「どう、と言われても……」
「自分でも気付いていないのですか? 歩き方から物言いまで、まるで別人のようになってしまって」
「そうなの?」
「ノアのことを兄貴などと呼んで。街のごろつきではないのですよ」
「何だろう、兄のことは兄貴って呼んでたような気がするんだけど」
「あなたはノア兄様と呼んで、……仲良くしていたじゃない」
「マジか……」
つまり病気で寝込む前のあたしは、この姉みたいに言葉遣いが丁寧で、歩幅も半分くらいだったんだろうか。
それは本当にあたしか?
「でも、あなたが無事で良かった。そうでなければ私が代わりに……」
「え? 何?」
「い、いえ。それより父王に失礼のないようにね」
「へいへい」
この会話の真意を、あたしは後になってから知る。外面ばかり楚々として、ろくでもない姉様もいたもんだ。
モニカさんに先導されてようやく、あたしは謁見の間にたどり着いた。
服もシルクの立派なドレスに着替えたけど、コルセットが窮屈だし裾が長すぎて歩きにくい。
私のことはコールバリとお呼びください、とモニカさんは言ったが、親子くらい年の離れた人を名字で呼び捨てるのは気が引ける。
あたしは生まれてからずっとお姫様で、こういう人たちにかしずかれて生活してたわけで、こんな違和感を持つほうが変なはずなんだが。
謁見の間の重そうな扉を、あたしは力いっぱい押した。見るからに重そうな分厚い木と鉄の扉だったからそうしたんだけど、扉はものすごい勢いで開いて轟音が鳴り響き、燭台に立つ四本の蝋燭の火すら揺れていた。
玉座に座ってる人やその侍従、部屋中の視線があたしに集まり、モニカさんが頭を抱えている。
「すっかり元気になったようだな、リースベットよ」
「あの方が長兄のアウグスティン様です」
照れ笑いしながら赤いカーペットを進むあたしに、モニカさんがそう耳打ちした。
ノア兄さんと全く違った外見のアウグスティンの言葉は、皮肉混じりどころか皮肉しか入ってないと思う。ノア兄さんからコミュニケーションレッスンでも受けやがれ。
玉座の手前で立ち止まり、教えられたとおりに軽くお辞儀をする。
玉座に座ってる、豪華なローブを纏った枯れ枝みたいな人がヴィルヘルム三世、あたしの父で国王らしい。父親じゃなくてお爺さんの間違いじゃないんだろうか、と思うほど年老いて見える。
その隣に立ってるのは摂政のエイデシュテット宰相だ、とモニカさんが事前に教えてくれていた。陰険そうな細面であたしを睨んでいる。ああいう、外で無駄に尊大なおやじは、たいてい家庭内では居場所がないもんだ。
この場にはノア兄さんはいない。
「リースベット、こうしてまた顔を見れるとはな。医師の話では、記憶がややおぼろげだと言うが……」
「そうみた……左様です」
しわがれ声が震えている。やっぱりこの人は爺さんだろう。
エイデシュテットがなにか耳打ちして、爺さんがうなずく。絵に描いたような小悪党ぶりだ。
「無事で何よりであった」
「病後ではまだ立っているのも辛かろう。早々に休むがよい」
人を呼びつけといてこれで終わりかよ、と思いながらあたしは頭を下げた。体力はもう十分だけど、この場所が不快だからお言葉に甘えよう。
爺さん、ヴィルヘルム三世とアウグスティンは肉親らしいが、あたしが寝てる間たぶん一度も様子を見に来ていないようだし、顔もいま初めて見た。
何の感慨もない。記憶がないからとか以前に、権力が絡んだら、家族だってこんなものなのかも知れない。
入ってきたときと違って、今度は扉を軽く押してみたけど、びくともしない。
やっぱり重いんだ、と力を込めると、また扉がものすごい勢いで開いた。回転軸みたいなものの滑りが良すぎるんじゃないの、と思ったけど、あたしより力のありそうなモニカさんは必死の形相で扉を閉めている。
「リース、君は一体何をやったんだ?」
謁見の間の外では、怪訝な顔のノア兄さんが待っていた。あたしに何か用なのかしら。
「兄さん、あたし前から力持ちだった?」
「……暖炉の薪さえ侍従頼みだったはずだが。まさかな……」
「何? あたしなんか目覚めちゃった?」
不確かな記憶のことといい、なにかこの世ならざる力に導かれてやってきた救世主のような物語を、あたしは期待した。
こういうのは何ていうんだっけ、貴種流離譚じゃなくて……。
あたしはこのノアという青年に、なんだか言語化しがたい妙な疚しさを感じている。
なにが原因なのかは分からないが、この人の前に出ると心の奥底から、生まれてすいませんという声が響いてくる。僅かでも記憶が戻ってきているんだろうか。
この夢のような世界、夢なら夢でいいけど、じゃあ覚めるまでは好きに振る舞わせてもらおう。
宗教画みたいなものが描かれた天井と、そこに向けてアーチ状になった石造りの柱。その天井も、とんでもない高さだ。
寝ているベッドも天蓋が付いていて、まるでお姫様の寝処。枕はとても柔らかいけど、ベッド自体は結構硬い。ベッド脇で誰かが喋ってるようだけど、身体が重くて目を開けてるのも辛く、とても返事ができる状態じゃない。
