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簒奪女王
離間 4
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「攻めようというのか、ノルドグレーンを」
「すぐに、とは言いませんが……いずれ戦いは避けられないのではありませんか?」
「いずれはな」
「ならばその時のために、今から策を講じておくべきです」
「というと、例えばノルドグレーンの謀略に対して、なにか考えがあるのかな」
「ええ。ノア様が私を幽閉するよう命ずる、というのはいかがですか?」
「幽閉……?」
「はい」
「……つまり、私たちが本当に仲違いしているかのようにノルドグレーンを欺く、ということかな」
「そうです。まるで二つの独立した勢力が、ヘルストランド王宮にあるかのように見せかけるのです。こちらが一枚岩でないと思わせられれば、ノルドグレーン側があなどって短絡的な手段に出てくるやもしれません」
「誘いの隙、というわけか」
「ヴァルデマルは、自分たちの連盟を『ローセンダールの密約』などと称していますが……しょせん欲得ずくの集まり。案外あちらが勝手に、主導権争いの果てに内部分裂などするかもしれませんよ」
「想像に難くないな。確固たる理想を同じくする者同士でさえ、時として些細なすれ違いで離反するものだ」
「そうですわね」
ノアは興味を惹かれたようで、細い顎に手をあてて考えている。
「私の幽閉場所は、城の南西にある塔などが適当かと。もともと、ノルドグレーンに睨みをきかせるという意味を込めて建てられた塔だと聞きます。皮肉めいていて険悪さも醸し出せること請け合いですわ」
「それは……今回の件で時の黎明館が無人になったばかりだ。あそこなら生活に不便はないだろう。あまり心象はよくないかもしれないが」
「ですが、国内外へ与える印象はどうでしょう。名声は地に落ちたりとはいえ、あの豪奢な建物に住まわせたとあっては、ほんとうに幽閉なのかという疑念も生まれようというもの」
「なるほど、よく考えているな」
「それに……と言っては何ですが、幽閉といえば塔。人質としてノルドグレーンにいた時分のノア様や、ノルデンフェルト侯爵令嬢なども……そのひそみに倣いますわ」
時の黎明館はヘルストランド城の最奥部にあり、監視はしやすいが、おそらくリードホルムが滅ぶときにも最後まで残る象徴的な場所だ。もともと時の黎明館に住んでいたラーシュたちと違い、ベアトリスにその住人たる資格ありやと見る者も門閥貴族を中心に数多いことだろう。
ベアトリスはノアに言ってほしい言葉があった。
城の一部である塔と違って、広い中庭の奥にある時の黎明館は、誰かと密会するにしても多大な困難がある。本当にノアと離れ離れになり二度と会わないのならば、ベアトリスが故宮の幽囚となってもいいのだろう。
「そうか。時の黎明館に閉じ込めてしまっては、あなたと密かに会うこともままならなくなるな」
「ええ……」
不安、衝撃、喪心――リードホルムではいつも、そんな感情ばかりがベアトリスの心を震わせていた。今はじめて、負の感情で硬く踏み固められた雪のような心が、溶けだした気がした。
「……ある範囲までは身内も騙す必要があるでしょうが、それは追い追い考えればよいでしょう」
「ではせいぜい、もっともらしくひと芝居打つとしようか」
ノアがダンスにさそうように右手を差し出し、ベアトリスはその手を取った。
「すぐに、とは言いませんが……いずれ戦いは避けられないのではありませんか?」
「いずれはな」
「ならばその時のために、今から策を講じておくべきです」
「というと、例えばノルドグレーンの謀略に対して、なにか考えがあるのかな」
「ええ。ノア様が私を幽閉するよう命ずる、というのはいかがですか?」
「幽閉……?」
「はい」
「……つまり、私たちが本当に仲違いしているかのようにノルドグレーンを欺く、ということかな」
「そうです。まるで二つの独立した勢力が、ヘルストランド王宮にあるかのように見せかけるのです。こちらが一枚岩でないと思わせられれば、ノルドグレーン側があなどって短絡的な手段に出てくるやもしれません」
「誘いの隙、というわけか」
「ヴァルデマルは、自分たちの連盟を『ローセンダールの密約』などと称していますが……しょせん欲得ずくの集まり。案外あちらが勝手に、主導権争いの果てに内部分裂などするかもしれませんよ」
「想像に難くないな。確固たる理想を同じくする者同士でさえ、時として些細なすれ違いで離反するものだ」
「そうですわね」
ノアは興味を惹かれたようで、細い顎に手をあてて考えている。
「私の幽閉場所は、城の南西にある塔などが適当かと。もともと、ノルドグレーンに睨みをきかせるという意味を込めて建てられた塔だと聞きます。皮肉めいていて険悪さも醸し出せること請け合いですわ」
「それは……今回の件で時の黎明館が無人になったばかりだ。あそこなら生活に不便はないだろう。あまり心象はよくないかもしれないが」
「ですが、国内外へ与える印象はどうでしょう。名声は地に落ちたりとはいえ、あの豪奢な建物に住まわせたとあっては、ほんとうに幽閉なのかという疑念も生まれようというもの」
「なるほど、よく考えているな」
「それに……と言っては何ですが、幽閉といえば塔。人質としてノルドグレーンにいた時分のノア様や、ノルデンフェルト侯爵令嬢なども……そのひそみに倣いますわ」
時の黎明館はヘルストランド城の最奥部にあり、監視はしやすいが、おそらくリードホルムが滅ぶときにも最後まで残る象徴的な場所だ。もともと時の黎明館に住んでいたラーシュたちと違い、ベアトリスにその住人たる資格ありやと見る者も門閥貴族を中心に数多いことだろう。
ベアトリスはノアに言ってほしい言葉があった。
城の一部である塔と違って、広い中庭の奥にある時の黎明館は、誰かと密会するにしても多大な困難がある。本当にノアと離れ離れになり二度と会わないのならば、ベアトリスが故宮の幽囚となってもいいのだろう。
「そうか。時の黎明館に閉じ込めてしまっては、あなたと密かに会うこともままならなくなるな」
「ええ……」
不安、衝撃、喪心――リードホルムではいつも、そんな感情ばかりがベアトリスの心を震わせていた。今はじめて、負の感情で硬く踏み固められた雪のような心が、溶けだした気がした。
「……ある範囲までは身内も騙す必要があるでしょうが、それは追い追い考えればよいでしょう」
「ではせいぜい、もっともらしくひと芝居打つとしようか」
ノアがダンスにさそうように右手を差し出し、ベアトリスはその手を取った。
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