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山賊王女

2 山賊王女

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「おーお。相変わらず一人で片付けちまった」
 戦場から逃げ去ってゆく兵士たちを、丘の上から望遠鏡で眺める男がいた。肌は浅黒く、長めの黒髪をフードで覆っている。
「抵抗するようなら加勢しろって話だったが、どうやらあのデカブツをねじ伏せたのが効いたか?」
「お前の勝ちだな、バックマン。まあ楽でいいのは確かだが……」
「なまじ警戒して、手練を雇ったのが裏目に出たようだな」
「やれやれ、さすがに副長さん、見る目があるな」
 バックマン、副長と呼ばれた黒髪の男は上機嫌だ。背中に長弓を担いだ白髪の男が、彼に銀貨を数枚渡した。リードホルム王国からノルドグレーン公国へ贈られる輸送品を強奪する“仕事”を、女山賊が一人で処理してしまうか、他の者の助力が必要か、賭けをしていたのだった。
 これでバックマンの勝ちは三度目である。二人の博徒ばくとの背後で、数人の山賊が噂話を始める。
「お前知ってるか? あのバケモノじみた頭領カシラが、もとお姫様だったって噂ぁ」
「マジかよ……んーまあ、普段の悪魔みてえな笑いが消えたら、たしかにそれなりに見えるかも知れねえな」
「美人だからお姫様、ってことはねえだろう」
「いや、確かに結構な上玉だぜ、俺は前から目をつけてたんだ。……何とかモノにならねえかなあ?」
「お前、頭領の前でそれ言ったら殺されるぞ。比喩でなくて文字通りな」
「そ、そうなのか」
 バックマンが割り込み、噂話に釘を刺した。山賊たちは様々な過去を持つものが集っているが、本人が話さない限り詮索しないことが暗黙の例規れいきとなっている。
「そっちの話題が、どうやらとことん嫌いらしくてな」
「もったいねえなあ」
「例えば、ろくでもねえ男によ、ひどい目に遭わされた過去でもあるんじゃねえか? なにしろ女だてらに山賊稼業だ。この俺がひとつ、その傷心を癒やしてさしあげようか」
「ま、命は大事にな」
 バックマンは呆れて言いながら、戦場跡を望遠鏡で観察した。箱馬車と荷馬車が放置されているだけで、動くものは誰もいない。
「おめえの妄想話はともかく……俺らクズとつるんでる割にゃ、妙に学があるような考え方してるよな、頭領もバックマンも」
「生きていくにゃ頭を使え。どうせ剣を鍛えたところで、頭領みてえなバケモノににらまれたら命はねえんだ。あの戦場を見てみろよ……ああならねえように、うまいこと立ち回るのさ」
「わしみてえな鉱夫崩れにゃ、腕も頭もどっちもねえ」
「ま、だからついていってるんだ。あの人がいなきゃ、俺達は今頃ノルドグレーンで奴隷同然だったろうしな」
 山賊たちの中には鉱夫だったものが多い。閉山で仕事を失った彼らを、女山賊がまとめ上げたのだ。
「頭領アバズレの割に、どっか人に愛されて育ったような感じもあるしなあ。あながち嘘でもねえかもな」
「一人で国を滅ぼして逃げてきたとか、あの強さだから王様に相応しすぎるせいで、陰謀で王座争いから排除されたとか、もあるか」
「ああ、だからリードホルムだけを目の敵にして強盗やってんのか」
「ふつうの商隊やなんかは襲わねえしな。ま、それやったら俺らも寝覚めが悪いわ」
「寝覚めについては安心しろ。起きる前に頭領に殺されてる」
 バックマンは茶化して言ったが、これは事実に基づいた注意喚起だ。かつて旅の商人を襲って金品を奪った者がいたが、彼は追放か死の二択を迫られ、選択を拒否したため強制的に後者の道を歩ませられた。
「あの強さだ。別世界から来たって言われても不思議はねえよ」
「親のどっちかが人間以外の生き物だったりしてな」
「てめえら、あたしを何だと思ってやがる」
「頭領?!」
 噂話にふける男たちの後ろに、いつの間にかその噂の当事者が立っていた。作り笑いが顔に貼り付いているが、その裏に多量の怒気を内包していることは誰の目にも明らかだ。
「見えてんならとっとと回収しに行け。動かねえ腕ならバラしてラルセンヒグマの餌にしちまうぞ!」
 女山賊は怒号を飛ばしながら、ククリナイフでアカマツの幹を幾度か斬りつけた。硬い音を立て、何の罪もない樹皮が木くずとなって弾け飛ぶ。男たちは蜘蛛の子を散らすように飛び上がり、荷馬車に乗った戦利品を回収するため山肌を駆け下りた。

 副長のバックマンは、他の山賊たちよりも女山賊との付き合いが長い。この場にいる中で彼だけが知る彼女の名前は、リースベット・リードホルムという。ごく僅かな親しい者だけが、彼女をリースと呼んでいた。
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