目を瞑って眠ろうとすると、誰かが口に少しずつ水を流し込んでくれた。死ぬほど喉が渇いていたのでありがたい。
次に目を覚ますと、体調はだいぶ良くなっていた。まだ気合を入れないと身体を起こすのも辛いけど。
「リースベット様、お加減はいかがですか」
ベッドの脇に座っていた白いエプロン姿のおばさんが、あたしをそう呼んだ。そんな名前だったっけ? 違う気はするけど、じゃあ本当は何だったかって聞かれても思い出せない。
「うん、まだキツいわ」
「きつい……? まあ、無理もありませんね。食事は取れそうですか?」
「食べたら吐くかも」
「スープなら入りますかね」
おばさんはそう言って、部屋から出ていった。
この部屋は何? 壁はどう見ても石造りだし、ドアだって濃い茶色の木材を鉄の枠で固定した古めかしい作りで、とても重そうだ。
石壁は一部にカーテンが掛けてあったり、ドラゴンみたいな紋章のタペストリーが垂れ下がったりしてる。
窓は釣り鐘型の出窓で、どう見てもあれは鉄格子だ。
火はついてないけど暖炉があって、そばの木桶に積み上げられてるのは薪だろうか。その近くの椅子では黒猫が体を丸めて眠っている。
石の床にはなにかの毛皮が敷かれていて、形も大きさもさまざまな椅子やテーブルが、だだっ広い部屋にいくつも置かれている。
こんな景色見たこともないけど、もともとどんな景色の中にいたのかも分からない。
あたしがあたしなことだけは確かだと思う。
右腕にある筆記体のエックスみたいな痣は、間違いなくあたしのものだ。肌が白くなった気がするけど、病気で寝てたみたいだから血の気が引いたのか?
さっきのおばさんが、お盆になにか載せて戻ってきた。うっすら緑色がかったポタージュスープみたいだ。スプーンで掬って飲ませてくれたのは感謝するとして、まずくはないけど何だか味が地味だ。
スプーン一杯分のスープを一度に飲もうとすると、喉につかえて咳き込んでしまう。病弱な人がお粥を食べようとして咳き込んでるアレは、割とリアルな描写だったらしい。
あれこれ考えながら食事と格闘したら急に疲れが出たので、また横になることにした。眠りしなに誰か男の人が部屋に入ってきたようだけど、顔を見る前に意識を失ってしまった。
どうやら今のあたしは、記憶喪失らしい。実感はあまりないけど、周りがそうだと言うんだからとりあえず合わせておこう。
同じ部屋にいる黒猫も毛を逆立てて唸ってきたし、この子の名前すら知らない。
あたしの頭を最初に疑ったのは、いま目の前にいる目許涼やかな金髪の青年。名をノア・リードホルムというらしい。あたしの姓もリードホルムで、この人は一つ違いの兄妹だそうだ。
残念だ。
「では、兄上や姉上どころかヴィルヘルム三世、父上のことさえ覚えていないと?」
「はい。ぜんぜん。あと、あの黒猫の名前も」
「……デミだ。とすると、六日前、つまりリースが倒れる前に食べたものなども知らぬのだろうな」
「あたし何か、変なもの食べて食中毒とかだった?」
「いや、そうではない。わかった」
「ねえちょっと、濁されると逆に恥ずかしくなってくるんだけど!」
「すまない、だが中毒ではないから安心してくれ。興奮すると体に障るだろう」
実は記憶については、ときどきその断片みたいなものが浮かんできたり妙な違和感を覚えることはある。
ただ、調子が良くなって城内を歩き回ってから気付いたのは、その記憶はここのものじゃないってことだった。城郭からどっちを見ても、巨大な鉄の塊がものすごい速度で動いたり、夜の街に天の川より明るい光が煌めいたりする風景はない。庭園に咲いている色とりどりのアネモネは綺麗だけど。
それと、この城。
お城ってもっと華やかな場所だったような気がするんだけど、このヘルストランド城はパッとしない。
廊下は隅の方にやたらと藁や砂が散らばってるし、壁も床も灰色で、人は茶色っぽい服ばっかり着てる。身分の高い人は時々きらびやかな装いでいるのも見るけど、やっぱりよそ行きの服らしい。
明かりが燭台と暖炉だけなので、全体的に薄暗いし。
謁見の間とやらを探して廊下を歩いていると、姉上様に声をかけられた。
「リースベット、息災で何よりです。父と兄へのご挨拶は?」
「あ、これから行くとこなんだけど、場所分かんねー」
「……側仕えのものはどうしたのです」
「あのおばさん……モニカさんだっけ。あー、そういえば着替え持ってくるから待ってろって言われたんだった」
今着ているのは、例のごとく茶色いドレスだ。ティーガウンというらしい。体を締め付ける部分が少なくて動きやすいから、ずっとこれでいいんだけど。
「……本当にあなた、どうしてしまったの?」
このフリーダという名の、上品という単語が服を着て歩いているような女は、二つ違いの姉だそうだ。見た目も振る舞いもいかにもお姫様然として、嫌いというのじゃないけど、話しててちょっと調子が狂う。
「どう、と言われても……」
「自分でも気付いていないのですか? 歩き方から物言いまで、まるで別人のようになってしまって」
「そうなの?」
「ノアのことを兄貴などと呼んで。街のごろつきではないのですよ」
