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簒奪女王
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「連中の流儀は嫌というほど知っていますけれど……相変わらず、呆れるほど凡庸な卑劣さね」
「凡庸な卑劣、か。なるほど言い得て妙だな」
「ええ。凡庸で、かつもっとも醜悪な卑劣です」
ベアトリスは強く言い捨てた。
この怒りは、ベアトリス自身が愚弄されたことに向けられたものではなかった。ノルドグレーン外務省の視点においてもっとも軽侮されている者は、実はラーシュである。
「ノア様に矛を向けた後宮勢力……ラーシュは確かに愚かだったでしょう。ですがその暴挙には、避けがたい切実さがあったのも事実。善しにつけ悪しきにつけ、その思いがラーシュを突き動かしていたのですから。それを……ノルドグレーン外務省の流そうとしている風説は、罪に溺れざるを得なかった者のわずかな尊厳さえ踏みにじる、醜悪きわまるものです」
演説するように熱を込めて語るベアトリスを、ノアは興味深そうに眺めていた。
「めずらしいな、あなたがそれほど感情を顕にするのは」
ベアトリスは照れ笑いの口元を手で隠した。
「そうですね……リードホルムに来て以来、いつの間にか怒りを忘れていたかもしれません。猫を被っているふりを続けたせいかしら」
「ふふ……そうだな。特に姉上などは、あなたが持ち前の大胆さと新進性を発揮して私より目立とうものなら、きっと小言の一つも言ってきただろうからな」
「ああ、そうでしたね……」
「気づいていたか」
「……面と向かって、きつく言われました」
「それは珍しいな。姉上が他人に強く注文をつけるとは」
ベアトリスは一抹の不安を覚えた。ノアによるフリーダ評は、ベアトリスの実感とは大きく乖離している。これはフリーダが本性を隠しているのか、それともベアトリスに対してのみ接し方が異なるのか――前者であれば、門閥貴族たちに担がれてフリーダが女王となったリードホルムもあったかもしれないが、幸いにもそんな世界は到来していない。
「フリーダ様のことはともかく……いまノルドグレーンの中枢に巣食っている連中はもはや、あの福音の国を領導する資格を失いました。公国の掲げた理想とは対極にあるとさえ言えるリードホルム門閥貴族と、私利私欲のために手を結んだのですから」
「なるほど、確かな事実ではあるな。……あなたの言いようはまるで、戦争を仕掛ける側が喧伝する大義名分のようでもあるが」
「ええ。それです。……“楽園”は、リードホルムにだけにあるものではないでしょう?」
ノアは椅子から身を乗り出した。冬空のような瞳が色を作している。
「攻めようというのか、ノルドグレーンを」
「すぐに、とは言いませんが……いずれ戦いは避けられないのではありませんか?」
「いずれはな」
「ならばその時のために、今から策を講じておくべきです」
「というと、例えばノルドグレーンの謀略に対して、なにか考えがあるのかな」
「ええ。ノア様が私を幽閉するよう命ずる、というのはいかがですか?」
「凡庸な卑劣、か。なるほど言い得て妙だな」
「ええ。凡庸で、かつもっとも醜悪な卑劣です」
ベアトリスは強く言い捨てた。
この怒りは、ベアトリス自身が愚弄されたことに向けられたものではなかった。ノルドグレーン外務省の視点においてもっとも軽侮されている者は、実はラーシュである。
「ノア様に矛を向けた後宮勢力……ラーシュは確かに愚かだったでしょう。ですがその暴挙には、避けがたい切実さがあったのも事実。善しにつけ悪しきにつけ、その思いがラーシュを突き動かしていたのですから。それを……ノルドグレーン外務省の流そうとしている風説は、罪に溺れざるを得なかった者のわずかな尊厳さえ踏みにじる、醜悪きわまるものです」
演説するように熱を込めて語るベアトリスを、ノアは興味深そうに眺めていた。
「めずらしいな、あなたがそれほど感情を顕にするのは」
ベアトリスは照れ笑いの口元を手で隠した。
「そうですね……リードホルムに来て以来、いつの間にか怒りを忘れていたかもしれません。猫を被っているふりを続けたせいかしら」
「ふふ……そうだな。特に姉上などは、あなたが持ち前の大胆さと新進性を発揮して私より目立とうものなら、きっと小言の一つも言ってきただろうからな」
「ああ、そうでしたね……」
「気づいていたか」
「……面と向かって、きつく言われました」
「それは珍しいな。姉上が他人に強く注文をつけるとは」
ベアトリスは一抹の不安を覚えた。ノアによるフリーダ評は、ベアトリスの実感とは大きく乖離している。これはフリーダが本性を隠しているのか、それともベアトリスに対してのみ接し方が異なるのか――前者であれば、門閥貴族たちに担がれてフリーダが女王となったリードホルムもあったかもしれないが、幸いにもそんな世界は到来していない。
「フリーダ様のことはともかく……いまノルドグレーンの中枢に巣食っている連中はもはや、あの福音の国を領導する資格を失いました。公国の掲げた理想とは対極にあるとさえ言えるリードホルム門閥貴族と、私利私欲のために手を結んだのですから」
「なるほど、確かな事実ではあるな。……あなたの言いようはまるで、戦争を仕掛ける側が喧伝する大義名分のようでもあるが」
「ええ。それです。……“楽園”は、リードホルムにだけにあるものではないでしょう?」
ノアは椅子から身を乗り出した。冬空のような瞳が色を作している。
「攻めようというのか、ノルドグレーンを」
「すぐに、とは言いませんが……いずれ戦いは避けられないのではありませんか?」
「いずれはな」
「ならばその時のために、今から策を講じておくべきです」
「というと、例えばノルドグレーンの謀略に対して、なにか考えがあるのかな」
「ええ。ノア様が私を幽閉するよう命ずる、というのはいかがですか?」
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