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風のオーロラ
8 単騎決戦
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リードホルム・ノルドグレーン連合部隊は野営地から陣を引き払い、夕暮れの山道を撤退してゆく。
その情景を、二つの視線が瞰視していた。一方はリーパーの少女アウロラ・シェルヴェン、他方は眉雪の弓使いアーネ・ユーホルトだ。それぞれ全く違う場所から、ゆるやかな坂を下りてゆくテグネール隊長代行の背中を見下ろしていた。ユーホルトのほうがより遠く離れ、その視界にアウロラの姿も収めている。
「おや、あの娘っこは帰らねえ……奴隷部隊じゃなかったのか?」
不審に思ったユーホルトが監視を続けると、アウロラはやはり王都ヘルストランドとは逆方向へ歩み始めた。遠見のために半目にしていた目をいっそう細め、山賊団きっての弓使いは長弓に矢をつがえた。
「まさかとは思うが、念のためだ」
ユーホルトはアウロラでなく、拠点の方向に向けて仰角に矢を放つ。風を切って飛翔する矢の先端に付けられた筒状の枝は、笛を簡素化したような構造をしており、高音を上げながらアカマツ林の彼方へと飛び去った。
「鷹……? こんなところにいるんだ」
ティーサンリード山賊団に異変を報せる鏑矢の音は、アウロラには猛禽の声のように聞こえた。テグネールが別れ際にくれたウリを一口かじり、西陽に染まる山稜を眺める。
「……私一人でやらなきゃいけない。もともとこうなるはずだったのよ」
ユーホルトの発した警告音を聞きつけたティーサンリードの山賊たちのなかで、四人の男がいち早く、拠点入口近くに落ちた矢を発見した。その矢羽は先端部分が赤く染められており、これは接近者の存在を報せる符丁として事前に情報共有されている。
四人のうち一人が報告に走り、残りの三人は入口に続く崖下の道に向かった。敵の数や到着時刻までは知りようもないが、事前に定められた手筈に従って持ち場につく。日を遮る崖下の暗がりに腰を下ろし、男たちはよしなし言を始めた。
「奴ら、性懲りもなくまた攻めてきやがったのか?」
「嫌なもんだぜ。ここんとこ戦続きだ」
「数はそれなりに残ってるはずだからな。油断はできねえ」
「どれだけ来るにせよ、山道からはもう少し時間がかかる。まあ、事前に知ってりゃ、こっちも準備はできてるがな」
男の一人が、岩陰に吊るしてあるロープに手をかけた。ロープは崖上まで伸びており、これを強く引けば戸板の留め金が外れ、無数の岩が彼らの眼前の道に落下してくるのだ。多数の敵に損害を与える上、道を塞ぐことで時間稼ぎにもなる。
だがバックマンの発案による周到な準備は、残念ながら用をなさなかった。三人の誰もが予測していたよりも早く、その道行きを阻止すべき接近者が目の前に姿を表したのだ。フードを目深にかぶった小さな人影が、三人の山賊に歩み寄る。
「……何だ、子供か?」
「ここはガキの来るところじゃねえぞ」
「なあお嬢ちゃん、迷子なら回れ右してその坂を降りろ。ヘルストランドは向こうだぜ」
「……道は間違ってないわ」
「なんだと……?」
山賊たちは道を塞ぐように立ちふさがった。フードを下ろして夕陽のような赤毛をあらわにしたアウロラが、腰の鎚鉾に手をかけながら答える。
「あんたらの親玉に用があるんだから」
「……このガキまさか!」
男たちはそれぞれに武器を構えたが、それを振るう間も与えずアウロラが陣風のように駆け抜けた。三人の男が次々と力なく崩れ落ちる。アウロラはただ移動しただけでなく、すれ違いざまに彼らのみぞおちや後頭部に鎚鉾を叩き込んだのだ。
「悪いけど急ぎたいのよ。私だってお腹が空いてるんだから」