「何だろう、兄のことは兄貴って呼んでたような気がするんだけど」
「あなたはノア兄様と呼んで、……仲良くしていたじゃない」
「マジか……」
つまり病気で寝込む前のあたしは、この姉みたいに言葉遣いが丁寧で、歩幅も半分くらいだったんだろうか。
それは本当にあたしか?
「でも、あなたが無事で良かった。そうでなければ私が代わりに……」
「え? 何?」
「い、いえ。それより父王に失礼のないようにね」
「へいへい」
この会話の真意を、あたしは後になってから知る。外面ばかり楚々として、ろくでもない姉様もいたもんだ。
モニカさんに先導されてようやく、あたしは謁見の間にたどり着いた。
服もシルクの立派なドレスに着替えたけど、コルセットが窮屈だし裾が長すぎて歩きにくい。
私のことはコールバリとお呼びください、とモニカさんは言ったが、親子くらい年の離れた人を名字で呼び捨てるのは気が引ける。
あたしは生まれてからずっとお姫様で、こういう人たちにかしずかれて生活してたわけで、こんな違和感を持つほうが変なはずなんだが。
謁見の間の重そうな扉を、あたしは力いっぱい押した。見るからに重そうな分厚い木と鉄の扉だったからそうしたんだけど、扉はものすごい勢いで開いて轟音が鳴り響き、燭台に立つ四本の蝋燭の火すら揺れていた。
玉座に座ってる人やその侍従、部屋中の視線があたしに集まり、モニカさんが頭を抱えている。
「すっかり元気になったようだな、リースベットよ」
「あの方が長兄のアウグスティン様です」
照れ笑いしながら赤いカーペットを進むあたしに、モニカさんがそう耳打ちした。
ノア兄さんと全く違った外見のアウグスティンの言葉は、皮肉混じりどころか皮肉しか入ってないと思う。ノア兄さんからコミュニケーションレッスンでも受けやがれ。
玉座の手前で立ち止まり、教えられたとおりに軽くお辞儀をする。
玉座に座ってる、豪華なローブを纏った枯れ枝みたいな人がヴィルヘルム三世、あたしの父で国王らしい。父親じゃなくてお爺さんの間違いじゃないんだろうか、と思うほど年老いて見える。
その隣に立ってるのは摂政のエイデシュテット宰相だ、とモニカさんが事前に教えてくれていた。陰険そうな細面であたしを睨んでいる。ああいう、外で無駄に尊大なおやじは、たいてい家庭内では居場所がないもんだ。
この場にはノア兄さんはいない。
「リースベット、こうしてまた顔を見れるとはな。医師の話では、記憶がややおぼろげだと言うが……」
「そうみた……左様です」
しわがれ声が震えている。やっぱりこの人は爺さんだろう。
エイデシュテットがなにか耳打ちして、爺さんがうなずく。絵に描いたような小悪党ぶりだ。
「無事で何よりであった」
「病後ではまだ立っているのも辛かろう。早々に休むがよい」
人を呼びつけといてこれで終わりかよ、と思いながらあたしは頭を下げた。体力はもう十分だけど、この場所が不快だからお言葉に甘えよう。
爺さん、ヴィルヘルム三世とアウグスティンは肉親らしいが、あたしが寝てる間たぶん一度も様子を見に来ていないようだし、顔もいま初めて見た。
何の感慨もない。記憶がないからとか以前に、権力が絡んだら、家族だってこんなものなのかも知れない。
入ってきたときと違って、今度は扉を軽く押してみたけど、びくともしない。
やっぱり重いんだ、と力を込めると、また扉がものすごい勢いで開いた。回転軸みたいなものの滑りが良すぎるんじゃないの、と思ったけど、あたしより力のありそうなモニカさんは必死の形相で扉を閉めている。
「リース、君は一体何をやったんだ?」
謁見の間の外では、怪訝な顔のノア兄さんが待っていた。あたしに何か用なのかしら。
「兄さん、あたし前から力持ちだった?」
「……暖炉の薪さえ侍従頼みだったはずだが。まさかな……」
「何? あたしなんか目覚めちゃった?」
不確かな記憶のことといい、なにかこの世ならざる力に導かれてやってきた救世主のような物語を、あたしは期待した。
こういうのは何ていうんだっけ、貴種流離譚じゃなくて……。
あたしはこのノアという青年に、なんだか言語化しがたい妙な疚しさを感じている。
なにが原因なのかは分からないが、この人の前に出ると心の奥底から、生まれてすいませんという声が響いてくる。僅かでも記憶が戻ってきているんだろうか。
この夢のような世界、夢なら夢でいいけど、じゃあ覚めるまでは好きに振る舞わせてもらおう。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
異世界転生は、0歳からがいいよね
八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。
神様からのギフト(チート能力)で無双します。
初めてなので誤字があったらすいません。
自由気ままに投稿していきます。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
転生赤ちゃんカティは諜報活動しています そして鬼畜な父に溺愛されているようです
れもんぴーる
ファンタジー