何が起きたのかも分からぬまま昏倒した三人を尻目に、小さな刺客は歩みを進めた。
地下壕の入り口に着いたアウロラを、さらに五人の山賊が待ち構えていた。だがそれさえ彼女にとって物の数ではなく、先の三人とほぼ変わらぬ所要時間であっさりと撃退する。
「三下がいくら出てきたって無駄よ! 怪我したくなけりゃ、とっととあんたらの親玉を連れてきな!」
アウロラの半ば虚勢混じりの怒号が、地下壕にこだまする。
侵入者を迎え撃とうとした五人のうち、すでに四人は足元にその身を横たえている。残る一人は痛打された脇腹を押さえながら、リースベットのいる医療室へとたどり着いた。勢いよく扉を開けて室内に転がり込むと、治療を行っていたのは、ふだん料理番をしているエステル・マルムストレムだった。女頭領の負傷した左腕に包帯を巻き、その上から添え木を当てようとしているところだ。
「ずいぶん騒がしいな。戦況はどうなってる?」
「……もう俺含めて五人やられた」
「相手は?」
「一人。……それも子供だ」
「子供だあ? そんなもんにいい歳した山賊が押されてんのか?」
「それが、とんでもなくすばしっこい奴で……おそらく、速さだけで言えば頭領以上だ。武器が鎚鉾ひとつだからおそらく死人は出てねえが、俺らじゃどうにも埒が明かねえ」
「あたしより速い……?」
右の人差し指を口に当て、リースベットは僅かなあいだ考えを巡らせた。
「まあそうか、あたし以外に野良のリーパーがいても不思議じゃあねえな。……エステル、腕の添え木はナシだ。かわりに包帯をキツめにしてくれ」
リースベットは負傷した左腕そのままで武器を握るよりも、違った戦い方を考えていた。思い出したのは、先の戦闘で一騎打ちを演じた襲撃部隊の隊長だ。
「リース、そのまま動かしたら、ヒビの入ってる骨が完全に折れちゃうわよ」
「分かってる。添え木の代わりになるモンを着けてくさ」
「時間かかんのか? 動ける奴かき集めて繋いどくぜ」
「ああ、準備が済んだらすぐ行く」
立ち上がったリースベットを、エステルが制した。
「待って。もうそろそろ、骨折で熱が出てくる頃よ。戦うにしても、あまり長くは動けないからね」
「やれやれ、はじめてリーパーと戦うってのに、ずいぶん条件が悪ぃな。生まれたときからこんなんばっかだぜ」
リースベットは壁に立て掛けた二本のククリナイフのうち、一方だけを手にして部屋を出る。そしてアウロラが気勢を上げる出入り口ではなく、戦利品を保管している倉庫に向かった。
天井の高い広場の手前まで進んだアウロラはさらに三人を撃退したが、その山賊たちの戦い方にもどかしさを覚えていた。距離をとり、防御の姿勢を崩さず、彼らは明らかに時間稼ぎをしていた。左右の死角を警戒しながら広場に足を踏み入れたアウロラに、希望していた待ち人が声をかける。
「待たせたな。ずいぶん派手に暴れてくれたようじゃねえか」
「……あんたがここの親玉?」
「そうだ。しかし本当にたった一人のガキとは恐れ入ったぜ」
「女山賊は二刀流だって聞いたんだけど?」
リースベットは右手にオスカを握り、左腕にはひし形の小さな盾と篭手が一体になった防具をつけている。
「片方で充分、てことだ」
「余裕あるのね。いつまでもつかしら」
「そうだ。うちらが余裕で笑ってるうちに、家に帰りなお嬢さん」
「……帰る家のために、戦ってるのよ」
左腕の盾を前に構えたリースベットに対し、アウロラは鎚鉾を左に下げて水平に構えた。防御の薄い右側に、すれ違いざまの一撃を狙っている。リースベットはそれを誘う構えで、視覚を研ぎ澄ましていた。
自分を上回るというアウロラの速さを警戒し、力を事象の認識速度強化に使っているのだ。二人の周囲には耳鳴りのような音が充満し、他の山賊が広場に集まってきた。
アウロラはじりじりと右に移動し、燭台の火に羽虫が焼かれるかすかな音を合図に、弾かれたように駆け抜けた。
広場を陣風が吹き抜け、戦う二人の位置が一瞬で入れ替わる。
「避けられた……?」
「こりゃすげえ。まるで突風だ!」
アウロラの突進は放たれた石弓の矢のような速度で、あらかじめ動線を予測していたリースベットでさえ、回避したあとわずかに体勢を崩すほどだった。
「……それなら!」
アウロラはすぐ次の攻め手に移り、こんどはリースベットの周囲を不規則に動いて撹乱を試みる。その様子は他の者から見ると、動きの一部だけを絵に描いて連続で見せる紙芝居のようだった。
「岡目八目にも動きが追えねえ……」
「あんたの目でも無理か、ユーホルト」
「どんな獣でも、ああは動けん。リーパーとはここまで違うものなのか……」
加勢に集まった山賊たちは、常人との落差を目の当たりにし、畏怖と驚嘆の入り混じった声を漏らすばかりだった。
アウロラの動きはただ速いばかりでなく、壁や天井を蹴っては不規則で立体的な動線を作っている。だがリースベットもその動きに的確に反応し、体は常にアウロラの方を向いていた。幾度か切り結んだが、いずれも硬質な金属音が響くのみで、どちらも痛手は被っていない。
「私のほうが、動きは速いのに……」
一旦距離をおいて足を止め、アウロラが呟いた。息が荒くなっている。
「確かに飛び抜けた速さだが、そんなじゃ続かねえぞ。リーパーの力は無限じゃねえ。それに攻めが正直すぎるな」
左腕を軽く振りながら、リースベットがアウロラの戦い方を酷評した。二度ほど鎚鉾の打撃を盾で受けたため傷に響いているが、あくまで余裕たっぷりの表情は崩さない。だがその左腕を中心に、少しずつ熾火のような熱を感じ始めていた。
「それに、その得物も感心しねえ。一撃で殺さなけりゃ、やり返されるだけだ」
「そうかしらね!」
アウロラは身体に残った力を振り絞り、何度目かの突進を試みた。今度は途中で跳躍し、真上から鎚鉾を振り下ろろす。虚を突かれたリースベットは反応が一瞬遅れたが、それでも盾とオスカで打撃を受け止めた。そして落下してくるアウロラの腹部に足を当て、倒れ込むように後方へ投げ飛ばす。
甲高い悲鳴とともに木のベンチが砕け、敷藁が飛び散る。
観衆からどよめきにも似た感声が上がり、リースベットは跳ね起きてベンチの残骸に歩み寄った。
「……解せねえな。なんでてめえみてえな子供が、そうまでして山賊討伐なんぞに命張ってんだ? その力がありゃ、けっこう楽に生きていけんだろ」
座り込むように倒れるアウロラに、リースベットが問いかけた。
「……私が……守んなくちゃいけないのに……アニタ、アル、ミカル……」
「人質、か。連中のやりそうなこった」
リースベットは大きくため息をついた。敗北を認めた小さな刺客はすでに戦意を失い、その頬は涙に濡れている。
「てめえに何があったか知らねえが、その力で山賊を倒してこい、そうすりゃ仲間は助けてやる……とでも言われたんだろ」
「……そう約束させたのよ。ノルドグレーンの役人に」
「へえ、そっち経由か。……いいか、あたしの暗殺に成功したとして、そんな奴が窓際で猫でも抱いて、安穏と暮らしていけると思うか? 次は貴族だの国王だのを暗殺させられんのが関の山だ」
「そんなこと……」
「そして最後は、てめえが危険人物として殺される側になる。結末はそんなもんだろうな」
リースベットの言葉は、アウロラの奥底にわだかまっていた不信感に形を与えるものだった。ノルドグレーン公国のフォーゲルクロウ副総監やフレドリクソン外務次官を信用しつつも、奴隷部隊の兵士たちや死んでいったセーデルクヴィストを目の当たりにし、少しずつ根を張っていった不信だ。
「よしんばてめえと直接約束した奴がまともだったとしても、その善意を無視して、利用してやろうって奴はゴマンといる。てめえはもう、そういう世界に足を踏み入れちまったんだ」
「どうして……私たち、ただ生きようとしてただけなのに……」
「ここはな、まともに生きようったって生きられねえ奴らが作った死者の世界だ。どうしてこうなったか、根本のところは神様にでも祈って聞け。あたしだって何で山賊やってんのか、自分でもよく分からねえしな……」
アウロラは床に座り込んで泣き続けている。それを陰鬱な顔で見下ろすリースベットに、細面の山賊の男が恐る恐る声をかけた。
「なあ頭領、この子供、もしかしてソレンスタム孤児院の出じゃねえか?」
「なんだドグラス、知り合いか?」
「顔を知ってるわけじゃねえ。だが、力を持ってるからってガキ一人、こんなとこに送り込む、ってやり口は察しがつく。まともに親がいれば、こうはならねえもんな」
二人の話を聞いたアウロラが顔を上げ、ドグラスと呼ばれた山賊に問いかける。
「……あんたも孤児院にいたの?」
「ああ。二十年近く昔の話だがな。身に覚えのねえ罪で両親がしょっ引かれて、気がついたらあのソレンスタム監獄だ」
「ずいぶん前なのに、私と同じような状況だったのね」
「そりゃそうだ。奴らが子供をかき集めるときの常套手段だからな」
「え……?」
意外なドグラスの返答に、アウロラは驚き目を丸くした。リースベットはオスカを鞘に収め、一歩退いてソレンスタム孤児院出身者たちの会話を促す。
「知らねえ、か。まあ無理もねえな」
「俺の親と違って、まともな罪状で捕まるやつも中にはいるが……子供をソレンスタム送りにすんのは、内務省の奴らの小遣い稼ぎみたいなもんだ。お前も逃げ出してきたんなら、奴らにとって自分たちが、ただの売り物に過ぎねえってことは知ってるだろ?」
「それじゃあ……私は……」
「てめえが今ここにいんのは、不幸なガキがたまたま福音の国に拾ってもらえたからじゃねえ。その不幸を作ったのがリードホルムの奴らで、さらにノルドグレーンがその境遇に付け込んで無理難題をおっ被せたんだ」
アウロラは無言のまま虚空を見つめ、飛び散った敷藁を握りしめて震えている。やがてゆっくりと立ち上がり、服についた土埃を払った。
「……ここの連中は故郷も仕事もバラバラだが、ひとつだけ同じ思いを共有してる。それは、あの国を憎んでるってことだ」
「どいつもこいつも、リードホルムでひでえ目に遭わされて、逃げ出してきた奴らなんだよ」
「お前、名は?」
「アウロラ……シェルヴェン」
「なあアウロラ、これからどう生きんのもお前の勝手だが、仲間と一緒に住むトコくらいはあったほうがいいんじゃねえのか。リードホルムやノルドグレーンの追手が、気軽に踏み込んでこれねえ家がな」
その情景を、二つの視線が瞰視していた。一方はリーパーの少女アウロラ・シェルヴェン、他方は眉雪の弓使いアーネ・ユーホルトだ。それぞれ全く違う場所から、ゆるやかな坂を下りてゆくテグネール隊長代行の背中を見下ろしていた。ユーホルトのほうがより遠く離れ、その視界にアウロラの姿も収めている。
「おや、あの娘っこは帰らねえ……奴隷部隊じゃなかったのか?」
不審に思ったユーホルトが監視を続けると、アウロラはやはり王都ヘルストランドとは逆方向へ歩み始めた。遠見のために半目にしていた目をいっそう細め、山賊団きっての弓使いは長弓に矢をつがえた。
「まさかとは思うが、念のためだ」
ユーホルトはアウロラでなく、拠点の方向に向けて仰角に矢を放つ。風を切って飛翔する矢の先端に付けられた筒状の枝は、笛を簡素化したような構造をしており、高音を上げながらアカマツ林の彼方へと飛び去った。
「鷹……? こんなところにいるんだ」
ティーサンリード山賊団に異変を報せる鏑矢の音は、アウロラには猛禽の声のように聞こえた。テグネールが別れ際にくれたウリを一口かじり、西陽に染まる山稜を眺める。
「……私一人でやらなきゃいけない。もともとこうなるはずだったのよ」
ユーホルトの発した警告音を聞きつけたティーサンリードの山賊たちのなかで、四人の男がいち早く、拠点入口近くに落ちた矢を発見した。その矢羽は先端部分が赤く染められており、これは接近者の存在を報せる符丁として事前に情報共有されている。
四人のうち一人が報告に走り、残りの三人は入口に続く崖下の道に向かった。敵の数や到着時刻までは知りようもないが、事前に定められた手筈に従って持ち場につく。日を遮る崖下の暗がりに腰を下ろし、男たちはよしなし言を始めた。
「奴ら、性懲りもなくまた攻めてきやがったのか?」
「嫌なもんだぜ。ここんとこ戦続きだ」
「数はそれなりに残ってるはずだからな。油断はできねえ」
「どれだけ来るにせよ、山道からはもう少し時間がかかる。まあ、事前に知ってりゃ、こっちも準備はできてるがな」
男の一人が、岩陰に吊るしてあるロープに手をかけた。ロープは崖上まで伸びており、これを強く引けば戸板の留め金が外れ、無数の岩が彼らの眼前の道に落下してくるのだ。多数の敵に損害を与える上、道を塞ぐことで時間稼ぎにもなる。
だがバックマンの発案による周到な準備は、残念ながら用をなさなかった。三人の誰もが予測していたよりも早く、その道行きを阻止すべき接近者が目の前に姿を表したのだ。フードを目深にかぶった小さな人影が、三人の山賊に歩み寄る。
「……何だ、子供か?」
「ここはガキの来るところじゃねえぞ」
「なあお嬢ちゃん、迷子なら回れ右してその坂を降りろ。ヘルストランドは向こうだぜ」
「……道は間違ってないわ」
「なんだと……?」
山賊たちは道を塞ぐように立ちふさがった。フードを下ろして夕陽のような赤毛をあらわにしたアウロラが、腰の鎚鉾に手をかけながら答える。
「あんたらの親玉に用があるんだから」
「……このガキまさか!」
男たちはそれぞれに武器を構えたが、それを振るう間も与えずアウロラが陣風のように駆け抜けた。三人の男が次々と力なく崩れ落ちる。アウロラはただ移動しただけでなく、すれ違いざまに彼らのみぞおちや後頭部に鎚鉾を叩き込んだのだ。
「悪いけど急ぎたいのよ。私だってお腹が空いてるんだから」
何が起きたのかも分からぬまま昏倒した三人を尻目に、小さな刺客は歩みを進めた。
地下壕の入り口に着いたアウロラを、さらに五人の山賊が待ち構えていた。だがそれさえ彼女にとって物の数ではなく、先の三人とほぼ変わらぬ所要時間であっさりと撃退する。
「三下がいくら出てきたって無駄よ! 怪我したくなけりゃ、とっととあんたらの親玉を連れてきな!」
アウロラの半ば虚勢混じりの怒号が、地下壕にこだまする。
侵入者を迎え撃とうとした五人のうち、すでに四人は足元にその身を横たえている。残る一人は痛打された脇腹を押さえながら、リースベットのいる医療室へとたどり着いた。勢いよく扉を開けて室内に転がり込むと、治療を行っていたのは、ふだん料理番をしているエステル・マルムストレムだった。女頭領の負傷した左腕に包帯を巻き、その上から添え木を当てようとしているところだ。
「ずいぶん騒がしいな。戦況はどうなってる?」
「……もう俺含めて五人やられた」
「相手は?」
「一人。……それも子供だ」
「子供だあ? そんなもんにいい歳した山賊が押されてんのか?」
「それが、とんでもなくすばしっこい奴で……おそらく、速さだけで言えば頭領以上だ。武器が鎚鉾ひとつだからおそらく死人は出てねえが、俺らじゃどうにも埒が明かねえ」
「あたしより速い……?」
右の人差し指を口に当て、リースベットは僅かなあいだ考えを巡らせた。
「まあそうか、あたし以外に野良のリーパーがいても不思議じゃあねえな。……エステル、腕の添え木はナシだ。かわりに包帯をキツめにしてくれ」
リースベットは負傷した左腕そのままで武器を握るよりも、違った戦い方を考えていた。思い出したのは、先の戦闘で一騎打ちを演じた襲撃部隊の隊長だ。
「リース、そのまま動かしたら、ヒビの入ってる骨が完全に折れちゃうわよ」
「分かってる。添え木の代わりになるモンを着けてくさ」
「時間かかんのか? 動ける奴かき集めて繋いどくぜ」
「ああ、準備が済んだらすぐ行く」
立ち上がったリースベットを、エステルが制した。
「待って。もうそろそろ、骨折で熱が出てくる頃よ。戦うにしても、あまり長くは動けないからね」
「やれやれ、はじめてリーパーと戦うってのに、ずいぶん条件が悪ぃな。生まれたときからこんなんばっかだぜ」
リースベットは壁に立て掛けた二本のククリナイフのうち、一方だけを手にして部屋を出る。そしてアウロラが気勢を上げる出入り口ではなく、戦利品を保管している倉庫に向かった。
天井の高い広場の手前まで進んだアウロラはさらに三人を撃退したが、その山賊たちの戦い方にもどかしさを覚えていた。距離をとり、防御の姿勢を崩さず、彼らは明らかに時間稼ぎをしていた。左右の死角を警戒しながら広場に足を踏み入れたアウロラに、希望していた待ち人が声をかける。
「待たせたな。ずいぶん派手に暴れてくれたようじゃねえか」
「……あんたがここの親玉?」
「そうだ。しかし本当にたった一人のガキとは恐れ入ったぜ」
「女山賊は二刀流だって聞いたんだけど?」
リースベットは右手にオスカを握り、左腕にはひし形の小さな盾と篭手が一体になった防具をつけている。
「片方で充分、てことだ」
「余裕あるのね。いつまでもつかしら」
「そうだ。うちらが余裕で笑ってるうちに、家に帰りなお嬢さん」
「……帰る家のために、戦ってるのよ」
左腕の盾を前に構えたリースベットに対し、アウロラは鎚鉾を左に下げて水平に構えた。防御の薄い右側に、すれ違いざまの一撃を狙っている。リースベットはそれを誘う構えで、視覚を研ぎ澄ましていた。
自分を上回るというアウロラの速さを警戒し、力を事象の認識速度強化に使っているのだ。二人の周囲には耳鳴りのような音が充満し、他の山賊が広場に集まってきた。
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広場を陣風が吹き抜け、戦う二人の位置が一瞬で入れ替わる。
「避けられた……?」
「こりゃすげえ。まるで突風だ!」
アウロラの突進は放たれた石弓の矢のような速度で、あらかじめ動線を予測していたリースベットでさえ、回避したあとわずかに体勢を崩すほどだった。
「……それなら!」
アウロラはすぐ次の攻め手に移り、こんどはリースベットの周囲を不規則に動いて撹乱を試みる。その様子は他の者から見ると、動きの一部だけを絵に描いて連続で見せる紙芝居のようだった。
「岡目八目にも動きが追えねえ……」
「あんたの目でも無理か、ユーホルト」
「どんな獣でも、ああは動けん。リーパーとはここまで違うものなのか……」
加勢に集まった山賊たちは、常人との落差を目の当たりにし、畏怖と驚嘆の入り混じった声を漏らすばかりだった。
アウロラの動きはただ速いばかりでなく、壁や天井を蹴っては不規則で立体的な動線を作っている。だがリースベットもその動きに的確に反応し、体は常にアウロラの方を向いていた。幾度か切り結んだが、いずれも硬質な金属音が響くのみで、どちらも痛手は被っていない。
「私のほうが、動きは速いのに……」
一旦距離をおいて足を止め、アウロラが呟いた。息が荒くなっている。
「確かに飛び抜けた速さだが、そんなじゃ続かねえぞ。リーパーの力は無限じゃねえ。それに攻めが正直すぎるな」
左腕を軽く振りながら、リースベットがアウロラの戦い方を酷評した。二度ほど鎚鉾の打撃を盾で受けたため傷に響いているが、あくまで余裕たっぷりの表情は崩さない。だがその左腕を中心に、少しずつ熾火のような熱を感じ始めていた。
「それに、その得物も感心しねえ。一撃で殺さなけりゃ、やり返されるだけだ」
「そうかしらね!」
アウロラは身体に残った力を振り絞り、何度目かの突進を試みた。今度は途中で跳躍し、真上から鎚鉾を振り下ろろす。虚を突かれたリースベットは反応が一瞬遅れたが、それでも盾とオスカで打撃を受け止めた。そして落下してくるアウロラの腹部に足を当て、倒れ込むように後方へ投げ飛ばす。
甲高い悲鳴とともに木のベンチが砕け、敷藁が飛び散る。
観衆からどよめきにも似た感声が上がり、リースベットは跳ね起きてベンチの残骸に歩み寄った。
「……解せねえな。なんでてめえみてえな子供が、そうまでして山賊討伐なんぞに命張ってんだ? その力がありゃ、けっこう楽に生きていけんだろ」
座り込むように倒れるアウロラに、リースベットが問いかけた。
「……私が……守んなくちゃいけないのに……アニタ、アル、ミカル……」
「人質、か。連中のやりそうなこった」
リースベットは大きくため息をついた。敗北を認めた小さな刺客はすでに戦意を失い、その頬は涙に濡れている。
「てめえに何があったか知らねえが、その力で山賊を倒してこい、そうすりゃ仲間は助けてやる……とでも言われたんだろ」
「……そう約束させたのよ。ノルドグレーンの役人に」
「へえ、そっち経由か。……いいか、あたしの暗殺に成功したとして、そんな奴が窓際で猫でも抱いて、安穏と暮らしていけると思うか? 次は貴族だの国王だのを暗殺させられんのが関の山だ」
「そんなこと……」
「そして最後は、てめえが危険人物として殺される側になる。結末はそんなもんだろうな」
リースベットの言葉は、アウロラの奥底にわだかまっていた不信感に形を与えるものだった。ノルドグレーン公国のフォーゲルクロウ副総監やフレドリクソン外務次官を信用しつつも、奴隷部隊の兵士たちや死んでいったセーデルクヴィストを目の当たりにし、少しずつ根を張っていった不信だ。
「よしんばてめえと直接約束した奴がまともだったとしても、その善意を無視して、利用してやろうって奴はゴマンといる。てめえはもう、そういう世界に足を踏み入れちまったんだ」
「どうして……私たち、ただ生きようとしてただけなのに……」
「ここはな、まともに生きようったって生きられねえ奴らが作った死者の世界だ。どうしてこうなったか、根本のところは神様にでも祈って聞け。あたしだって何で山賊やってんのか、自分でもよく分からねえしな……」
アウロラは床に座り込んで泣き続けている。それを陰鬱な顔で見下ろすリースベットに、細面の山賊の男が恐る恐る声をかけた。
「なあ頭領、この子供、もしかしてソレンスタム孤児院の出じゃねえか?」
「なんだドグラス、知り合いか?」
「顔を知ってるわけじゃねえ。だが、力を持ってるからってガキ一人、こんなとこに送り込む、ってやり口は察しがつく。まともに親がいれば、こうはならねえもんな」
二人の話を聞いたアウロラが顔を上げ、ドグラスと呼ばれた山賊に問いかける。
「……あんたも孤児院にいたの?」
「ああ。二十年近く昔の話だがな。身に覚えのねえ罪で両親がしょっ引かれて、気がついたらあのソレンスタム監獄だ」
「ずいぶん前なのに、私と同じような状況だったのね」
「そりゃそうだ。奴らが子供をかき集めるときの常套手段だからな」
「え……?」
意外なドグラスの返答に、アウロラは驚き目を丸くした。リースベットはオスカを鞘に収め、一歩退いてソレンスタム孤児院出身者たちの会話を促す。
「知らねえ、か。まあ無理もねえな」
「俺の親と違って、まともな罪状で捕まるやつも中にはいるが……子供をソレンスタム送りにすんのは、内務省の奴らの小遣い稼ぎみたいなもんだ。お前も逃げ出してきたんなら、奴らにとって自分たちが、ただの売り物に過ぎねえってことは知ってるだろ?」
「それじゃあ……私は……」
「てめえが今ここにいんのは、不幸なガキがたまたま福音の国に拾ってもらえたからじゃねえ。その不幸を作ったのがリードホルムの奴らで、さらにノルドグレーンがその境遇に付け込んで無理難題をおっ被せたんだ」
アウロラは無言のまま虚空を見つめ、飛び散った敷藁を握りしめて震えている。やがてゆっくりと立ち上がり、服についた土埃を払った。
「……ここの連中は故郷も仕事もバラバラだが、ひとつだけ同じ思いを共有してる。それは、あの国を憎んでるってことだ」
「どいつもこいつも、リードホルムでひでえ目に遭わされて、逃げ出してきた奴らなんだよ」
「お前、名は?」
「アウロラ……シェルヴェン」
「なあアウロラ、これからどう生きんのもお前の勝手だが、仲間と一緒に住むトコくらいはあったほうがいいんじゃねえのか。リードホルムやノルドグレーンの追手が、気軽に踏み込んでこれねえ家がな」
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しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
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「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます
tera
ファンタジー
※まだまだまだまだ更新継続中!
※書籍の詳細はteraのツイッターまで!@tera_father
※第1巻〜7巻まで好評発売中!コミックス1巻も発売中!
※書影など、公開中!
ある日、秋野冬至は異世界召喚に巻き込まれてしまった。
勇者召喚に巻き込まれた結果、チートの恩恵は無しだった。
スキルも何もない秋野冬至は一般人として生きていくことになる。
途方に暮れていた秋野冬至だが、手に持っていたアイテムの詳細が見えたり、インベントリが使えたりすることに気づく。
なんと、召喚前にやっていたゲームシステムをそっくりそのまま持っていたのだった。
その世界で秋野冬至にだけドロップアイテムとして誰かが倒した魔物の素材が拾え、お金も拾え、さらに秋野冬至だけが自由に装備を強化したり、錬金したり、ゲームのいいとこ取りみたいな事をできてしまう。
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR
ばたっちゅ
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相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。
だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。
無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。
人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。
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自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。
殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。
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