実母に殺されそうになったのがきっかけで前世の記憶がよみがえった赤ん坊カティ。冷徹で優秀な若き宰相エドヴァルドに引き取られ、カティの秘密はすぐにばれる。エドヴァルドは鬼畜ぶりを発揮し赤ん坊のカティを特訓し、諜報員に仕立て上げた(つもり)!少しお利口ではないカティの言動は周囲を巻き込み、無表情のエドヴァルドの表情筋が息を吹き返す。誘拐や暗殺などに巻き込まれながらも鬼畜な義父に溺愛されていく魔法のある世界のお話です。
シリアスもありますが、コメディよりです(*´▽`*)。
*作者の勝手なルール、世界観のお話です。突っ込みどころ満載でしょうが、笑ってお流しください(´▽`)
*話の中で急な暴力表現など出てくる場合があります。襲撃や尋問っぽい話の時にはご注意ください!
《2023.10月末にレジーナブックス様から書籍を出していただけることになりました(*´▽`*)
規定により非公開になるお話もあります。気になる方はお早めにお読みください! これまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!》
序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。
彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。
そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。
死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。
その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。
しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、
主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。
自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、
寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。
結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、
自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……?
更新は昼頃になります。
オタクな母娘が異世界転生しちゃいました
yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。
二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか!
ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?
ブラック・スワン ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~
碧
ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)
魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました
うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。
そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。
魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。
その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。
魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。
手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。
いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。
転生したら死にそうな孤児だった
佐々木鴻
ファンタジー
過去に四度生まれ変わり、そして五度目の人生に目覚めた少女はある日、生まれたばかりで捨てられたの赤子と出会う。
保護しますか? の選択肢に【はい】と【YES】しかない少女はその子を引き取り妹として育て始める。
やがて美しく育ったその子は、少女と強い因縁があった。
悲劇はありません。難しい人間関係や柵はめんどく(ゲフンゲフン)ありません。
世界は、意外と優しいのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる